122 悪人はよく嘘を吐く 1
ブラッドの目から光が放たれた。私は咄嗟に視線を下げ回避する。
その一瞬の間にもブラッドは手が届く距離まで迫り、私に触れようとしていた。
さきほど使って来た『ホールド』で動きを止めるつもりなのだろう。
「遅い」
私はそれを躱してブラッドの側面に回り、蹴りを放つ。
ブラッドの尻に直撃すると派手に音が鳴り、彼の口元を僅かに歪ませた。
「ぐぅぅ!!!」
「痛かった?」
私の問いかけを無視したブラッドはすぐさま攻撃を繰り出して来た。
私は余裕を持って全て紙一重で躱していく。
「ランクAってこの程度なの?」
「この程度、だと? は、ははははっ! 悔しいが『俺』がこの程度なだけだ。なぜなら魔術士ランクが低いからな。魔術士ランクの高い奴らは俺から見ても化け物揃い。俺達を倒したら次にお前の元に現れるのはそいつらだろうな。そのとき、今みたいな余裕をほざいてられるかな?」
窮地なのに未だ思ったほど感情的にならないブラッドは攻撃を繰り出してくる。しかし私に当たる気配はない。
私に負けてる状況が続いてるところを見るにどうやらこれが彼の本気ということなのだろう。
とりあえず普通のランクAの実力が分かったのでそろそろ終わりにするかな。
「長い時間付き合ってもらってありがとう、そろそろ終わりにしようかな」
私がお礼を告げるとブラッドは怪訝そうに返した。
「もう勝った気でいるのか? おいレフ、今だ!」
その言葉を聞きハッとした私は背後からレフの不意打ちが来るのでは、と耳を澄ましてみる。しかし物音は何も聞こえない。
以前、キディアや闇の勇者が背後から不意打ちをしてきたことがあったので警戒してみたものの今回は何もなさそうだ。
まぁ警戒しなくても防御障壁を鎧のように全身に張っているのでどうせ傷一つ付かないだろうけど。
「油断させるためのハッタリ?」
「視線を逸らさないとは、本当に子供か?」
「子供だよ」
私はそう返すと一瞬で懐に入り込んだ。
「な、いつの間に……?!」
ブラッドはレフと同じように驚いた反応をすると私を見下ろした。
私は両手で彼の両腕を掴み、今もっとも聞きたくないであろう言葉を口にする。
「これはさっきのお返しね、ホールド!」
するとブラッドの膝が震え、徐々に下がり、床にお尻が着いた。
「な、なぜだ? 俺にはランク3のホールドは効かないはずだ」
まだどうにか起きている上半身も震わせながら不思議そうに私を見つめる。
「私は魔術が使えないからホールドですらないよ。今のはホールドとほぼ同じ効果の魔法ってわーけっ!」
私は挑発も兼ねてふざけた態度を取ってみたものの、ブラッドは心の余裕がないのか冷静に返した。
「そういうことを言ってるんじゃねぇよ、低ランクのホールドなら俺には効かない。つまり魔法ですら俺には効かないはずだ……」
「でも効いてるみたいだけど? あ、そういえば魔法は扱いづらく魔術士ランク3相当すら扱えれば天才、みたいなことを聞いたことがあったなぁ。ということは私の魔法が魔術士ランク3相当だと言いたいってわけ?」
「そのつもりだったが、そうか、お前の魔法は魔術士ランク4以上というわけか。いや、ランク5のホールドまでは俺には効かん。まさかランク6以上相当の魔法が使えるというのか?!」
「私には自分の魔法が魔術ランクのどの位置かなんて知らないよ。あなたの言う事が本当なら低く見ても6以上というわけだね」
魔術士ランク5のルイザのホールドはブラッドには効かないという訳か。
効く効かないは魔術で抵抗力を上げてるのかな? 冒険者ランクの高さによって付与されるのかな? それともそういう装備品があるとか?
あとでルイザにでも聞いてみるか。
「ランクがどうとかそんな話はどうでもいいよね。さて、ブラッドさん。動けなくなったあなたにはこれから……死んでもらいます」
私は横たわるブラッドを見下ろしながら告げた。しかしブラッドは『ふっ』と息を出すと笑みを浮かべただけでうろたえる様子は見られない。
余裕ぶってる理由を私に話し始めた。
「殺してどうする? 遺体の処理は? それが出来なければ俺達は蘇生されるぞ。そしてお前は殺人の容疑がかかるだろうな」
私の手の内を知らないからそんな反応をするだろうなとは思ってた。だから想定内。
「冒険者は死んでも冒険者ギルドで蘇生ができるんだったね」
「そうだ。つまりお前は俺達を完全に殺すことができないというわけだ。殺したところで無駄。苦しめたいというなら別だが、蘇生した後でお前の大事な友達、家族に俺達が受けた苦痛を味わわせてやるからな、しっかり覚えておけよ?」
少しの間そう思わせて希望を持たせておくか。後できっと大きく絶望してくれることだろう。
私は特に言い返さずブラッドを見つめ、あえて困ったような顔を作り反応を見てみる。
ブラッドは私が動揺したと思ったのかこう切り出して来た。
「だが俺達にこれ以上危害を加えずに解放するのであればお前とお前の関係者には2度と手を出さないと約束しよう。お前に恨みがあるわけじゃなく依頼されただけだからな」
ブラッドはまるで勝ちを確信しているようだった。
ちなみに私は遺体を隠すどころかこの場で消すことが出来る。まだそれは教えない。
からかうために笑いを堪えながら、あえて悔しそうに顔を歪める。
「そんな、折角ここまで追い詰めたというのに!」
私はちょっと棒読みながらも大声を出し、喚きながら端に散らかった椅子の1つを雑にぶん投げる。
それは誰にも当たらず適当な場所で止まった。
棒読みではあったけど子供だからかその態度を誰も不自然には思わなかったようだ。
「残念だったな。だがそれは俺達も同じだ。お前が強すぎるせいで連れて行く事を諦めざるを得なくなったんだからな」
横たわり動けない状況なのにブラッドは余裕を見せる。
私は倒れてる椅子を片手で持ち上げ、横たわるブラッドに近づく。
そして椅子を高く上げ、憎しみを込めた表情――上手く演技できてるといいけど――でブラッドを見下ろす。
椅子で殴られると思ったのかブラッドは私に再度警告した。
「いいのか? お前は友達、家族が大切じゃないのか?」
私は歯ぎしりをし、椅子を乱暴に置いた。でも座らない。
「さぁ、操作盤の蓋を解除し、俺達を解放しろ。お前がこれ以上苦しまずに済む方法はそれしかない」
ブラッドは早くしろと要求を口にした。
私はそれを無視し、蘇生に関することをもう一度確認する。
「ブラッドさん、遺体が無ければ……蘇生は無理でしたよね?」
質問に対し、ブラッドは怪訝な顔で答えた。
「さっきも言ったはずだが……そうだ無理だ。だからお前はここにいる全員の遺体をバレずに運び、バレないようために隠さなければいけ――」
「ああ、そのことだけど、わざわざ運んだり隠す必要はないんだよね」
「は? 何を言って――」
私はブラッドの目の前で椅子に消滅魔法を掛ける。すると椅子は光って跡形もなく消えた。
「ここで消しますので」
私はにっこりと笑った。




