120 勝たないと出られない部屋 1
* * * * *
レフがトイレに行ってる間、暇なので私は柔らかいソファで横になっていた。
「緊張感のないガキだな」
誰かが呆れてるけど気にしない。
しばらく待っているとレフが出て行った扉から何かカチャカチャとする音が耳に入った。
男の部下が誰に言われるまでもなくカギを開けると用を済ませたレフが姿を表す。
「すまん、待たせてしまった」
レフはブラッドに謝った。先程の妙に険しい雰囲気がなくなってるのはトイレに行ってスッキリしたからだろうか。
レフが戻った途端ブラッドは座っていた椅子から立ち上がり、私に声を掛けて来た。
「よし、始めるか。ステラ、立て」
「立ったよ」
「見りゃ分かる。さぁかかってこい」
勝てば解放してもらえる。いや、ブラッドは私が勝てるとは思っていないだろう。思っているなら拘束を解くなんて馬鹿丸出しなことをするわけがない。
「あのさ、子供である私があなたに勝てると本当に思ってる?」
反応を見るために問いかけるとブラッドは軽く笑いながら返した。
「やる前から諦めるのか? まぁ俺に勝てるとは砂粒1つも思ってないさ。だがせっかくチャンスを与えたんだ、そのチャンスを逃すのはもったいないと思わないか? 無理だと思ってもあがいてみれば勝てるかもしれないぞ?」
無理だと思ってはいないけどあがいてみるとしよう。
「まぁ無理だと思うけどやってみるかぁ~」
自信満々だと妙に思われるので本音は隠しておく。
さて、私がこれからやることはこの場の全員を消すことだ。一人たりとも逃しはしない。
この中で実力者であるブラッドかレフを倒してしまうとこいつらは逃げ始めるだろう。その際、扉を開けるために鍵を開閉する操作盤に向かうと思われる。
なので私はまず操作盤を確保して相手の逃亡を阻止するのが先決だ。
操作盤にはブラッドの部下の男が一人いる。私が逃げ出さないようにするための見張りだろう。
私の視線がそこに向いてることに気づいたのかブラッドは私にチクリと言ってきた。
「まさか逃げる気か?」
「逃げるつもりは無いよ」
鍵を開けて逃げると思われたのだろう。ブラッドはレフに操作盤を守るようにと指示をした。
「レフは俺より強い。どうしても逃げたければ俺に勝つ方が可能性が高いぞ」
ブラッドは腕を構えた。当然だけど私は武器を持っておらず素手だ。ブラッドも武器を持たず素手。
明確に武器を持ってると言えるのはレフだけだ。でも豪華に見える意味不明な模様の剣を腰に差したままなので私とブラッドの戦いを静観するつもりなのだろう。
他の男達はあまり興味無さそうに見つめている。
私はブラッドに視線を戻し、もう動き出してもいいのか確認を取る。
「始めてもいい?」
「いつでも来い、お前が来ないなら俺の方から行くが?」
「いい、私が動くから」
その言葉の直後、私は椅子を掴みレフの方へ思いきって投げた。
「なっ!?」
予想外の行動だったのかブラッドは目を見開く。
椅子を投げてすぐに私は操作盤を確保するためにレフの元へ椅子と同じ速さで駆ける。
レフの顔はまだ椅子と重なってるためその表情は見えない。私の想定外の動きにレフもきっと驚いてることだろう。
レフは椅子がぶつかる直前で椅子の足を掴むと真下に迫る私にそれを振り下ろして来た。
私は回避せずにそれを背中で受けつつレフに消滅魔法をぶつけようとする。
しかし回避された。手加減してるとはいえかなりの速度で私は動いてるつもりだけど相手の実力を過小評価してしまったか?
そう思ってる間にもレフは意匠の凝った剣を油断だらけの私の背中に振り下ろしてきた。
私は素早く体を捻り、正面をレフへ向けると剣を指でつまむ。剣はピタリと止まった。
レフは必死に体を揺らし剣を動かそうとするけど剣は微動だにしない。
やはり弱いな。
勇者や魔王と比べれば弱いと予想はしていたけど、動きの遅さから見るに想像通りだった。まだ本気かは分からないけどね。
「この中で1番強いのはあなたで合ってる?」
私が余裕を見せつけるのと対照的にレフはトイレへ行く前以上の険しい表情に変わっていく。
「なんだその反応速度は、しかも指だけで俺の一撃を。俺には身体強化の魔法に加えて魔道具の身体強化も合わさってるんだぞ。お前はやはりあの時の子供か!?」
あの時とはいつのことだろう?
どうせ消すから思い出す必要も無いか。
レフは剣を手放すと反対側の扉に走り始める。
「ブラッド、この子供は危険だ! 逃げろ、俺達に勝ち目はない!」
レフは大声で呼びかけた。
「え? お、おいレフ!」
レフは困惑するブラッドを無視して扉を殴りつける。ど派手な音が響くもののビクともしない。
「ちっ、なんつー硬さだ、俺の力でも足りねーとか頑丈に作りすぎだろ! おいブラッド! 扉を操作するパネルは他にないのか?!」
尋常じゃないレフの剣幕にブラッドの声にも焦りが見え始める。
「パネルは他にはない。鍵があれば開くが持って来てない」
「そうか、じゃあ俺がどうにか扉を破壊するまでステラの相手をして時間を稼いでくれ!」
「お、おぅ」
指示を受けたブラッドが私に近づく。
「レフのあの焦り様、あの一瞬の接触で分かるほど実力差があるというわけか」
ブラッドは落ち着いた様子で述べる。
レフの様子からブラッド達の今の目的は扉を開けての撤退になるだろう。だけど逃がすわけにはいかない。
私はまだ摘まんでいた剣を適当に放り投げ、次に操作盤の蓋が開かないように魔法で細工を始める。
「何をしてる」
「だって、鍵を開けたいんでしょ? だからこれが使えないようにしてるの」
私は背中を向けながら答えた。
「何を言ってるんだお前は、すぐ逃げられなくてなって困るのはお前の方だろ。俺達全員を相手にして勝てるとでも言いたいのか? 俺はランクAだ、大抵の相手に勝てる俺が子供如きに負けるわけが……」
ブラッドは怪訝そうに言ってると突然言葉が止まった。
何か思い出してるのだろう。
少しすると言葉を続けた。
「……俺に勝てる子供がそうそういてたまるか! お前が俺に勝てるわけがないんだよ!」
そう強く訴えるブラッドに、蓋に細工し終えた私は向き直り、言葉を返す。
「勝てるかどうかとか、呑気だね」
私はもし負けても命までは取られない。
しかし相手は私に負ければ死ぬ。
彼らはそんな状況だということを把握していないだろう、思いもしてないだろう。
私は近くに落ちていた椅子を持ち上げる。
「聞いてもいいかな? あなた達って悪い事をして金を稼いでるの?」
椅子をブンブンと音が鳴るほど軽やかに振り回しながら尋ねた。




