16 寝れない夜
灯りが消えてみんなが寝静まった。
建物の外は騒がしいけど何か危険な事が及びそうならギルド職員が知らせに駆けつけて来るだろう。
「すぴー、すぴー」
ステラは可愛い寝息を立てている。
幽霊である私は眠くならない。
でも寝ようと思えば寝ることはできる。
一見寝るメリットが無さそうに見えるけど、宿主が寝た時に退屈な時間を一気に進めるという点では役に立つ。
でも私はステラの身の安全のために起きて見張ることにした。
暇なのでステラの寝顔を霊体で覗きこむと気持ちよさそうにしていた。
どんな夢を見ているのだろう。
でも私は夢の中を覗くことはできない。
取り憑いてるからといって相手の考えていることが筒抜けではないのだから、夢の中も同様なのだろう。
それとは関係ないけど今気づいたことがある。
それはステラの手をグー、パー、と握ったり開いたり自由に体を動かせているということだ。
ステラは寝てる時は体を動かす主導権の制御がよく分かってないからか?
でも動かすときに違和感があるので今はやはりステラが表なのだと思う。
動かせるなら危険な事があればわざわざステラを起こして交代せずともすぐ対処できそうだ。
考え事が終わると暇な時間がやってきた。
これから先したいことや確認しておきたいことを考えながら整理しているとふと思いついた。
ステラが表の状態で私が裏の状態では魔法をどれだけ使えるのだろうか、と。
早速10分くらい試してみると色々な魔法を使えた。
室内での睡眠中という状況では迷惑が掛からないように少しだけしか試せてないけど、恐らく大きいこともできるかもしれない。
「……お姉……ん……すぴー」
ステラの寝言が聞こえた。彼女の姉はどんな人なのだろうか。
いずれ会うことになるのは間違いないだろう。
暇なのでステラの体に霊体を出して動き回る。
ステラに取りつく前の霊体だけの時は完全に自由行動できたけど、今は一定の距離しか動くことができない。
で、動き回るのもすぐに飽きた。
退屈すぎて寝てしまいたいけど誰かに襲われる可能性を考えるとそうもいかない。
キディアはもう何もしてこないだろうけど念のために注意しておかないとなぁ……。
そう思っているとノックもなしに扉の開く音がした。
開けたのはキディアだ。キディアは他の子が寝ているベッドに近づいていき、何かを確認し始めた。
凄く怪しいんですけど。
何をしてるのかは分からないけど確認が終わると移動して他のベッドをまた確認する。
もしかして私のことを探しているのかな?
そして私がいるベッドに近づくとキディアは立ち止まり、ステラに顔を近づけていく。
ステラだと分かるとハッとなり、辺りをキョロキョロと見回した。
……また刺してこないよね?
キディアの手には何も握られてない。
彼女はしばらくステラを見つめる。
ナイフでも持ってれば何をしてくるのかが予想つくけど、何も握られてないから少しドキドキする。
何をされるんだ? ただ見つめるだけか?
キディアは少し屈んで目線をステラに合わせて再び顔を近づけていく。
ステラは仰向けで天井に顔が向いている。
「すぴーすぴー」
のんきな寝顔を見たキディアは優しい笑みを浮かべ、そしてため息を吐いた。
そして眉を寄せ不安そうに恐る恐る手をステラの顔に近づけていく。
伸びた手はステラの頭に触れた。
私はすぐに霊体からステラの目に視界を戻し、体をすぐ動かせるように備える。
そんなことしなくても大丈夫な気はするけど。
キディアは無言のままステラの頭を優しく撫で始めた。
するとステラは何かを呟く。
「……ありが……ねぇちゃん……」
寝言だろう。
その寝言にキディアは一瞬だけ動きが止まる。そしてすぐ手をゆっくり動かし始めた。
キディアは最初は不安そうだったけど頭を撫でていくうちに穏やかな優しい顔になった。
そして手が止まった。何かを思い出したのか表情が曇っている。
キディアは目を閉じ、振り切るように顔を小さく左右に振るとゆっくりと手を遠ざけていく。
ステラに向けていた視線を外し、ゆっくりと立ち上がると少し離れた位置の空いたベッドに入っていった。
キディアにどんな過去があるかは知らないけど、短い付き合いになりそうだし、自力でどうにかしてもらうしかないんだ。ごめんね。
私はあまり力になれないことを謝りつつ危害を加えられなかったことに安堵し、また体から霊体を出すと朝までの見張りを再開した。
その後は朝まで誰かが入ってくることも起きる人もいなかった。
平和な長い夜は徐々に光に侵されて、ようやく朝を迎えた。




