112 凍る湖 2
女は光の刃を消し、私にゆっくりと近づいてくる。
「……私の本気の攻撃を、正気を保ったまま受け止めたというの?」
「へ? 私が狂ってたらお姉さんきっと死んでるよ」
私が狂ってたら相手を容赦なく殺してるだろう。
それはさておき、私が攻撃を受け止めたことに女は顔に出ていないけど驚いてるようにも見える。
「その力は、まさか本当にステラ、あなた自身の力だというの?」
「は? え、えーっと」
少し迷い、その問いに肯定しようとすると女の次の質問の方が速かった。
「聞かせてちょうだい。さっき私がエルフを貶した時に何か変化は無かった?」
……変化?
どういう意味だろう。
(ステラは何か感じた?)
(感じるも何もエルフなんて知らないし、大昔の話なんでしょ? 私には関係ないよ)
じゃあ女の話を退屈に感じてたかもしれないな。
「変化ってなに?」
「例えば、急に力が湧いたとか、何故か怒りや憎しみなどの感情が溢れだし、それを制御できないとか」
力が湧いたというのは魔法による身体強化のこと? いや、身体強化なんて珍しくないし違うのだろう。戦争の話もステラからすれば無関係なので腹が立つ要素は無い。
私はエルフだけど、エルフのことを言われてもそれが真実かどうかも分からないから過去の出来事に興味が湧いた以外の気持ちはない。
「変化かどうかは分からないけど、興味の無い話を聞かされた上に拘束されてるから疲れはしたよ」
興味はあるけど女の話だけで事実と断定するのも良くないので自分で調べたい。
「……そう、どうやら私の見当違いだったようね」
そう発言すると同時に女からの敵意がなくなったような気がした。
「そうですか」
エルフを貶されると腹が立って無意識のうちに力が湧いて正気を保てなくなる人がいるのか。まぁ私のように人に取り憑いてる幽霊なんてのもいるんだし、そういう人もいるのだろう。
なぜそんな人を探してるのか?
「もし、あなたの探してる人が私で合ってるとするなら何がしたかったんですか?」
「……さっき言った通り、私達のために殺すだけよ。でもあなたは違うかもしれない」
女は私に背を向ける。違うかもしれないということはまだ確定してないということか。また襲って来そうで嫌だな。
「私の用は済んだ。ステラ、あなたの力の出所は分からなかったが私の想像しているのとは違うものかもしれない。最後にもう1回だけ聞かせてちょうだい。それは本当にステラが自力で得た力なのね?」
(私自身は力なんてないしデシリアの力だけど、デシリアはどう答えるの?)
女が何者なのかという情報と引き換えに答えるというのも考えてみたけど、知ったところでこちらから彼女に接触できないんじゃ意味が無いよね。
「完全に自力ってわけじゃないけど、通りすがりの旅人に魔法の使い方を教えてもらったよ。そこから一気に魔法を使えるようになったかもしれない」
私は生前、世界中を巡る旅人だった。だからこの回答はある意味では嘘ではない。違うのはステラに魔法を教えたという部分だけ。
「その旅人とはどこで会った?」
「どこだろう。森の中としかいえない」
「攫われてたのだったわね。なら詳しい地名が分からなくてもおかしくはないか。興味深い情報に感謝するわ。では私はこれで去るとする」
そう言うと女は公園に向けて走り出した。かなりの速さで。
「あ、待って!」
私は女を追いかける。そしてすぐに追いつき横に並んだ。
私は不機嫌な態度で女にお詫びを要求する。
「いきなり喧嘩吹っかけて来て何のお詫びもせずに逃げるつもり?」
「逃げてるわけじゃないわ。もう用が無いから去るだけよ」
「あなたのわがままに無理矢理付き合わされたんだから何かしらのお詫びくらいするのが筋ってものじゃない?」
「エルフを貶しても変化が無かったのに、今は不満が目に見えて分かるわ。……いいでしょう。欲しい物を挙げなさい」
女は走りながら息一つ乱さず嫌な顔一つせず言った。
私は欲しいものを聞かれるとは思わなかった。特に欲しい物は無いけどどう答えようか。
(ステラは何か欲しいのある?)
(急に言われても分からないよ……じゃあ自動販売機のジュースとかでいいんじゃない?)
いやいや、あれだけの殺意を向けられてそれだけで済ますのは軽すぎない?
つまりはお詫びなんかいらないということみたいなので、必要なさそうだけど女から何か情報を引き出してみるとするか。
「欲しい物が思いつかないから代わりに色々聞かせて欲しいんだけど」
「できる範囲でなら話してもいいわ」
当然重要な事は話さないだろうけど色々聞いてみるか。
「お姉さんすごく強かったけど冒険者だよね?」
「違うわ」
「え、じゃあなんで強いの?」
「あなたと同じかもしれないわね」
そう言われてはこれ以上追及はできない。
別の事を聞くとしよう。
「エデルって何なの?」
「……あなたが気にしても意味が無いわ。それは私達に関係あることだから」
これは重要な事だから知られるのはまずいということか。
「お姉さんの名前は?」
「もう会わないかもしれないわよ? でも一応教えておこうかしら。エイルよ。ありふれた名前だと思わない?」
エイルという名がありふれてるのか私には分からないけどステラがいうには割といるらしい。
ありふれた外見にありふれた名前。道端で会っても気づかないかもしれないな。
「名字は?」
「名字? 名字を知ったところで私を探すのは不可能よ。だから知る意味が無いわ。ちなみに名字は無いわ」
なら最初から無いと言え!
色々と情報を引き出そうとしてる間にも湖から陸地に上がり、女は速度を落とし普通の歩行速度に変わった。私も同じ速度に揃える。
色々尋ねてみたものの嘘か本当か分からない答えばかり返って来た。
ふと振り返ると湖の氷はなくなりいつのまにか元の姿に戻っていた。
「ねぇエイルさん」
「まだ聞くの?」
「まだ聞くよ。このドラマの撮影は嘘なんでしょ?」
「そうよ。公園中に配置した撮影スタッフはあなたと私が何をしても目立たないようにするための壁。あなたが大声で助けを求めても演技だと誤魔化すためにね」
え? ステラはこの公園に突然行くことを決めたんだけど予め用意してたってこと? 公園を貸し切るのってそんな急に出来るものなの?
しかも見た感じ数百名の撮影スタッフがいるけど、事前に用意してないと無理じゃない?
この女、本当に何者?
「じゃあこの人たちには私の事バレてるってこと?」
「彼らは町の住人ではないわよ。だから彼らがあなたの実力をわざわざ下等な地上人に言い触らすこともないわ。私が保証する」
下等?
エイルって今の時代の上流階級なのかな……。
歩いているとステラが素振りをしていた所まで戻って来た。
「そういえば私とルイザ達4人の写真はどうやって作ったの?」
ルイザ達と歩いてるところを撮られていたあの写真。なぜこの女が持っていたのだろうか。レンゼイ村にもこの女の関係者がいるか、この女があの村にいたかのどちらかということになる。
「あれは……教えられないわ」
女は一瞬だけ視線を遥か上空へ向けた。




