111 エルフの末路?
目の前の女からエルフという言葉が出て来た。
『知ってるかしら?』という問いからエルフがこの時代において身近でない存在ということが窺える。
(エルフ……って聞いたことあるような、どこでだったかな、忘れた)
ステラは忘れてるようだ。
私は以前ステラに私の故郷はエルフの住むエルヴェクスタという王国だと話したことがあるのだけど、忘れてくれてる方が好都合だ。何故かと言えば魔王シェダールがエルフに似た姿をしてたのと、私もその姿に似たエルフなのでステラに不安を持たれたくないからだ。
「エルフ? なんですかそれ」
ステラが忘れてるので私も同じように答えた。エルフについての情報がステラに入るのは良くないけど、話の流れ的に聞かないわけにはいかない。
「かつてこの世界にはエルフという人種族がいてね、人間と戦争をしたの」
戦争とは初耳だ。かつてということはもしかして私の死後に起きたのだろうか?
そしてその言い方だと今はエルフがいないということか?
「戦争は人間が勝ち、エルフは死んで滅亡した。いや、僅かに生き残った者もいるのかもしれないわね」
それが本当の事だとしたら今の時代にエルフを見かけないのも納得できる。
「なんで戦争が起きたの?」
「エルフは自分達が人間より優れた存在だと自惚れていたのよ。実際に人間は劣っていたようだけど、でも研鑽して努力しエルフよりも優れた科学技術、優れた文明を手に入れた。それに嫉妬したエルフが人間が手に入れた物を我がものにしようと戦争を仕掛けて来たの。愚かだと思わない?」
少なくとも私の時代では下流のごく少数のエルフが人間を下に見てることがあった。なぜかと言えば単純な話、自分達より下の層と言えば人間くらいしかいなかったからだ。生き物の性なのか誰かより上でないと気が済まない者達は存在する。
中流階層より上のエルフから見れば下と言えば下流のエルフに目が行くから、人間に対しては違う種族だからとそれ以外に思うところは無かった。
下流のエルフが人間を下に見ていた他の理由は魔法の素質がエルフより劣るからだ。逆に人間がエルフより優れてる点というのは無かった。だから下に見られた。
でもエルフと人間は大きく対立していないために同じ国で共存してることが多かったので大きなトラブルはなかった。
エルフだけの国や、人間だけの国というのもあったけど文明レベルはどちらも同程度だったから、この女の言った事は少なくとも私の時代の事ではないようだ。
「その話が本当なら愚かですね」
「エルフは人間の敵よ。見つけたら一人残らず殺してやるわ」
女は感情を込めず淡々と憎悪を見せる。女の話からエルフの特徴とか出て来てないのでステラにエルフのイメージが伝わってないのはありがたい。
「そ、そうですか。……あの、その話って私と何の関係があるんですか?」
ステラの力の正体との共通点が“エルフ”くらいしか見いだせない。実際私はエルフなので今の話が無関係とは言えない。
もしかして女は私がステラに憑いていることに気づいているのか?
女は私をじーっと見つめる。憎悪を感じさせる語り方をしてた割に表情は淡々としてるから何を考えてるのか読めない。
エルフが力の原因だと分かってるならステラに私が取り憑いていることを疑うはず。しかし女からは言及してこない。
私の方から明かせってことか?
「エデルという名を聞いたことはあるかしら?」
女は突然、人名らしき名を口にした。
あ、その名前は馴染みがある。確か……えーと……アレ?
なんだっけ、出て来そうで出て来ない。思い出せない。
聞いたことがあるような気はするんだけど、なんだっけ?
ああ、ど忘れというヤツか。なんか凄く身近なものだった気がするしそのうち思い出せるだろう。
思い出せたところでステラが知らないと言えばそう答えるしかないけどね。
(エデル? 知らない)
ステラはその名を知らないようなのでそのまま答えることにする。
「聞いたことないです」
「……エルフと人間の戦争は人間側が優勢で進んだ。そもそも人間側に戦争する気など無かったからエルフ側が降伏したときは無条件で受け入れた。これで平穏が訪れる、そう思われた時に現れたのが魔王エデルよ。エデルは圧倒的な力で人間側を攻撃し始めた。優勢になったエルフ側は降伏を無かったことにしてエデルに加勢した」
ということはエデルはエルフということかな? あ、でもそうだろうな。私がその名を聞いた時に懐かしさを感じたわけだし……でもどんな人なのか思い出せない。
でもその名を私が知ってるわけだし私の時代とそう変わらない時代に戦争が起きたという事になるのかな? 圧倒的な力を持っていたということはレナスに関係してる存在? レナス以上に身近な存在のはずなのに懐かしいという感覚以外は一切思い出せない。
まぁいいや。女の話は続いてるからとりあえず聞くとしよう。
「優勢だった人間側はエデルというたった一人の存在によってひっくり返され壊滅状態になった。でも最終的には勝ち、エルフ側は最初に言った通り、少なくなった数がさらに減り滅亡した。らしいわね」
「全員死んだってのはありえないんじゃないの?」
戦争に全員で戦ったならともかく、そんなことはまず考えられない。とはいえ未だに私はこの時代でエルフを見かけたことは無いんだよね。
100万年の間に徐々に減って絶滅してしまった可能性は……なんか悲しいな。
「さぁ、どうかしらね。……で、どう?」
女はエルフが滅亡したかどうかに曖昧に答えると、次に私に何かを求めてきた。
「どう? っていや、何が?」
「……?」
女は不思議そうにこちらを見つめる。
とりあえず分からないとだけ言っておこう。
「えーっと、私は人間なので勝った側だし、エルフなんて知らないのでよく分からないです」
ステラが今考えてることをそのまま言葉にした。
それを聞いた女は私の首から手を離すと次は手首を強く握った。
「あの?」
「ちょっと付いて来てくれる?」
そう言いながら強引に引っ張っていく。と同時に別の所で撮影してる人達から大きな歓声が上がった。
遠くにある公園入口で撮影の様子を見ている野次馬たちの視線がそこに向けられる。そのためこちらが移動している姿は距離が遠い事もあり誰も注目していない。
女はそれらを無視して公園の奥へと私を引っ張っていく。
しばらく歩くと公園の1番奥に着いた。撮影のために部外者は追い出されてるため関係者以外はおらず静かだ。
「あの、目の前は湖ですけど、何があるんですか?」
手首を掴まれたままの私は女に尋ねる。女のすぐ後ろには女の仲間であろう撮影スタッフが控えている。私が抵抗した時は彼らは動き出すかもしれない。
「ええ、あなたの力の正体を明かして見せるわ」
女はそう言うと私の手首を引っ張り、私――ステラの体を湖の遥か遠くまで投げ飛ばした。
エルフと人間の戦争が起きた時代の科学技術はデシリアの生きていた頃と比べても大して変わっておらず、格差は魔法技術がエルフ優位というだけでそれ以外に差はありません。
しかし戦争は起きてます。始めたのはエルフです。




