109 近づく者 1
鋭い日差しが針のようにチクチクと体を刺激する真っ昼間。
「ふんっ、ふんっ!」
そんな暑い中でステラはジャージ姿のまま木剣を何度も振る。
汗はあまりかいてない。
さきほどまで剣術同好会で稽古をし、それが終わった後はこの湖に囲まれた半島状の緑豊かな広大な公園に来ていた。
森のような薄暗い感じではなく芝生が広範囲に広がっていて文字通り緑色が視界の大部分を占めている。
遠くを見通しやすいようになのか植えられている木と木の間隔は広くその間からは湖の水平線がよく見える。水平線の向こう側には私の目をもってしても陸地が見えないのでかなり広いようだ。
(わざわざこんな遠くの公園に来たのは何でなの?)
ステラに疑問をぶつける。
この公園は学校からも遠く、自宅からも遠く、住宅街からも遠い。公園の周囲にあるのは商業施設ばかりだ。
(気分転換だよ。いつも同じ所ばっかだと飽きるでしょ?)
(まぁ確かにね。でもさ、木剣を振り回し――)
(木刀だよ)
私の知ってる木剣とは違う独特な形状のものを振り回しているけど、言い方に違いがあるらしい。
(似たようなもんでしょ。木刀を振りまわして気にならないの? 自宅近くの公園よりも人が多いように見えるけど)
住宅街からは遠いにも拘わらず、さまざまな種族の人が行き交い賑やかだ。
しかしながら必死に木刀を振るステラを奇異の目で見るような人はいない。
(ここはエリンプスでも10本指に入るくらい大きな公園なんだよ。色々な人が集まって色々な事をしてるからいちいち私の事なんか気にしてないはずだよ)
周囲には踊りをしたり、歌を歌ったり、楽器を弾いたりする人がまぁまぁの数おり、ステラより目立ってるはずだけれども、人々の視線はあんまり集まってはいない。
(自宅近くの公園にはこんな人たちはいなかったよね?)
「確かにいないね」
ステラは木刀を振りながら私の疑問に答えた。理由は分からないようでただ同意するだけに留まった。
しばらくして木刀を振り終わると、次は足の動きを細かく確認していく。
(ねぇデシリア、私の足さばきはどう? 変な所はない?)
(そうだねぇ……)
う~ん、ちょっと気になるところはあるけどもステラの場合は足さばきよりも相手の動きを予測する力が足りてないんだよなぁ。
まずはその予測の精度が上がってから次に足さばきについて考える方がいいと思う。
と、私が答えようとすると見知らぬ人間の男がステラに近づいてきた。ステラより年上にも見えるけど微妙に幼い顔つきをしている。
背は170cmくらいで……冒険者だろうか? 冒険者がよく着けてる鎧を装備し、しかし武器は駆け出しなのか安っぽい剣を腰に差している。
剣を扱う冒険者といえば体格はもう少しガッチリしてそうなイメージだけど、この男は幼い顔つきに見合った細い体型で冒険者成りたてといった感じだ。
年はおそらくステラより5歳くらい上かもしれない。15~18歳辺りだろう。
明らかにステラを見つめるその目。敵意は一切なくむしろ緊張してる気がする。
ステラは気づくと木刀を振る手を止め、返事に備える。
「あ、邪魔しちゃってごめんな。お前一人で剣術の稽古してるのか?」
男が話しかけて来た。喋り慣れてるのか口調からは緊張は感じなかった。緊張してるように見えたけど私の予想が間違ってたっぽい。
「冒険者ですか?」
ステラは答えずに質問を返す。
男は得意げにニヤリとして肯定する。
「そうだぞ。俺は冒険者だ」
「そうですか。私に何か用ですか?」
「用っていうか……ちょっと気になってな。……君さ、剣術習ってるでしょ?」
「うん」
「俺もやってたんだよ。中学まではね」
「そうなんだ」
「中学を卒業してから冒険者になったんだぜ。剣術を活かせそうだな、と思ってさ、で今は冒険者になって1年半くらい経ったぜ」
「そうなんだ」
ステラは興味無さそうに返していく。
男は話を続けていく。
「君が剣術を始めた理由とかある?」
その問いに少し間を溜めた後、ステラは答える。
「私、冒険者になりたいけど親に学校を卒業するまでは駄目って言われたからその間に役に立ちそうな剣術でも身に付けようかなって」
「まぁ、何もしないよりはマシだろうな。1番役に立つのは魔術だけど、魔術士ギルドか冒険者ギルドでしか学べないしな」
「魔術士ギルド……ルイザちゃんが登録するのに大金が必要って言ってたなぁ。私のお金で足りるかな? いや、でも今は卒業までに剣術の腕を磨きたいしなぁ」
「子供のお小遣い程度で入れるほど安くはないぞ。登録だけでも1000万必要だからな」
「そ、そんなに? あはは、じゃあ全然足りないか」
90万ルド程度のステラの貯金では全く足りない。
ステラはあまりの額に疑問が芽生え、私に尋ねる。
(そんな大金出してまで子供のルイザちゃんを魔術士ギルドに入れさせた親って……何者なんだろう?)
(上流階級の子、とか?)
今の時代の事情は分からないけど魔術士ランクというものにそれだけ価値があるということだろう。
「しかしな、入れたところで昇格試験は難しいって聞くぞ。だから1000万なんて大金かけようと思う人なんかそんなにいねーよ。魔術医を目指すならいいかもしれないけどな」
ルイザやイブリンを見るに冒険者として大成功を収めるには魔術士ランクは重要になりそうだ。そこまでする必要があるかは情報に疎い私には判断が付かないけど。
「あのさ、剣術さ、一人でやってても限界があるだろ? 俺が稽古の相手になろうか?」
「さっき剣術同好会で稽古してきたばかりだけど、どうしようかな……」
「別に何度やったっていいと思うぜ。疲れてるなら無理してやらなくてもいいけどよ。また別の日が良いならその時に相手してやるよ」
「え、本当?! 会ってくれるの?」
(この男の子、なんか馴れ馴れしすぎない? 怪しい……)
(何かあったらデシリアがどうとでも出来るでしょ?)
まぁ今の段階で拒絶する必要もないか。怪しい動きがあった時に考えるとしよう。
「本当だぜ、今日はどうする?」
「う~ん……じゃあ、お願いします! あ、でも防具も訓練用の剣も今持ってないんだけど……」
「じゃあさ、攻めの練習だけにしようか。俺は防具を着てるから受けるだけにするよ。そうすれば君は怪我しなくて済むだろ。だからガンガン攻めて来い」
「でも頭は何もないけど怪我しない?」
「魔術ランク2の身体強化できるし、木刀くらいなら防げる兜を魔術で作れるから大丈夫だ」
男の子は「アイスヘルム」と言葉を発すると半円球の真っ白な兜が彼の頭に現れた。それを地面に置くとステラに思いっきり木刀で叩かせる。
兜はヒビ1つすらできなかった。
男の子も兜を思いっきり木刀で叩いてみるものの同じく何も変化はなかった。
「ほら、心配は一切必要ないだろ?」
ステラはうんうんと頭を揺らした。
「あ、自己紹介まだだったね、私の名前はステラ。よろしく」
「俺はエドガーだ。よろしくな」
「ごめんだけど、さっきまで素振りとかしまくってちょっと疲れたから休憩させて!」
「兜を作る前に言って欲しかったな、って作ってしまった俺が悪いな。ごめん」
稽古の前に休憩することにした。




