108 天上の駒
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アレスティア国エリンプス町の中心部には遥か遠くからでも分かるほどの高層の建物が並んでいる。しかしそこはエリンプス町ではなくアレスティア国の首都リルボスである。
首都リルボスは壁で円状に囲まれており、壁が町との境界線となっている。
首都の全ての建物は冒険者ギルドの建物と同等の技術によって建てられ、エリンプス町と隣接してるにも拘わらず町の物とは比較にならないほどの技術格差がある。
そんな首都のどこか建物の一室で二人の人間の姿のどこにでもいそうな男女――そう見えるだけで性別はない――がレンゼイ村のあの騒動についての話をしていた。
ちなみに二人は勇者ではない。
アルという名の男型の人間? は手のひらに乗せた小型のディスプレイを思考だけで操作し空中に映像を映し出す。
大きく抉られた大地、それはデシリアと魔王の戦闘で出来たもの。
アルはエイルという名の女型の人間? に映像の説明を始める。
「ルイザ・ブランミュラーを監視中に遭遇した。その穴の広さは100メートル以上はある。ルイザは爆発の範囲に入っていたはずだが死ななかった。この規模の爆発に余裕で耐えられるものは魔王か勇者か、エルフか我々の様な存在だけだ。魔術士ランク10もあれば瀕死で済むかもしれないがいずれにも該当しないルイザが生き延びてしまった」
「どうやって?」
「すぐ傍にルイザを守った者がいたようだ」
アルは闇夜に光る爆発の映像に切り替える。爆発する前には一瞬だけ2つの人影が写っていた。アルは人影を指で差す。
「爆心地から遠い方の人影がルイザだ。近い方のはルイザと同じくらいの背丈、つまりルイザと同じく子供だ」
淡々と説明し、また映像を切り替える。ルイザ、ステラ、キディア、ケミーの4人を明るい時間に撮った時の画像。この画像は雲より遥か上空、この星の軌道上より撮られた物だ。
それほど遠くから撮られたものにも拘わらず4人の顔は横からハッキリと映っている。
アルはステラを指差すと少女が人影の正体だと断言する。
「ルイザの近くにいたのはこのオレンジの髪の少女だ」
アルはその人影がレンゼイ村のギルド内に入って行ったのを映像から確認している。さらにギルドに確認を取ったところその姿をしていた者はステラだという事も分かっている。
「どう見ても子供にしか見えないわね」
エルは女型らしく女っぽい口調で答える。
「ああ、子供だ」
アルは映像を切り替え、ステラ――デシリアが魔王を消滅魔法で何度も消してる様子を映す。
「その液体の魔力となった魔王を勇者国は魔王ではないと言ってるようだが、おそらく魔王だろう」
固体の魔石となる魔物と違い、魔王は肉体を失うと液体となる。魔王は液体状態でも生物としての機能を有し、魔力を消費して依り代とも言える肉体を再生させる。魔王は魔力が減ると液体の量も減っていく。
魔王が最後に爆発したのは目の前の敵であるデシリアを倒すためだったが、それにより魔力を使い果たしてしまい自分だけ消滅してしまった。
勇者アルスは液体状態の魔王を見ていないため魔王ではない偽物だと断定していた。実際は偽物では無かったが新たに魔王が誕生したときに勇者アルスがそのことを1番に把握できるというのも事実である。
つまりシェダールは新たに誕生した魔王ではないが、偽物でもないということである。しかしながら既存の封印されている魔王でもないため、突如現れた謎だらけの例外ということになる。
「その魔王はこの少女に倒された。少女の名前はステラ・プリマディオルだ」
「ステラ・プリマディオル。何者なの?」
「ただの人間の子供だ。だがあれほどの力は以前はなかったと思われる」
「ではいつ頃からその力を手に入れたの?」
「ステラに関して情報収集してみたが小学生という範疇を全くはみ出さない平凡な能力の子供だった。子供というのは力があれば振るいたくなるはずだが、その痕跡がない所を見るに町で攫われてから今までの短期間に何かあったのだろう」
エイルはアルの言葉の続きを待つ。アルはエイルが特に質問してこないと察すると話を続けた。
「さて、エイルがここに呼ばれた理由だが……ステラに不審な動きが無いか監視を行ってもらう」
命令に対してエイルは表情一つ崩さずに尋ねる。
「不審な動きとは……魔王エデルに関係した行動、で合ってるかしら?」
「その通りだ。エデルの影響を受けた所で基本的な行動は普通の人間と変わらない。首都以外で暴れるとしても小規模なものになるだろうから、その時はエデルとは関係もない行動と考えていいだろう。しかし首都に入ってきた時は別だ。その時はおそらくヤツは神子を狙って攻撃してくるだろう」
神子とはアレスティア国の最高権力者である。いや、権力者とは言うがそういうことにしているだけの飾りの存在であり、政治的な活動には一切関与してない。
「放棄された都市にエデルの仲間の魔王が封印されて以降、数十万年以上もの間、特に何も起きてませんが今更何かを仕掛けて来るかしら?」
「何も起きてないのではなく、規模が小さすぎて我々が把握できていないだけかもしれない」
例えば魔術士ランク8のイブリンが本気で暴れても勇者にはほど遠いためこの男は、いやこの男の属する組織は興味を示さない。その興味を示さないレベルの力を持ったものが魔王エデルの影響を受けてるかもしれないと考えはするが、世界中にはその程度の力を持ったものは多いためいちいち相手にしてはいられないし、その程度ならどうでもいい。
つまりステラ――デシリアは無視できないほどの存在だった。
「疑問があるわ。魔王エデルの影響というのならなぜエデルの影響化にあるであろう魔王シェダールと対立したのかしらね? かつての魔王達との戦いでは仲間割れなんて聞いたことがないわ」
「そうだな……寿命があるのかは分からないが魔王エデルが耄碌し、意味のない行動を誘発するようになったか、あるいはどちらかはエデルとは全くの無関係だろう。可能性は所詮可能性だ。実際はどうなのかが分からない以上は監視して出来るだけ真実を見極めるしかない」
アルの説明は終わったがエイルはまだ何かあると思い沈黙する。しかし何も言われないのでエイルから話を振ることにした。
「その少女――ステラを殺してもいいですか? それで丸く収まると思いますが?」
物騒な提案にも拘わらずアルは動じず、淡々とその問いに返す。
「お前が殺せる程度の存在ならそもそも殺す必要は無い。お前でも殺せない場合は殺す必要が出て来るかもしれないな」
「では殺せそうか試してみてもいいですか?」
「殺さないならいいだろう。間違っても町を破壊するような真似と無関係な人に危害が及ぶようなことは厳禁だ。地上人の目につかないようにも気を付けろ。お前とステラが戦えば明らかに目立つだろうからな」
「分かりました。それでは私は監視に向かいますがもうこれ以上はないですか?」
「何かあればまた連絡する。行っていいぞ」
部屋の外に出たエイルは思考を巡らせながら歩く。ステラからどうやって力の出所を吐かせるか、どのようにして力を試すか。どこで接触するか。
「地上人の命なんか気にしなければいいのに、とは思いますが。まぁ上の方針ですし仕方ありませんね」
魔王エデルは他の全ての魔王の元となった親のような存在。他の魔王はシェダールも含めてエデルから分裂して誕生した存在でシェダール以外は全て封印されている。
親であるエデルは封印されておらず数十万年も行方不明。




