106.5 ステラの姉は何してる? 3
ミレラはボスの男に意識を向けるとぶつぶつと呟く姿が目に映った。
「まさかまさか、あのアビゲイルちゃんがこうも容易く倒されるなんて……勇者というのはこれほどの力を持ってるというのか」
「勇者じゃねーよ。勇者なんて見たことねーよ。それよりもお前、ここのボスなんだろ? 人が収容されてる部屋の鍵を持ってこい! 持ってきたら半殺しで済ませてやる」
「か、か、かか、鍵ならこれだよ」
ボスは慌ててポケットから鍵を出し見せつける。しかしその場から動かずミレラに渡しに行く様子はない。
ミレラは鍵を見るとさっさと手に入れたいため相手が来るのを待たずに受け取りに近づく。
「ほれ」
ある程度近づいたところでボスは手を上に振った。
手から鍵が高く舞いミレラの視線は自然とそれを追いかける。
その時、足元の床が開いた。
途端、ミレラの視界から天井が遠ざかっていく。
「な、はめやがったなああああ!!」
「勇者と言えども、落ちてしまえばもうどうにもならないだろうね」
ミレラが落ちた後すぐに床は閉じた。
「ふぅー、なんとか命拾いしましたな。いくら強くとも動きを封じられれば意味も無い」
ボスが安心したのも束の間、床は轟音と共に我、上へと飛び散り、床の破片が天井に突き刺さった。
「うおぉっ?! な、なんだ?」
その床はアビゲイルほどの怪力でようやく破壊できる程度の強度となっていた。
うっかりアビゲイルが落ちた時のことを考えての仕様だったが、ミレラはそれ以上の力を持っているため容易く脱出できた。
ボスはミレラがいくら強いとはいえ、流石にアビゲイルの怪力を上回っているとは思いもしていなかった。
空いた床からミレラが飛び出し、着地するとボスに得意げな笑顔を向ける。
「今の卑怯なやり口は許してやるよぉ。なぜならぁ、私も鍵を受け取った後でぇ、てめぇをぉ、殺そうと思ってたからなぁああああ!!!!」
ミレラは漏れ出る殺意を解消するために駆け出す。
ボスはミレラに手が届くほどの距離まで近づかれてもまだ認識できない。それほどの速さでミレラは距離を詰めた。
そして彼女は剣を相手の体の中心付近を突き刺し、武器ごと壁に吹き飛ばした。
その衝撃によりボスは何が起きたのかも認識できないまま命を散らした。
「半殺しで済ますわけねぇんだよ、お前らみたいなのがいなくなればステラが攫われる心配もなくなるんだからよ!!」
ミレラは精一杯思いを吐き出す。そして自ら発したステラという言葉でここに来た目的を思い出す。
「そうだった、ステラを探しに来たんだった」
一本の剣で壁に張り付けにされたボスを一旦放置し、ミレラは落ちていた鍵を拾う。
「本当にこれで開くのか? まぁいいや、試してみよう」
駄目なら扉を破壊すればいいと考えながら、人が収容されている格子の部屋へステラを探しに向かった。
* * * * *
鳥車に置いて行かれた男の体を轟音が震わせる。
その轟音はミレラが突入していた収容所が倒壊する音だった。
しばらくすると疲れの混ざる女の声が男に向けられた。
「戻って来たぞ、起きろ。お前の出番だ」
ミレラは鳥車で寝ている縛られた男を足で突き、続いて縄を解いた。
「助けた人達を町に連れて行くことになった。歩きだと時間がかかるから鳥車に乗せて連れて行く。運転はお前がやれ」
ミレラは面倒臭そうな態度で男に命令した。
その態度よりも男が気になったのはミレラが無事に戻って来たことだ。
「お、お前。あそこの収容所にはあのアビゲイルがいたはずだが……あんなのと戦ったら生きて戻れるはずが――」
「あのデカ女なら殺して来た。でゅふふって笑うあのババアだろ? あとボスと呼ばれてた男も灰にして蘇生できないように始末して来たぞ。念には念を入れて建物も破壊しておいた。ふふっ、これで新たな被害者が少しは減るな。さて、私は助けた人達を連れて来るからお前は運転席へ行け」
男はこんな普通の体格の女の子があんな化け物相手に勝てたという事実に混乱しかけた。
ミレラが人を連れに行こうとした時、男はミレラの1番の目的を確認する。
「そ、そういえば、お目当ての妹さんはいたのか?」
その質問にミレラは不機嫌そうな顔を横に振り、そして息を吐いた。
「ふぅー……空振りだよ!!」
強く声を張った後、鳥車の外に出たミレラは空を見上げステラの顔を思い浮かべる。
「待ってろよステラ、お姉ちゃんが絶対助けてやるからな! 何年かけてでも探し出してやる!」
ミレラの頭の中には恐怖に震えて待ちながら『お姉ちゃん助けて』と救いを求めるステラの姿が描かれていた。
残念なことに現在のステラは涼しい自宅でビデオゲームに精を出し、しばらく会えなくなったルイザのことばかりを頭に浮かべていた。
ステラが救出されたことをミレラが知るのは夏休みが終わった後のことである。
彼女の旅はまだしばらく続く。
姉の次の出番は3章後半です。
今は3章中盤の入口なのでまだまだ遠いです。




