9 剣を売りたい、お金が欲しい
店を出た後、冒険者ならこの剣を買ってくれるだろうと思い売り込んでみたのだけど、怪しまれたのか売れなかった。
(もう暗くなってきたなぁ、どうしようか……)
(ねぇデシリアはお腹空いてないの?)
空いてないよ。もしかしてステラは腹ペコなのか?
感覚を自在に調整できるのでわざと鈍くしていた空腹感を正常に近づけると胃の主張が激しくなってきた。
(空いてる、これはヤバい)
暴れる食欲に思考が乱れそうなので感覚を鈍い状態に戻した。
緊急時でも無いならこの感覚を鈍くしちゃいけないかもしれないな。
(みんなお腹空いてるかも、戻ろうか)
(でも、私達お金ないけどどうしようか?)
もしかしたら冒険者ギルドが食事も用意してくれてるはず。
そう期待しながら急いで戻ることにした。
「あ、嬢ちゃん! ちょっといいか……ストップ、君だよ君! 止まって!」
子供ではない私は嬢ちゃん呼びに慣れてないので気づくのに遅れた。
「なんですか?」
私を呼び止めたのは村の入り口で冒険者ギルドに行くのを勧めてくれた冒険者のお兄さんだ。
「その剣を少しの間だけ貸してくれないか?」
あぁ、キメラ討伐の間だけ使いたいってことかな。
こんな派手な剣をずっと持ってるのは嫌だけど一時的に借りるなら問題は無いと、そんなところか。
「私が別の町に行くまでの短い間ならいいですけど……」
「おお本当か!」
本当ならタダで貸したいところだけど今の私はお金が欲しい。
服を新調したい。今の服は悪い意味で目立つ。
貸す代わりにお金を取れるかな?
「あの、いくらでなら借りますか?」
でもどのくらいで貸せばいいのかが分からない。
店に売っていたシンプルな剣は20000ルドだったね。
私の持ってるこの剣は意匠に凝ってて切れ味も鋭くて軽い。
店売りの剣の軽く10倍以上の値打ちはあるんじゃないかな?
「1日1000ルドでどうだ? 安いか?」
ルドは今の時代のお金の単位。
(ステラはどう思う?)
(えーと……いいのでは?)
子供には安いかなんて分からないよね。もちろん私にも分からない。
村のため人のために頑張ってくれてるし言い値で貸すことにしよう。
私は剣を男に渡した。男はその剣を目を輝かせながら眺め、振ったりして感触を確認する。
「返すときは私は冒険者ギルドにいるのでそこに来てください。もう一度言いますがずっとはいないのでそれまでには返すか買い取るかお願いします」
「おう、分かった。えと、嬢ちゃんの名前は?」
「私はデシ――」
「ああっと、俺の方が先に名乗らないとな。俺の名前はヤンだ」
おっと、自分の名前を名乗りそうになった。今はステラで名乗らないと。
「私はステラです」
「この剣はなんていう名前なんだ?」
「分からないです」
「そうか、まぁいいけど。じゃあ借りていくぜ」
男は財布から紙を取り出し私に渡した。
紙のお金?
紙には1000ルドと書いてる。
私が紙を見て固まっているとヤンは笑顔で問いかける。
「紙のお金は初めてか?」
私は頭を縦に振る。
生前には紙のお金なんかなかったからね。
この紙もお金で通じるのか。複雑で繊細すぎる絵が描かれてるので偽造は難しそうだ。
「もう暗いから気を付けて帰るんだぞ!」
ヤンはそう言って去っていった。
彼はこれからキメラの討伐も兼ねて村の警備でもするのだろう。
* * * * *
「ステラおかえりなさい」
ギルドに戻るとマリアが出迎えてくれた。外で何をしてたのかを話しながらギルド内にある食堂に案内され、料理の並ぶテーブルに着席した。
食事は冒険者ギルドが用意してくれたようだ。
お金あんまり持ってないけど良いのだろうか?
1000ルドじゃ絶対足りないよね。
「あ~、マリアずるい~!! 私もステラちゃんの隣がいいな~」
声を方を向くと少し離れた席で猫人のケミーが不満そうに手を振りながら私を見ていた。
一応私も振り返しておく。
他のみんなはもう食事を始めていて、賑やかにお喋りしながら料理を口に運んでいる。
ケミーの隣には私を背中から刺した兎人のキディアがいるけど誰とも視線を合わせず黙々と食べていた。
「ステラ、冷めないうちに召し上がって」
マリアに言われ、早速食べようかと思ったけど私が食べちゃうとステラの楽しみを奪ってしまうことになる。私は食事を楽しみにしてもいないのでステラと交代するか。
(ステラ、交代しましょ。食事はステラも楽しみでしょ?)
(え、いいの?)
(いいよいいよ、というかこの体はステラのものなんだから遠慮しないで)
私は体をステラに返した。
(じゃあ半分ずつ二人で分けようよ)
ステラがそう提案してきた。気持ちは嬉しいけどそもそも食事に対するこだわりは生前もなかったので遠慮した。
(食べてみたら気持ちも変わるかもしれないよ?)
変わらなくても困らないのでそのままでいい。下手に欲が出てしょうもないことでステラに迷惑を掛けたくない。
「どうしたのステラ? 料理冷めちゃうよ」
マリアが心配そうに声を掛けて来た。
脳内会話をしていて黙ったまま料理に手を付けないステラを心配したのだろう。ステラに気を使ってなのかマリアもまだ料理に手をつけていない。
今は体を動かしてるのはステラなので私はマリアに返事は出来ない。
私はステラがマリアに返事をするのを待ってから先ほどの言葉に返事をしようと思う。
少し待つとステラはようやく口を開いた。
「デシリア? 本当に私だけが食べていいの?」
だけどなぜかマリアに私の名前を向けた。




