72 ルイザはケミーのために小屋へ向かう 1
小屋を勢いに任せて出てしまったキディアは振り返り、小屋を見つめる。
眉を寄せて目を瞑り、先程の状況を思い返す。
(どうして冷静に動けないの、私の馬鹿!)
恐怖で思い通りに動けない自分を責めた。
密猟おばさんの時はいざという時に頼れるステラがいたので比較的冷静でいられた。
(でも連れて行かれる心配は無いみたいだし良かった。それとルイザちゃんに謝りたいってのは絶対嘘だよね。ケミーが悪い事したからってその怒りをルイザにまとめてぶつけようとしてるんだ)
キディアの中ではなぜかケミーが悪事を働いたという事になっていた。
なぜそう思ったかと言えば動転して窃盗した理由にまで及んでいないからだ。
ケミーのどこにそんなことをする理由があるというのか。
キディアはとにかくルイザの所へ戻ることにした。
* * * * *
ルイザは最初の地点を中心に、ケミー達が戻って来た時の事を考えてあまり遠くに離れないように行動していた。
しかしスライムの数が少なくなりはじめたので、そろそろ場所を移そうかと思っていた矢先にキディアが戻って来た。
「え……? ケミーが窃盗の罰で縛られて、ギルドで私に突っかかって来たあの女が謝罪をしたいから呼んでるですって? ちょっと何言ってるか分からないですわ」
ケミーが窃盗したのは間違いだがキディアはそう思い込んでしまいそれも付け加えてしまった。
「でも私の予想だと、謝罪じゃなくて仕返しをしたいんだと思う」
「……ですわよね、謝罪したいなら向こうの方から出向けばいいのですものですわ……わ?」
ルイザの言葉使いがまたも不自然になるがお互い慣れたのか特に気にせず、なかったことにした。
ルイザは魔石で重くなった黒づくめのリュックをどうしようかと考える。
一旦ギルドへ戻り荷物を置いてから女の元へ向かうか、そのまま持って向かうか……。
この場に置いて行くというのはありえない。
人が少ないとはいえ盗まれる可能性は十分にある。
せっかく労を費やしたのにそうなっては何しに来たのか分からない。
「あの、ルイザちゃん。ギルドの人にこの事を伝えた方がいいんじゃないかな?」
不安なキディアは安全のために提案した。
ルイザはリュックのことは一旦置いて、助けを求めるべきかどうかに思考を向ける。
これから自分はあの女に仕返しされますと言って来てもらうのか?
そもそも来ないだろう。
もし連れて行けたらあの女は内心嫌ながらも事を大きくしたくないからと謝罪して、ルイザには何も危害がなく終わるだろう。
ルイザとしては望ましい展開である。
しかしケミーの扱いが問題だ。
ルイザにはケミーが悪い事をしたとは思えないが、あの女がケミーが窃盗をしたと言い張れば状況が分からない第三者の目にはルイザ達が悪者に見えるだろう。
(ケミーを身動きできない様にしたのは危害を加えられたくなければ私の言う事を聞け、とでも言うつもりだからかもしれませんわね)
一方的に殴られて謝罪を要求されるのだろうとルイザは考えた。
(ギルドではあの女の攻撃は一切効きませんでしたし、どうにかなる……かしら?)
暴力を振るってくるなら私が反撃をしてこないギリギリのラインを狙うはず、とルイザは推測した。
あの程度のいざこざで殺しにくるような愚かな真似はしてこないはず。
「いえ、まだギルドには伝えませんわ。ですがまずは魔石の入ったリュックを一旦自室へ置いてきますわ。キディアもあるのでしょう?」
「うん、少ししかないけど……」
キディアは成果が少なく、申し訳ないという気持ちが溢れる。
「少しでもいいのではないかしら? これは仕事ではありませんし、『時は金なり』と言いますでしょう?」
時は金なりとは『お金と時間を無駄にしては勿体ない』という、そんな感じの意味だ。
ルイザは何か別の意味と取り違えてしまっているが気づかない。
「え、うん。ありがとう」
キディアも言葉の意味が分からないため指摘できず、私の事を励ましてくれるんだと思いお礼を言った。
ちなみにデシリアがこの場にいたら間違いなくツッコミを入れていた。
そうなるとステラとルイザの距離はさらに遠ざかったことだろう。
「もしかしたらあの女から金品を要求される可能性もありますからキディアも金目の物は自室に置いた方がいいですわ。私達にはお金がないと思わせるのですわ」
キディアへ忠告した後、二人はギルドに向けて歩き始める。
その後ろからはキディアを追いかけて来たゼラルドが隠れて見張っていた。
(まさか、ギルドに報告しに行くのか? いや、まだ決まったわけじゃない。もう少し様子を見よう)
その後、二人がギルドに入っていく姿を見たゼラルドは入口が眺められる位置に隠れて立つ。
ギルド職員と一緒に出てきたら急いで戻り、ケミーを解放してアニータと一緒に逃げようと考えていた。
しかしルイザとキディアが先程よりも身軽な状態で二人だけで出て来たため、ほっと胸を撫でおろし、先回りをしながら二人をそのまま見張った。




