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「195番のタバコを、お願いします」

作者: ぬまろー

この自記を執筆するにあたり、協力してくださったN氏に感謝を。


という一文を記述する必要性の説明をするには、今から約10時間ほど前にさかのぼる。

私はとあるミスにより、アルバイトに就業する前から門前祓いをくらい、暇を持て増していたところ、私は友人のN氏を遊びに誘った。随分と気前のよいN氏はこれを快諾し、休日の貴重な一日を私の暇つぶしに費やしてくれた。

ということがあり、私は深夜の0時まで某県某市にある彼が一人暮らしをしているアパートにいたのだが、しかし彼とて無限のスタミナを持つわけではないらしい。日も暮れ、夜が世界に闇を与えるころには、すっかり夢の住人。眠ってしまったのである。

しかし私はスタミナに対して少しばかり心得がある。ウォッカを多少呑んだところで、ここまで執筆をするくらいの元気がある私は、さてさてなにをするべきか、眠るにはまだ早い。この持て余すエネルギーをどう発散するかに困った。

そして私は、彼の住む某県某市の周囲を散歩するという冒険を試みるのである。

私は寝ぼけた彼に許可を取り、ベランダからひょこっと外へ出て、星のない空の下へ舞い降りる。聞こえるはカエルの演奏。うるさいばかりである。

彼の住む某県は田舎町ということを自虐のネタとして定着しきっているのか、聞けば「何も遊ぶところがない」だとか「田舎の町」だとか言っていたが、しかしまぁ、その通りといえばその通り。冒険の途中は、おっさんが好きそうな居酒屋とコインランドリーしかない景色が続いていた。

しかし、それは承知の上である。

冒険というからには、目的がなければならない。

そして、私にとってその目的とは、数あるコンビニの中でもただ一つ、『セブンイレブン』である。

実を言うと、私の懐にある金銭的な余裕というやつは、たかだか1200円程度だったのだが、上記のコンビニに行けば5000円程度に跳ね上がる。ローソンでも、ファミリーマートでも駄目だ。セブンイレブンじゃないとならない。

いやまぁ、実を言うとポケットに忍ばせているタバコが、もうラスト1本だというのが実はかなり痛い。私は、けっこうな愛煙家で、道行く先に喫煙所があれば何を置いてでもそこに向かうほどなのだが、散歩という名の冒険をするにあたって、これはけっこう重要だ。今すぐにでも、余裕のある懐から500円払って、煙を嗜みたかった。

ということで、片道徒歩15分のセブンイレブンを目指す旅が始まった。道行く先は該当すら怪しい田舎道。あれは何の光だ、深夜まで営業しているコインランドリーだ、ガソリンスタンドだ、なんと寂しい景色だろうか。

お役所仕事のたまものか、薄暗い暗闇の先でもなんとか独創的に保っている散歩道を見かけるも、とはいえ歴史的建造物でもない、報酬すらない、無価値に思えるそれに興味はなかった。

目指すはセブンイレブンただ一つ。懐の余裕というのは、深夜であっても心強い。たとえ軒並み店は閉店していようと、居酒屋すら暖簾を下げようと、精神的な、俺は一応は多少の支払い能力はあるんだという心構えは必要だ。

そして、トラブル発生。

現金を下ろすために必要なスマートフォンが起動しない。

というか、セブンイレブン閉まってるんだけど。


え? マジですか?


どっちかだけにしても大ピンチだのだが、いやいや、これはびっくり仰天、驚天動地、ハトが豆鉄砲……。冒険に必要な懐の余裕は、なんと貧相な野口一つに託されたのである。

私はざわつく心を鎮めるため、ポケットから煙草を取り出し、近くの自販機で購入したコーヒーを片手に煙を愛した。これで、懐は1100円で、煙草はもうない。

まさかスマートフォンの不具合とコンビニが24時間営業ではなかったという右ストレートを2発食らったような衝撃に、俺は迷っていた。

これから、どうしたものか。

途端に、私は私の冒険の雲行きを怪しんだ。

ある程度の範囲であれば、道はわかる。というか、この時点で最寄り駅近くにいるので、ここからN氏のアパートに戻ることはできるだろう。散歩は慣れたものだ、ツバメが如き帰巣本能を滾らせ、戻ること自体はできるだろう。

しかし、その先は?

戻れる程度の道を進むなど、冒険といえるのか。しかし戻れない道はまるでファンタジー小説に出てくるような森や山の暗闇。俺はチート能力を持った転生者じゃない。命を懸ける冒険者でもない。傍らに愛らしい少女でもいてくれれば話は別だが、それもない。

そんな時に、私は女性の歌声を耳にした。セブンイレブンから離れ、駅のすぐ近くまで足を踏み入れたころである。そこそこの繁華街で、ほとんどの店は閉まっているが、彼のアパート周辺よりは明るい。

歌っているのだろうか、調和のとれた音が響いたのを、私は確かに耳に入れた。

ここで、私の冒険は再開した。

歌姫を探す冒険。

なぜこのような丑三つ時前に美声を響かせているのだろうかと、私の興味はそれでいっぱいだった。異質なものを好む習性が私にはある。光の中にいれば、闇を。闇の中にいれば光を求める性分なのである。

彼女の声は、途切れ途切れに闇を響いた。聞こえた、と思えばそこにない。しかし途方に暮れてみれば、また彼女は私に道を示す。私はそれを聞くたびに、どこだ、どこだと辺りを見渡す。

そして、距離としては間もない頃に、彼女がいる場所を突き止めた。

小さなバーの中である。

彼女の麗しい声は、そこから途切れ途切れながらにも確認できた。

私はすぐにでも歌姫に会いたい気持ちでいたが、それを理性が邪魔するのもすぐのことだった。というのも、そのバーの前にある看板、席代1500円と大きく書いてあったからである。

そう、俺は席代すら払うことができない。歌姫の観客にすらなれない、下賤な身分であることを、現実的すぎるバーの看板が証明したのである。

歌姫、さようなら。私は迷う心を振り絞り、それらから背を向けた。セブンイレブンが開いていれば、スマートフォンが起動すれば、などと思い返してみるも、しかし理不尽に八つ当たりしたところでどうなることやら。私はチートも持たない、冒険者でもない貧相な散歩人。決して、冒険しても勇者になれないことを知ったのである。

そうして、私は彼の家から一番近いコンビニであるファミリーマートに戻り、そして、こう言う。

「195番のタバコを、お願いします」

星の見えない夜空を見上げながら、私は煙をふかした。


冒険から戻り、これまでのセーブデータをテキストに保存するためにPCの拝借を許してくれたN氏に感謝します。

トイレの横にある廊下から、心を込めて。



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