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特製オムライスとおにぎり1

 そろそろシールを集めるひとが出そうになり、私は休日にマルトさんのところを訪ねた。裏メニューはもちろんオムライスだ。裏メニューとして出す前に最終確認をしようということになり、私は初めて食堂のキッチンに入れてもらった。

 ここ最近、食堂の利用数が遥かに増えたとマルトさんは嬉しそうだった。同時に、マルトさんの笑顔も増えたように思う。


「金髪の気の強そうなご令嬢さんが、青い子と赤い子を連れてよく食堂に来るようになったよ。聞けば金髪の子は名家の出身だってね。高そうなものばかり食べてそうなのに、最近はメープルシロップとバターだけのパンケーキにハマったようで、朝食も食堂で食べるようになってねぇ。きちんと毎回お礼も言ってくれるし、いい子だよ」

「ああ、それはアナベルのことね。赤髪のおだんご頭がカロルで、青髪のショートヘアーはリュシーよ。学園でもいつも三人でいたわ」

「そうなのかい。あの子たちがいると、食堂が華やかになっていいね。そうそう! 華やかといえば、すごく美形の子も最近はよく来るよ。火曜と木曜は必ずといっていいほどいるね。ほら、あの水色の髪の……」


 美形で水色の髪といえば、ひとりしかいない。


「レジスね。学園でマティアス第二王子と並ぶほど人気があったわ。ただ、クールすぎて近寄りがたいとも言われてたけど」

「あぁー……。言われてみればそうだね。愛想はないけど、いつも綺麗に食べてくれるから印象は悪くないよ。火曜と木曜にきてるってことは……あんなイケメンを虜にするなんて、フィーナも隅に置けないねぇ」


 にやにやしながら、マルトさんは肘で私の体を軽くつついてくる。


「えっ!? ど、どうしてそうなるの!」

「だって、フィーナ目当てってことだろう? ほかの日にきたときもよく周りを見渡してるし、フィーナを捜してるんじゃないかい?」

「レジスが私を捜すなんて、そんなわけないわ。もう、さっさと始めましょう!」

「あらあら照れちゃって。……青春だねぇ」


 マルトさんは私を冷やかしながらオムライス作りを始めた。

「材料ならたくさんあるから、フィーナも作ってみる?」と言われ、私も急遽オムライスを作ることになった。

 前世では料理が趣味で、いろんなものをよく作っていた。玉ねぎをみじん切りしていると、マルトさんに手際のよさを褒められて嬉しくなる。

 私の作るオムライスは、チキンライスの上にとろとろの卵を乗せるタイプのものだ。マルトさんのようにチキンライスを卵で包み込むのより簡単で、失敗も少ない。

 

「わぁ! 美味しそう! フィーナの作ったオムライスは卵がとろとろだね。あたしのは昔ながらのオムライスって感じだけど、フィーナのは今どきのオムライスって感じだ」

「ふふ。なにそれ。私はマルトさんみたいにうまく卵でライスを包めないだけよ」

「フィーナならすぐできるようになるよ。それより、フィーナのオムライスを食べてみてもいいかい?」


 私はマルトさんにオムライスの味見をしてもらうことになった。代わりに私は、マルトさんの作ったオムライスを美味しくいただくことにする。

 ……うん。ばっちり! この前食べたときと同じ、マルトさんの人間味溢れる優しい味だ。裏メニューでこのオムライスが出てきたら、誰も文句は言わないだろう。


「フィーナのオムライス、卵がふわとろですごく美味しいよ。卵になにを入れてるんだい?」

「私は生クリームとマヨネーズを入れてるわ。そうすることで、よりふわとろになるの」


 マルトさんは「へぇ!」と感心しながら、次から次へとスプーンを口に運び、あっという間にすべて平らげた。


「なんだか、あたしたちふたりのアイディアを出し合ったらもっといいオムライスが作れる気がしてきたよ。フィーナが作る料理を食べたいひともいるだろうし、裏メニューはフィーナも調理に参加してくれたら嬉しいんだけど」


 オムライスを食べ終え、マルトさんは私にそんな提案をしてきた


「そんな! 私は素人だし、マルトさんがひとりで作ったほうが美味しいわ」

「あたしの料理は食堂でいつでも食べられるだろう? フィーナはほかの課題が忙しいだろうし、少し手伝ってくれる程度でいいから。ねっ?」

「……わかったわ。やってみる」


 マルトさんに説得され、今後裏メニューはふたりで一緒に作っていくことになった。

それからは空いてる時間に食堂に行き、厨房でマルトさんの仕込みを手伝ったりするようになった。

 もともと好きなことだったので、マルトさんからいろんなことが学べてとても楽しい。

 ――早く裏メニューが出せたらいいなぁ。

 誰かがシールを三枚集めてくれることを、私は心待ちするようになっていた。


 占いサロンを開始して、一か月半が経った。

 食堂にもサロンにも人が増え、すべてが順調にいっている。今まで関わることのなかった寮生同士が食堂で交流を持つようになったりして、寮は以前よりずっと活気づいていた。

 この調子でいけば、理事長が私に与えた〝寮生たちを盛り上げる〟という課題は無事にクリアしたといっていいだろう。


 そして、今日はサロンを開始してから初の出来事が起きた。

 アナベルがシールを三枚集め、ついに特典の裏メニューを出すことになった。食堂でカロルとリュシーと共に、アナベルは裏メニューが出てくるのを待ち構えている。


 あれからマルトさんと私で改良を重ね、ふたりでひとつの特製オムライスを作り上げた。卵は私のふわとろを活かし、チキンライスはケチャップと鶏肉をバターで炒めただけのシンプルなものだが、マルトさん特有のなつかしさを感じる優しい味に仕上がっている。

 ソースはデミグラスやホワイトソースなどの凝ったものも考えたが、結局定番のケチャップのみにすることに決めた。そしてそのケチャップで、裏メニューを頼んだひとにメッセージを書いて提供することにした。

 私はアナベルの恋が叶うように、オムライスの上にケチャップでハートマークを描いた。お皿にも〝ファイト!〟と応援メッセージを一言添える。こういうほんの遊び心も、食べてもらうひとに少しでも喜んでほしいという気持ちからだ。

 付け合わせは野菜ときのこのコンソメスープ。これは私がこの前、余った材料を使いキッチンで作ってみたものをマルトさんが気に入り、今日のメニューに加えてもらえた。


 このように裏メニュー用に改良はしたが、マルトさんが作る自慢のオムライスも私は大好きだったので、絶対に今後も作ってほしいという複雑な思いもあった。すると、そのオムライスの定番メニュー化を検討することをマルトさんが約束してくれた。食堂にたくさんひとが来るようになり、〝美味しい〟という言葉を毎日聞けて、マルトさんも自信を取り戻しつつあるようだ。


「おめでとうございますアナベル様! こちらがアルベリク寮食堂の裏メニュー、マルト&フィーナの特製オムライスです。どうぞお召し上がりください!」


 私はアナベルのところに、出来たてのオムライスを運んだ。


「かわいい! ハートマークとメッセージまで書いてあるわ!」


 アナベルは早速、ケチャップで書いたメッセージを見つけ嬉しそうにはしゃいでいる。


「はい。アナベル様の恋愛成就を願って書かせていただきました!」

「もうフィーナったら! 食べるのがもったいなくなるわね。それと、ハートの真ん中にスプーンを入れてしまわないように気をつけないと」


 たしかに、せっかく描いたハートが割れると縁起が悪い。

 いい評価をもらえるかドキドキしながら、アナベルがオムライスを食べるのを見守る。


「……美味しい! 卵がふわふわのとろとろで、口の中で溶けるみたいだわ! それに、チキンライスも私が好きな味付けね。今まで食べてきたものはソースの味が濃かったり、チキンライスにも具がたくさん入ってるものが多かったけど、このオムライスはシンプルながら、味がひとつにまとまっていて絶品よ!」

「ほ、本当ですか!? よかったぁ!」


 アナベルから最高の評価をもらって、私は一安心する。マルトさんと作ったから自信はあったものの、ここまで褒めてもらえると思わなかった。

 目の前で美味しそうにオムライスを食べるアナベルを、カロルとリュシーは羨ましそうに見つめている。ふたりももうすぐシールが集まるので、ぜひ今度食べてほしいものだ。


◇◇◇


 アナベルが裏メニューの特製オムライスを食べてから、食堂とサロンは一層にぎわいを見せるようになった。

 カロルとリュシーはあの後すぐにシールを集め、アナベルに続きオムライスを食べることに成功した。三人は〝オムライスが絶品〟という話をいろんな場でしてくれているみたいで、寮生だけでなく、アルベリクの生徒全員のあいだで裏メニューが話題となっているようだ。


 オムライスでなく、マルトさんの料理が美味しいという噂も今以上に広まり、食堂はかつてないほど人で溢れている。サロンがない日は、私も積極的に厨房やカウンターに立ち、マルトさんの手伝いをした。

 停学中というのに、学園にいたころよりも生徒とコミュニケーションをとっているなんて変な話だ。

 エミリーによって広められた停学に関する私の悪い噂も、もう誰も気にしていないようだった。


「やあフィーナ。久しぶり」

「……マティアス様!?」


 ある日、マティアスがサロンにやってきて私は驚く。

 

「寮生じゃないんだけど、いいかな?」 

「は、はい。どうぞ!」


 そう、マティアスはエミリーと同じく寮生ではない。なので、ここには絶対に来ないと思っていた。

 マティアスに会うのは停学になってから初めてのことだ。アナベルから飽きるほど名前を聞かされていたからか、あまり久しぶりな感じがしない。

憧れだったマティアスとふたりきりなんてことは完全に初めてで、私は少しばかり緊張していた。


「まさかマティアス様がここに来るとは予想外でした」

「ここの食堂が話題になってて気になったんだ。アナベルが裏メニューのオムライスを絶賛していてね。いてもたってもいられなくて」


 マティアスからアナベルの名前が出る。

 ふたりが順調に仲を深めていることがわかり、私はなんだか自分のことのように嬉しくなった。


「そうなんですね。アナベル様はここのいちばんの常連ですから」

「だからか。君の話を最近よくしているよ。……ここって、どういう悩みをするひとが多いんだ?」

「うーん……やっぱり、恋愛相談が多いと思います」


 たまに成績が上がらない、とか、お菓子を食べるのをやめられない、などの相談もあるが、ほとんどが恋の悩みだ。アルベリクはいろんな男女が集まるだけあって、毎日あらゆるところで恋が芽生え、それと同じ数だけ悩みも生まれている。


「なるほど。恋愛相談か」

「マティアス様は、今日なにをご相談に?」

「それがほかのひとと同じで、恋愛相談なんだ」

「マティアス様まで!?」


 にこにこと笑みを浮かべながら、恥ずかし気もなく言うマティアス。

 ……どうしよう。聞くのがこわい。もしアナベルでない、別のひとの名前を出されてしまったら、私はうまくその相談に乗ることができるだろうか。

 占いに私情を挟むのはよくない。だけど、アナベルはサロンを開いてからいちばん通ってくれている常連だ。望まなくとも仲は勝手に深まるし、ひたむきにマティアスを思う姿を何度も見てきた。できることなら、この世界ではアナベルとマティアスが結ばれてほしい。


「えっと、内容はどういったものでしょう……?」


 言いながら、どうかマティアスの想い人がアナベルでありますように、と心の中で願った。


「僕の好きなひとが、いつもは素直なんだけど肝心なところですごく不器用なんだ。早く次の段階に進みたいと僕は思うけど、今は彼女のペースに合わせるのがいちばんだと思って我慢してる。まぁ、そういう完璧すぎないとこもかわいらしくて好きなんだけどね」

「……は、はあ。そうなんですか」


 ひとりで上機嫌にぺらぺらと喋り続けるマティアスだが、いったい今の話のどこに悩みがあったんだ。自分で解決できているし、悩みっていうより――。


「あのマティアス様、今のはただの惚気話ですよね?」

「あ、そうだった? 無意識だったよ。誰かに恋愛話なんてするの初めてでさ。楽しくなっちゃってつい! あはは!」


 爽やかな笑顔を見せるマティアス。見ているだけで、こちらまでつられて笑顔になってしまう。

 それに、話の内容を聞く限り、マティアスの言っている〝彼女〟はアナベルのことだろう。言っている内容がカロルとリュシーが相談しにくることと似ているし、この前アナベルは「恥ずかしくていいムードなのに変なことを言ってしまうの!」と嘆いていた。

 無事にふたりが両想いということがわかりほっとする。付き合う前の甘酸っぱくて楽しい日々を過ごしているふたりを想像すると、微笑ましくなった。あとはこのまま何事もなくふたりが結ばれることを祈るばかりだ。

 最初は小説通りエミリーと仲よくしているマティアスを見て、マティアスはエミリーと結ばれるのかと思ったが、まさかその後アナベルがマティアスを射止めるとは。

 この世界のエミリーは性格悪いし、そうなるのも頷ける。エミリーのほうが悪役令嬢と言われてもなにも不思議に思わない。エミリーはマティアスを射止めることができなかったのだろう。……それとも、私が知らない間にほかに好きなひとができて、マティアスに興味をなくしたのだろうか?

 まぁどちらでもいいか。私としては、憧れのマティアスが女性を見る目がちゃんとあったことがうれしい。あのまま性悪エミリーの毒牙にあっさりやられるような男だったら、きっと幻滅していた。私が前世から抱いていた綺麗な思い出は、無事に守られたようだ。


「ねぇフィーナ。これってさ、悩みを自力で解決したことになる? 僕、シールを集めたいんだ。裏メニューを食べたいから」

「解決した悩みを話しにきただけですから、残念ですけどシールはあげられませんね」


 私は手に持ったものの出番のなかったタロットカードを、机の隅に置いた。カードの隣には、マティアスが欲しがっている猫のシールが置いてある。マティアスは物欲しそうにそのシールに目線をやった。


「はぁ。やっぱりそうか。残念。……王子特権で、裏メニューを食べられたりしないか?」

「そんなズルをしたら、アナベル様に告げ口しますからね」

「おっと、それは困るな。彼女は卑怯なことが大嫌いだからね。嫌われるようなことはできない。……というか、君にはなんでもお見通しなんだな」

「ふふ。さあ、どうでしょうか」


 小説ではあんなに卑怯な手ばかり使っていたアナベルが、今では卑怯を嫌うようになるとはね。

 マティアスと軽い冗談を言い合いながら笑い合ってると、サロンの扉が開いた。


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