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お悩み解決! フィーナの占いサロン3

 前途多難だと思っていたフィーナの占いサロンだったが、アナベルがサロンの話をほかの生徒にしてくれたようで、口コミを聞いた生徒がおもしろがって来るようになった。

それでもまだ少ないが、徐々に食堂にひとが増えていっているような気がする。マルトさんも、以前より料理を提供する人数が多くなったと喜んでいた。

 

「フィーナ! あなたってすごいわ!」


 何度目かのサロンオープン日。十九時になってすぐ、ノックもせずに扉が開かれると、興奮気味のアナベルが入ってきた。


「あなたの言う通り、自信を持ってマティアス様に話しかけたら、マティアス様が私のことを〝おもしろい子だね〟って……! それからは、向こうから話しかけてくれるようになったの!」

「そ、それはよかったです。……アナベル様の想い人は、マティアス様だったのですね」

「はっ! 私としたことが、つい嬉しくて口を滑らしてしまったわ……!」


 アナベルは私に指摘され、すぐに両手で自分の口を塞いだ。もう言い終わったあとなので、その行動はまったく意味を成さないのだが。それに、アナベルがマティアスを好きということはわかっていたので特に驚きもない。


「この際だから言うけど、これからも私が恋の相談をするときは、全部相手はマティアス様っていうのを覚えておいてちょうだい」

「わかりました。応援してます。アナベル様」


 私が微笑むと、アナベルは顔を赤らめながら、やっと椅子に腰かけた。

 小説ではアナベルはマティアスにかわいそうなくらい相手にされていなかったけど、今のアナベルの話を聞く限りこの世界ではちがうようだ。

 思い返すと、私が停学になる前も、思ったよりエミリーとマティアスの距離は縮まっていなかった気がする。関わらないようにしていたから詳しくはわからないが。

 もしかすると、マティアスとアナベルが結ばれるって展開もありえるかもしれない。目の前にいるアナベルは少なくとも悪役には見えないし、なんだか健気で応援したくなっちゃう。


「今日はまたなにか相談ですか?」

「いいえ。今日はフィーナにお礼と報告にきただけよ。ほら、無事に悩みが解決したらシールがもらえるんでしょう?」

「あっ! そうでした! アナベル様にはシールを渡さなければいけませんね」


 私は机の端に置いてあるケースから、自作の猫のシールを一枚取り出しアナベルに渡した。


「これを三枚集めると、裏メニューっていうのが食べられるのね」

「そうです。でも意外でした。アナベル様は裏メニューにはあまり興味がないのかと」


 侯爵令嬢のアナベルが、食堂でご飯を食べている姿は想像がつかない。


「なかったけど、こういうのはせっかくなら楽しんだほうがいいでしょう。それに、食堂ってこの時間すっごく美味しそうな香りがするのよね。いつも外で料理人を呼んで晩餐を作らせていたから知らなかったけど、ここで食事をするのもたまにはいいかもしれないわ」

「ぜひ! 食堂にアナベル様がいると華やかになりますしねっ!」

「よくわかってるわねフィーナ! 私、あなたのこと気に入ったわ」


 アナベルは上機嫌で、私の手をぎゅっと握った。


「それと……ありがとう。私、この前ここに来なかったら、マティアス様と仲良くなんてなれなかったかも」

「いえ。私はあくまでお手伝いしただけで、動いたのはアナベル様ですから」

「動くきっかけをくれたのはフィーナでしょう? この私が感謝しているのだから、素直に受け取っておけばいいのよ」

「……はい。ありがとうございます」


 私の返事を聞いて、アナベルは満足そうに手を離す。

 エミリーと逆で、悪役とされていたアナベルがいい子すぎて困惑する。私の中で、アナベルの好感度は爆上がりだ。


「じゃあ、また来るわね!」


 椅子から立ち上がり、アナベルは終始笑顔のままサロンを後にした。

 マルトさんのために食堂にひとを増やしたい気持ちと、学費免除のために開いたサロンだったけど、誰かの役に立てたと思うと私も嬉しくなった。


 その後も数人やって来て、愚痴や相談を聞きながらタロット占いをした。

もうすぐ二十一時になる。今日はこれで終了かと思い、ぐーっと体を伸ばしていると、サロンの扉が開いた。


「……レジスさ……じゃなくて、レジス!?」


 つい〝様〟をつけそうになったが、この前言われたことを思い出し言い直す。


「来てくれたんですね!」

「……この前フィーナが教えてくれて、気になっていたから」


 レジスはそっぽを向きながら恥ずかしそうに言うと、私の正面に座る。


「嬉しいです。今日はどんなご相談ですか?」

「ああ、とりあえず、フィーナが未だに俺に敬語を使うことが悩みだな」

「うっ、ご、ごめんなさ――ごめん。まだ慣れなくて」

「それでいい。……悪い。フィーナの慌てる様子を見たくて、つい意地悪をしてしまった」

「もう! レジスったら!」


 むすっとした顔で言われたから、本当に怒っているのかと思いすごく焦った。そんな私を見て、レジスは楽しそうにくすくすと笑った。

 今までレジスは人間が嫌いで、学園の生徒と関わる気なんてゼロなんだと思っていたけど、一度仲良くなると心を開きやすいタイプなのかしら。私とレジスが仲良しと言っていい関係なのかは置いといて、レジスから歩み寄ろうとしてくれている自覚はある。

 

「で、本当の相談は?」

「……え? あ、ああ……」


 レジスはなにか考え込むように口をつぐんだ。


「それともなにか愚痴でも言いにきた? 私なんでも聞いてあげるから、レジスも言いたいこと言ってすっきりして帰って!」

「愚痴――べつに、愚痴はないんだが」

「……レジス、なんの用事もなくきたの?」

「い、いや! ちがう。そうだ。相談がある」


 びっくりした。まさか、私に話すことがなにもないのにサロンにきたのかと思った。そんなの、ただ私と世間話をするためにきたようなものだし、レジスはなにも面白くないわよね。

 相談があると聞いて安心し、私はタロットカードを準備しながらレジスの話を聞くことにした。


「実は――最近とても魅力的な出会いがあったんだ。どうしてもその子が頭から離れなくて、困っている」

「えっ!? そ、それって恋の相談!?」


 私の問いかけに、レジスはうんともすんとも言わない。ということは、肯定ととっていいだろうか。

 レジスから恋愛話が出てくるとは驚きだわ。誰かに知られたら、間違いなく学園のビッグニュースになること間違いなしだ。相手が誰かすごく気になるが、レジスはそこまで教えてくれないだろう。アナベルみたいに口を滑らせるなんてヘマもしなそうだ。とにかく、エミリーでないことを祈るしかないわね。エミリー、レジスのこともひそかに狙っていたから。


「……どこで出会ったか聞いてもいい? アルベリクの生徒?」

「学園の裏庭のさらに奥――前、一度フィーナと出くわした場所があるだろ。俺はいつも昼休みをその場所で過ごしているんだが、そこで寝ているときに、突然現れて」

 

 それって、もしかしてもしかしなくても――獣化したシピのことじゃないか。

 私が早とちりして恋愛話と言ったのが悪かったのか、レジスは相手が猫ということは伏せている。さすがに猫の相談をしていると思われるのは恥ずかしいようだ。

 私もレジスから自分のことを相談されるとは思っていなくて、タロットカードを持つ手にじんわりと汗をかいてきた。


「へ、へぇー。運命の出会いみたいなやつかしら。それで、なにが気にかかっているの?」

「……近頃、全然会えないんだ。だから、次はいつごろ会えるか占ってほしくて」


はぁ、と小さくため息をつくレジス。

 私はぎくりとした。そういえば、最近テキスト課題に追われて倉庫の作業をおろそかにしていたことに気づく。天気が悪い日も続いて、外に出るのが億劫になっていたのよね。

 レジスがシピに会いたくて寂しい思いをしていたなんて、全然考えていなかった。あの場所でシピを待っているレジスを想像すると申し訳なさでいっぱになる。……でも、ちょっとかわいいとも思ってしまった。

 

 次会えるのがいつかは正直私次第なのだが、なにもしないのはおかしいので一応占いはしておこう。


「カップの2の正位置。やったわねレジス、すごくいいカードよ」


 悪いカードが出たらどうしようと思ったが、レジスにとってはかなりいい占い結果となった。さすが、レジスほどの美男子だと、運までも味方につくといったところか。


「このカードは気持ちが通じ合うことを表すの。相手もレジスのことを意識している可能性が高いわ。それが恋愛感情か友情かはまだわからないけど、好意はもたれてるはず」


 出たカードの結果をそのまま話しているだけなのに、相手が仮にも自分とわかっているからか気恥ずかしい。


「そ、そうか。よかった……。じゃあ、近々会えるだろうか?」

「ええ。会えるわ。近いうち必ず」


 明日の昼休み、倉庫に行くしかないわね。レジスに言いながら、心の中でそう思った。


「ありがとうフィーナ。……すまない。時間が少し過ぎてしまったな」


 時計を見ると、二十一時から十五分ほど経過していた。


「全然平気よ。レジスがきてくれて嬉しかった」

「……また来る」

「あ! ちょっと待って!」


 扉に手をかけるレジスの背中に向かって声をかけると、レジスは私のほうを振り返った。


「その、この前偶然会った日以来、すごく話しかけてくれるようになったよね? なんでかなーって……」


 純粋にずっと疑問だったことを、思い切ってレジスに聞いてみた。


「……俺は噂通り、あまり人と関わるのが得意じゃないし、女は特に苦手だ」

「うん。そう聞いてたから、余計不思議に思っちゃって」

「でも、フィーナは……なんというか、ほかとはちがう」

「えっ?」


 そ、それって、いったいどういう意味?

 ドキドキしながらレジスの言葉を待っていると、レジスは真顔でこう言った。


「フィーナって、猫みたいだろ?」

「……はい?」

「俺、猫が好きなんだ。だから……まぁ、そういうことだ」


 そういうことって、どういうことなのか全然わからないんですけど?


「じゃあ、おやすみ」


 レジスはそのままサロンから颯爽と去って行った。私は首を傾げたまま、ひとりサロンに残りレジスの言った意味を考える。

 ――人は嫌いだけど、私は猫みたいだから平気ってこと?

 たしかに間違ってはないけど! 半分猫みたいなものだけど!

あんなにまっすぐな瞳で 〝ほかとはちがう〟なんて言われたら、なにか特別な意味があるのかと勘違いしちゃったじゃない。なのに理由が〝猫みたい〟って……。レジスってもしかして天然?

 期待した応えとはちがったことを、少し残念に思っている自分がいた。


◇◇◇


 次の日の昼休み。

 私は有言実行するため、倉庫へと向かった。中途半端に終わらせていた掃除の続きを終わらせてから、時間を見てレジスに会いにいくため獣化する。


 昨日、近々会えると言われたからか、心なしかレジスの表情は期待に満ちていた。その期待に応えるため、私はレジスの前に姿を現し、「にゃあ」と一声鳴いてみせた。


「シピ!」


 レジスは鳴き声に気づくと、軽快な声で私の名前を呼び駆け寄ってきた。久しぶりの再会がよほど嬉しかったのか、ひょいと私を抱き上げる。


「やっと会えた」


 ひげの周りを人差し指でゆっくりと撫でながら、レジスに慈愛のこもった眼差しをこれでもかというくらい浴びせられる。

 抱きしめられたり撫でられたり、たまにこちらからちょっかいをかけてじゃれ合ったり、昼休みの時間たっぷりとレジスに甘やかされた。ここまで構ってもらえると、猫としてまんざらでもなくなってくる。

 ひとりの女としても、レジスのこんな表情を独り占めできていると思うと――くすぐったいような、嬉しいような気持ちだ。

 自分で言った占い通りの結果だけど、私は少しずつレジスのことが気になるようになっていた。とはいっても、レジスが占いを頼んだ相手は〝フィーナとしての私〟ではなく、〝シピとしての私〟だ。獣化していない私の前でも、いつかこんな表情を見せてくれたらいいのにな……。

 そんな願望をひっそりと胸に抱えたまま、私はレジスと楽しい昼休みを過ごしたのだった。


 木曜日になった。今週二度目の占いサロンオープン日だ。

 今日もいちばん最初にやってきたのはアナベルで、またマティアスとの恋愛相談を打ち明けにきた。すっかり私とアナベルはいい関係になっている。たまに寮ですれ違うときも、アナベルから声をかけてくれるようになった。

 アナベルの影響か、取り巻きのカロルとリュシーも今ではサロンの常連になっている。ふたりはいつも一緒にやってきて、アナベルがマティアスの前だと照れてしまい、たまにそっけない態度をとってしまったりとドジを踏んでいることを報告しにくる。

 アナベルとマティアスがうまくいくよう、友人としてフォローしたいという相談を聞くたびに、このふたりは私のように嫌々取り巻きをやっているわけではないのだなぁと思った。


「フィーナ」

「あら、レジス。今日もきてくれたのね」


 本日最後のお客様はレジスだ。レジスはこの前のように、サロンを閉めるギリギリくらいの時間にやってきた。


「お前の言った通り、気になっている子に会えたんだ。すごいんだな。フィーナの占いって」

「それはよかったわ。またなにかあったらいつでもきてね」

「ああ。今日はそれを言いにきただけだ。今日もおつかれ。フィーナ」


 レジスは報告だけするとすぐにサロンを出て行こうとしたので、私は慌てて引きとめる。


「レジス! 忘れ物!」

「……忘れ物?」


 私はレジスの顔の前に、悩みを解決したひとへの特典である猫のシールをかざした。レジスはそのシールを見ながら、目をぱちくりとしている。


「無事に気になる子に会えたみたいだから。はいっ!」

「これが、三枚集めると裏メニューが食べられるシールか」

「そう。がんばって集めてね」

「……猫」


 シールを見ながら、レジスはぽつりとそう漏らす。


「かわいいな。これは集めたくなる」


 私からシールを受け取ると、レジスはシールを大事そうにポケットに入れていた生徒手帳に挟んだ。


「来週の火曜、またくるよ」


 倉庫に行くときはシピとしてだけど、ここではフィーナとしてレジスに会える。

 そう思うと、私は来週の火曜日が待ち遠しくなっていた。



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