お悩み解決! フィーナの占いサロン1
寮に戻り、昼ご飯を食べると私はまた部屋でテキストを広げ課題に取り組んだ。
停学中は、昼ご飯もマルトさんが特別に作ってくれることになった。ありがたい話だ。なんとしてでも、私も絶対にマルトさんの役に立ってあげなければと改めて思う。
課題が一段落したところで、私はふたつめの特別課題の用意を進めるために、また食堂へと向かった。
私が考えた寮生たちを盛り上げる企画は、その名も〝お悩み解決! フィーナの占いサロン〟だ。
その名の通り、悩めるアルベリク学園生たちを、タロットカードを使って解決に導いていくといった単純かつ明快な内容だ。
マルトさんにはこの前、企画内容を既に話している。
場所はこの食堂の一部のスペースを借りることに成功した。
狭いがサロンを開くには十分な個室が運よく空いており、使わない調理器具などを置くのに使っていたが、そこをサロンに使っていいと言ってもらえたのだ。個室といっても、ただの物置部屋だけど。
サロンは寮生を中心としたアルベリク学園生徒全員を対象に男女問わず、毎週火曜日と木曜日の十九時から二十一時の二時間開くことにした。
ほかの課題もたくさんあるので、最初はこれくらいのペースから始めるのがいちばん自分への負担も少ないと考えた。
食堂は唯一、この寮で男女が一緒になる場所だ。ディナータイムにサロンを開くことで、食堂へ足を運ぶ生徒を増やすことも目的としている。
サロンが盛況すれば、待ち時間や占いが終わったあとにご飯を食べる生徒が増えるかもしれない。そうなれば、マルトさんの悩みの解決にも繋がる。
マルトさんとお互い案を出し合い、サロンと食堂が提携した企画も考えた。
サロンに悩み相談をした際、後日無事にその悩みが解決できると、フィーナポイントというシールがもらえる。そのシールを三つ集めると、食堂の裏メニューが食べられるというものだ。
私たちは貴族だろうが庶民だろうが、みんな同じ人間だ。限定のものや、特別感があるものに弱いひとはたくさんいる。まずはこの企画に興味を引かせることが大事だ。
マルトさん全面協力あってこそ、このサロンは成り立つ。絶対に成功させないと!
早速、物置部屋に椅子や机を置き、壁に布を貼ったりしてそれっぽいスペースを作った。物置部屋感があると貴族のひとたちは嫌がるだろうから、雰囲気だけでも高級感を出さないと。
シールなど必要なものも自分で創作する。前世で小学生のころやった図画工作の授業のようで、なんだか楽しい。
突然サロンを開いたところで、前情報がなにもないと誰もきてくれないだろう。そう思い、私はサロンの宣伝ポスターを作り、寮の玄関に貼りだしておいた。今日は金曜日なので、来週の火曜日からスタートということも記載しておく。
私が停学になったという噂は、もう学園中に広まっているだろう。エミリーとの事情を知る生徒はいないので、ただ単に学費が払えなくなったという理由で停学になったと言われていそうだ。
学費未納が理由なんて、周囲から冷めた視線を浴びる可能性もあるが、そんなこと気にしてられない。私は私のために、やるべきことやるだけだ。
そしてあっという間に、フィーナの占いサロン初日の朝を迎えた。
宣伝したにも関わらず、まったく話題になってなさそうだけど、どうなることやら……。
不安を抱えながら、今日もテキストを片付け倉庫へと向かう。
使えないものは捨て終えたので、最近は掃除がメインだ。ただ汚れがあちこちにこびりついており、なかなか一筋縄ではいかない。
でも、目に見えて綺麗になっていくので、慣れれば掃除もそこまで苦痛ではなくなった。
疲れて休憩していると、私はふとレジスのことを思い出した。
――昨日はサロンの最終準備をずっとしていたから、倉庫にこなかったのよね。……この前と同じ時間帯だし、今日もいるのかしら。
そーっと扉から外を覗いてみる。すると、前回と同じ場所にレジスの姿を発見した。
でも、今日はどこか様子がおかしい。落ち着きがなく、やたらきょろきょろしている。
もしかして、猫を捜してる……?
その後もずっと陰からレジスの様子を見守っていたが、ずっとなにかを捜している。立って動いてはまた戻って……その繰り返しだ。
私はだんだんいたたまれない気持ちになり、無意識にため息をついていた。だってレジスが捜している猫は、私が動かなければ絶対に見つかることはないんだもの。
――仕方ない。レジスの癒しのために、また一肌脱ぐしかないわ。
倉庫で獣化し、私は白猫の姿でレジスのもとへ駆け寄った。こんなに連続で獣化するなんて初めてだ。
「あっ……!」
レジスは私を発見するなり、喜びの声を上げた。
キリッとした顔つきは一瞬で綻び柔らかくなる。レジスのこんな顔が見られるのは、学園中で私くらいだろう。なんだかちょっと優越感だ。
レジスは私の元へ駆け寄り、声をかけてくる。
「お前、飼い主はいるのか? でも首輪をしていないな……野良猫か?」
「にゃー」
「そうか。野良猫なんだな」
つ、通じた。
「俺、お前の名前を考えてきたんだ」
屈んで私の頭を撫でながら、レジスは照れくさそうに言う。野良猫に名前を考えてくるとは、よっぽどこの前のことがうれしかったのだろうか。
どんな名前を考えたのか、まったく想像できない。私はうきうきしながらレジスの言葉を待った。
「シピ、っていうのはどうだ? お前、ひとを翻弄しそうだから。小悪魔って意味でシピ」
レジスの口から小悪魔なんて言葉が聞けるとは夢にも思わなかった。それにシピって……響きもいいし、なかなかかわいい名前じゃない。
「にゃっ!」
気に入った! というように、私はレジスの膝にすりすりと頬を寄せる。レジスはほっとした顔を見せて、今度は私の背中を毛並みを確かめるように撫で続けた。
モフモフに癒されるレジスを見て、もはや私が癒されている。私はそのまましばらくのあいだ、レジスの温かくて大きな手を堪能した。
「俺はいつも昼休みはここにいるから、ここでお前を待ってる。いつでも会いにきてくれ」
「……にゃあ」
「ふっ。いい子だ」
ちゃんと返事をしたことを褒めるように、よしよしと頭を撫でられた。
――そんなことを言われると、期待を裏切れなくなるじゃない。
前回の失敗を学び、私は早めにレジスの前から退散する。レジスは私がこの辺りにいる野良猫と確信したからか、追いかけてくるようなことはせず、かわりに名残惜しそうに手を振ってきた。
教室に戻ると、あんな顔絶対見せないんだろうな。獣化するリスクと比べても、あんなレジスを見るとなんだか得した気分。
私は倉庫に戻ると、レジスと鉢合わせにならないよう警戒しながら、また寮へと戻ったのだった。