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もふもふと猫好き2

 次の日、朝七時ごろに目を覚ました。眠たくて閉じてしまいそうな目をこすりながら、制服に着替えようとしたところで私は気づく。

 ――あ、私、停学中なんだった。

 急いで準備をする必要がないことに気づき、もう一度ベッドに寝転ぶ。このまま二度寝しても誰にも怒られないなんて、停学も悪くないかも。

 しかし、停学中にやることは山ほどある。私は二度寝の誘惑に打ち勝ち、午前中はテキスト課題をすることにした。

 朝食をとったあとはしばらく部屋にこもり、ひたすらテキストとにらめっこする。黙々と問題を解くのは思ったより苦痛ですぐに飽きる。これなら、黙って先生の授業を聞いているほうが何倍もマシだ。


 停学中は、倉庫の作業以外で学園に行くことは禁止されている。私は昼過ぎくらいの時間帯に、倉庫の修復を行うことに決めた。

 理事長から提案された特別課題のことは、ほかの生徒や、事情を知らない先生はもちろん知らない。理事長以外で知っているのは校長くらいだ。……昨日マルトさんにも誤魔化したとはいえ、課題の話をしてしまった。だけど寮を盛り上げることに寮母の協力を得ることは必要だと思うので、大目に見てもらいたいところだ。


 禁止されているにも関わらず、私が学園内をうろうろしているところを誰かに見られてしまうといろいろと面倒なので、理事長は倉庫近くにある裏口から学園へ出入りすることを特別に許可してくれた。

 倉庫は学園の敷地内とは言っても、学園自体からはだいぶ離れた場所にある。裏口から出入りする人間などほとんどおらず、古びた倉庫に寄り付くひともいないので、安心して倉庫まで行けるということだ。


 昨日マルトさんと話して、もうひとつの特別課題である企画も思いついたし、こっちもなるべく早めに準備しないと。


 十二時を過ぎたころ、私はテキストを閉じて倉庫へ向かうことにした。

 修復や掃除に必要な道具は昨日のうちに準備して、倉庫内に置いてあると聞いた。想像よりぼろぼろだったらどうしよう。どんな状況でも、やる以外の選択肢は用意されてないけれど。


 地図を見ながら裏口にたどり着き、まるで泥棒のようにそーっと学園の敷地内に忍び込む。場所的に、裏庭のさらに奥へと進んだところだ。たしかに、わざわざここまで来る生徒なんていないだろう。辺りを見渡し、誰もいないことを確認すると私は倉庫へと向かった。

 言われた通り、倉庫は裏口からすぐのところにあった。

古ぼけすぎて、ある意味存在感を放っている。どこもかしこも綺麗なアルベリクの敷地内に、こんな場違いな建物が残されていたとは……。

 どうしてこんなものを今まで放置していたのだろう。放置しすぎて、誰も手をつける気にならなかったのかしら。


 ギィ……と音を立てながら倉庫の扉を開けると、中は埃まみれだった。痛んだ木は穴が開いており、歩くたびに床はギシギシと鳴いている。

 いらないものはたくさんあるし、泥がこびりついているところもあるし、蜘蛛の巣は張ってるし――。私は貧乏だったから古い建物に慣れているからいいものの、ほかの令嬢だったら泣いて飛び出していってもおかしくない環境だ。


「これは結構たいへんそうね……」


 代わりに学費免除という好条件を出してくるだけはある。お金を払えばすぐに修復できるだろうに、変なところをケチるんだから。この放置具合、倉庫の存在ごと忘れていた可能性もありそうだ。


 最初はゴミをまとめて、次に掃き掃除を始める。壊れたところを直すのはその後だ。埃っぽいこの空間をまずはどうにかしないと、体にも毒だ。

 掃除を開始してすぐ、空気の悪さに咳やくしゃみが止まらなくなってきた。このままだと体に影響を及ぼすと思い、私は一度外に出て休憩をする。

 窓がないので換気するには扉を開けっぱなしにするしかないし、ある程度片付くまで環境は最悪だ。

 

 心地よい風を受けながら一息ついていると、誰もいないと思っていた裏庭の奥地に、ひとりの男子生徒の姿が見えた。

 倉庫からは少し離れた場所で、芝生に直に座りぼーっとしている。


 ――あれは、同じクラスのレジスだ。

 

 レジス・オリヴェタン。

 小説内では名前が何度か登場した程度で、私より出番はなく、もちろんキャライラストもなかったモブ中のモブ。

 それにも関わらず、実際見たレジスはかなりのイケメンだった。学園ではマティアスがダントツでモテていたが、見た目だけならレジスがトップといっても過言ではない。手足が長くスラッとした高身長で、そこにいるだけで絵になる美しさを持っている。

 あのイケメン大好きなエミリーも、レジスの名前を何度か口にしていた。そういえば、エミリーの代わりにレジスに話しかけにいかされたりもしたわね……。すごく無愛想な態度をとられたっけ。

 そもそもレジスが誰かとつるんだり、話しているところを見たことがない。特に女性と話しているところなんて想像がつかない。

 クールで孤高のひと、という感じで、見た目の美しさが逆に近寄りがたい雰囲気を倍増させていた。


 ――まさかあのレジスが、昼休みをこんなところで過ごしているなんて。


 ひとりが好きなのだろうか。私もそうだから、気持ちはよくわかる。


 ご飯を食べるわけでもなく、ただ座っているだけでなにもしないレジス。そんなレジスに、私は純粋に興味が湧いてきた。

 彼が自ら言葉を発しているところも、笑っているところも見たことがない。素性も謎だし……とにかくレジスはミステリアスなのだ。

 噂では初等学校の成績優秀者枠で入学したのではないか、と言われている。

 

 もしかして、庶民だからお昼ご飯を食べるお金がないとか……? それが周りにバレないように、わざわざこんなところで昼休みを過ごしているんじゃ……。


 考えれば考えるほど、謎の多いレジスが気になってしょうがない。

 思い切って話しかけてみようか。でも、レジスは女性が苦手という噂もあった。いきなり私が話しかけたところで、前と同じで相手にしてくれないだろう。

 それに、ここが彼の安らげるお気に入りの場所なんだとしたら、邪魔するようなことはしたくない。でも一度気になってしまうと、後に引けなくなるのが私の困った性分だ。

 

 いろいろと考えた結果、私は最終手段を使うことにした。

 私が話しかけても反応が期待できないなら――〝もうひとつの姿の私〟になるしかない。


 そう、なにを隠そう、私は獣化できる能力を持っているのだ。

この能力は血筋が深く関係しており、メレス家に生まれた子供は約三割の確率で獣化の能力を持って生まれるようになっている。

 私が獣化できることは、学園では誰にも言っていない。エミリーさえも知らない私の秘密だ。というのも、ルミエル国では獣化ができるひとは極端に少ない。広まると奇異の目にさらされることだろう。

 私はなるべく地味に過ごしたいし、注目を浴びたくないので、敢えて隠すようにしていた。


 なぜ小説でモブだった私に、獣化ができるなんて濃い設定があるのかというと――。

 小説内の終盤に、エミリーをいじめるいわゆる〝悪役令嬢〟ポジションのキャラが、エミリーを陥れようとする場面がある。

 そのとき、獣化したフィーナが悪役令嬢のたくらみを盗み聞き、エミリーに知らせることでピンチを回避したのだ。


 私の獣化能力は、きっと悪役令嬢の悪だくみ回避のためだけに、フィーナに付け加えられた設定。だってそれ以外で獣化する場面はなかったし、今考えれば後付け設定だった可能性も大いにありえる。


 でも今はそんなことどうでもいい。こうやって、この能力が役立つときがきたのだから!


 私は倉庫内に戻り、獣化を開始した。私は獣化することにおいてはかなり優秀だったようで、獣化のコントロールは十二歳のころには完璧にできるようになっていた。


 なので獣化するタイミングは自由自在。意志をきちんと保ったまま、ただ姿が――白猫へと変わるだけ。

 ただ、制限時間はある。私の場合、三十分くらいが限界だ。

 好きなところで獣化できるといっても、人間の姿に戻るときに当然衣服は身に着けていないので、場所を考えないととんでもないことになる。両親には、どうしてもという場面以外で獣化することは昔から禁止されていた。


 今がどうしてもという場面かと問われれば……私的にはそうである。


 獣化が終わり、私は白猫へと姿を変えた。

 私はもともとの髪色が白金で、瞳の色は紫だ。猫になってもそれは変わらないままである。


 少しだけ開けていた扉の隙間から、私はそっと倉庫から飛び出した。

 昼休みは一時間。終わりまであと三十分ほど時間がある。

 私は身軽い体で、あっという間にレジスの近くまで辿り着いた。獣化する前に見たレジスは芝生の上に座っていたが、今は芝生の上で目を閉じている。

 

 ――寝てるのかしら。


 広がる緑の上で、レジスの水色の髪が風でゆらゆらと揺れている。

 私は覗き込むように、レジスの美しい寝顔をじっと眺めた。こんなに近くでレジスの顔を見るのは初めてだ。長い睫毛につやつやの肌……。あぁ、このままずっと見ていられそう。

 そんなことを思っていると、急にレジスの目が開いた。

 レジスの青い瞳が私の姿を捉えると、レジスは目を見開きがばっと起き上がる。


「猫!? ……お前、どこからきたんだ!?」


 聞いたことのないレジスの弾んだ声が聞こえ、私は驚いた。いつものクールな態度とちがい、私を見る目はキラキラと輝いていて、どこかテンションが高いようにも見える。


「ほら、こっちへ来い。大丈夫。怖くない」


 そう言いながら、私に手を差し伸べるレジス。

 期待の眼差しにこたえるため、恐る恐る近づけば、レジスの大きな手で顎下を優しく撫でられた。あまりに気持ちよくて、おもわずゴロゴロと喉を鳴らしてしまう。


「……ここを撫でると、本当に喜ぶんだな。本で読んだことがある」


 私の反応を見てレジスは嬉しそう。レジスのこんな顔を見るのは初めてのことだ。


「俺は猫が大好きだけど、動物に嫌われやすいのか、いつも触ろうとすると逃げられる。……逃げずに近寄ってくれたのは、お前が初めてだ」


 あのレジスが猫好きだったとは。人間にも動物にも興味なさそうなのに、なんだそのたまらないギャップ。

 レジスの初めて見る表情が新鮮で、私はさらにレジスに歩み寄った。

 レジスは私のモフモフな毛を触り、ひと際目を輝かせた。私が嫌な素振りを見せないからか、レジスは思い切った様子で、両手を伸ばし私を抱き上げる。

 ちょうどレジスの顔が真正面に見える位置で止まると、レジスは私を見つめながらにこりと微笑んだ。


「お前、すごくかわいいな。それに……綺麗な瞳をしている」


 その言葉に、私の鼓動が跳ね上がった。

 猫の姿の私に言っているのは百も承知なのに、なんだかすごく照れくさい。人間の姿だったら、きっと顔をトマトみたいに真っ赤にしていただろう。


「今日はお前に会えたから、いい一日になりそうだ。……また会えるだろうか?」

「にゃあー」


 イエスの代わりに小さく鳴くと、レジスはふっと嬉しそうに笑った。

 いい一日になりそうなのはこちらもだ、とレジスに感謝していると、ふと芝生に転がっていたレジスのものと思われる時計が目に入った。昼休み終了まであと五分ほど。……まずい。三十分経ってしまう。私は急いでレジスの腕からすり抜けた。


「っ! どこに行くんだ!?」


 立ち上がるレジスを尻目に、足早に倉庫へと戻り獣化を解く。

 ――あぶない。ギリギリだったわ。というか、レジスにあんな意外な一面があるなんて……反則でしょ!


 思い出し、ひとりで顔を熱くしながら素早く服を着て、私も寮へ戻ろうと思い倉庫から出た。

 すると少し歩いたところで、猫を捜しにきたであろうレジスとばったり遭遇してしまった。


「あ……」


 レジスは私を見て足を止める。クラスメイトだがほとんど会話をしたことのない私たちのあいだに、気まずい空気が流れ始めた。

 どうしよう。早速学園にいるところをひとに見られてしまった。でもレジスのことだし、私の停学事情なんて興味ないだろう。それより、今はこの場をどうにかしてやり過ごさなければ。


「こ、こんなところで会うなんて偶然ですね。どうかされました?」

「いや……白い猫を見なかったか?」

「猫? うーん。こっちにはきてないと思いますが」

「そうか……」


 見るからにシュンとするレジスに、若干の申し訳なさを感じる。


「じゃ、じゃあ私はこれで」


 逃げるようにレジスの横を通り過ぎると、突然レジスに腕を掴まれた。

 驚いて振り返れば、レジスが私を凝視している。……まさか、私が獣化していたことがバレた!?


「な、なにか用?」

「……お前、名前は?」

「えっ?」

「悪い。同じクラスなのはわかってる。でも、クラスメイトの名前を覚えてなくて……」


 同じクラスなことを覚えてもらっていただけでも十分だ。でも、いまさら私の名前なんて聞いてどうするんだろう。


「フィーナです。フィーナ・メレス」

「フィーナ……覚えた」

「あなたはレジス様、ですよね」

「……覚えていたのか。俺の名前」

「ええ。私、クラスメイトの名前は覚えるタイプなので」


 冗談っぽくそう言って、私はレジスに笑いかけた。


「それじゃ、私は行きますね。レジス様も早く戻らないと、もう昼休み終わっちゃいますよ」

「あ、ああ」


 軽く手を振り、レジスに別れを告げる。

 握られた手首に熱を持ったまま、私はレジスとは反対方向へ去って行った。

 



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