もふもふと猫好き1
ほかの生徒たちは授業を受けている時間だが、停学となった私はまだ空が青いうちに寮へ戻ることになった。
アルベリクの学生寮は、学園から歩いて十五分ほどの場所にある。玄関の奥に食堂があり、食堂を中心に左右に渡り廊下がある。右が女子棟、左が男子棟になっていて、男女が一緒になる場は食堂のみとなっている。基本ひとり部屋で、部屋も広く快適だ。
私はまず部屋に戻り、先ほど校長から受け取った課題を机の上に広げた。
停学中も勉強は必須とのことで、いろんな教科のテキストが目を覆いたくなるほどどっさりと机に広がっている。たいへんそうだが、なんとかやるしかない。特別課題もあるし、こっちは空いている時間にさっさと片付けてしまおう。
両親には現状を知らせる手紙を書いた。エミリーとの仲について触れられるとバツが悪かったので、エミリーのことはほとんど書かず、学費免除の交渉が成立したことをとりあえず知らせることにした。
――次は、特別課題をどうするか考えないと。
倉庫の修復は明日にでも始められるだろう。課題と一緒にもらった学園内の地図を見て、迷わないよう倉庫の場所を確認しておくことにした。
難しそうなのはもうひとつの課題だ。……寮生を盛り上げる企画って、なにをしたらいいのか。
寮生同士のコミュニケーションを広げることが目的らしいけど、学園で顔を合わしているひとたちと寮でまで深く関わる必要が果たしてあるのだろうか。
たしかに寮には学年やクラス、身分なども関係なくいろんなひとがいるが、みんな寮でくらいひとりでゆっくりしていたい気もする。私がそうだから、そう思うだけかもしれないけど。
しかし、理事長に与えられた課題だからやるしかない。
自分でなにかを企画すること自体が初めてで、なかなかいいアイディアが浮かばないまま時間だけが過ぎていった。
「……だめだ!」
いくら悩んでも頭の中は空っぽのままで、限界がきた私はおもわず声を上げる。
気分をリフレッシュするために、私は一旦部屋を出ることにした。
静まり返った廊下を歩き、私は食堂へと向かった。食堂は私のお気に入りの場所だ。
この寮には寮母のマルトさんが常駐しており、食事もそのマルトさんが作ってくれている。マルトさんは元々王宮で料理人をしていたようで、料理の腕は一流だ。私は食堂でマルトさんの作ったご飯を食べるのが、ここへ来てからいちばんの楽しみになっていた。
学園にも食堂はもちろんある。使われる食材も高価で、貴族にふさわしい豪華なメニューが用意されているが、そのぶん割高だ。
それに比べて寮の食堂のメニューは、使っている食材などは豪華とはいえないが、味のクオリティの高いものが多い。庶民から貴族まで幅広く受け入れられる食事を心がけている、と以前マルトさんが言っていた。
寮の食事は平日に朝食と夕食の提供。休日は毎食、希望者のみに提供している。
パンやサンドイッチなどの軽食は購買式で、小腹が空いたときにいつでも食べられるようになっていて便利だ。
食堂につくと、昼間だということもありもちろんガラガラだった。
パンを買って部屋で食べるのもいいけど……今はパンの気分じゃないなぁ。
私は厨房で夕食の仕込みをしているマルトさんを見つけ、近くに行き声をかける。
「マルトさん! 早めの夕食をいただけないかしら?」
マルトさんは手を止めてこちらを振り返ると、私を見て驚いた顔を見せた。
「フィーナ! どうしたの。こんな早い時間に。具合でも悪くて休んだのかい? その割にはピンピンしてるね」
「いやー……私、停学処分になっちゃったの」
「停学!? フィーナが!? どうしてそんなことに!」
「あはは。大人の事情ってやつで……。詳しくは聞かないで」
理由は笑って適当に誤魔化すことにした。学費をルメルシェ家に払ってもらっていることや、エミリーの付き人を命じられていたことは内緒にしている。私がペラペラと喋っていいことではない。〝大人の事情〟と聞いて、マルトさんもなにか察したのか、それ以上追及してくることはなかった。
「ま、フィーナが不祥事を起こすような子じゃないってことはわかってるよ。それと申し訳ないけど、夕飯はまだできてないんだよ」
「そっか。そうよね。じゃあサンドイッチをもらおうかしら……」
「あ! あたしが自分用に作った昼食と同じものでいいなら、すぐに用意できるよ」
「本当!? じゃあそれをお願いするわ。急なお願いで申し訳ないわね。お代はいくら?」
「いらないよ。賄いみたいなものだし。そこに座って待ってて。すぐに用意するから」
マルトさんは笑顔で厨房へと消えていく。私はお言葉に甘えて、椅子に座って料理が出来上がるのを待った。
次第にいいにおいが漂ってきて、自然とお腹がぐう、と音を立てる。
「はい、できたよ」
「……うわぁ! 美味しそう!」
私の前に運ばれたのは、できたてのオムライスだった。
前世で通っていた洋食店で見たような、ラグビーボールの形に似たオムライスにケチャップがかかっている。オムライスと聞いて最初に思い浮かべるのはこの形だろう。この世界で、こんなオムライスと出会えるなんて……。
シンプルな見た目だが、こんなに綺麗にチキンライスを包み込むのは簡単なことではない。
ひとくち食べると、マルトさんらしい家庭的で優しい味がして、私はその口当たりに感動すら覚えた。高価な食材を使った贅沢な食事もいいけど、こういうご飯をもっとたくさん食べたいし、ほかの貴族のひとたちにも食べてほしい。
頬っぺたに手を当てうっとりしながら食べる私を見て、マルトさんはうれしそうだ。マルトさんはそのまま私の向かい側の椅子に座る。ここから、マルトさんとのおしゃべりタイムが始まった。
「――という感じで、特別課題が出されてたいへんなの。どうやって寮生を盛り上げたらいいのかしら」
私はあくまでも停学中に出された課題の一環として、というていで、マルトさんに特別課題の相談をした。
「たしかにむずかしい課題だね。寮母としていい意見を出してあげたいんだけど……だめだ。あたしもさっぱり浮かばない」
「うーん。何日か考えたら、いつか案が浮かべばいいんだけど……」
でも、そんなゆっくりしている時間もないしなぁと思っていると、いつのまにかオムライスを完食していた。
「ごちそうさまでした。すっごく美味しかったわ。ねぇマルトさん、どうしてこのオムライスを定番メニューにしないの? 賄いで済ませるには、もったいないと思うわ」
そう言うと、マルトさんは複雑そうな表情を見せた。そして、今度はマルトさんが悩みを私に打ち明け始めた。
「あたしは王宮で料理人をやる前は、街で小さなレストランを営んでたんだよ。そこの評判を聞きつけて、王宮の料理人に勧誘されてね」
「へぇ。マルトさんにはそんな過去があったのね」
「それから縁あって寮母の話をいただいたときは、以前自分が営んでたレストランみたいな場所にしたいって思ったんだ。やり方はあたしに任せる、と言ってもらったから。気合十分でこの寮に来たものの……アルベリクの学生は、貴族や王族がほとんどだろう? だから、料理も見栄えや食材が高価なものを重視する学生が多くてね。あたしのやり方が通用しないことを思い知ったよ。幼い頃からそういう食事で育ってるから、仕方ないのはわかってるけど。学園の食堂が豪華なメニューが多いからか、寮で食事する生徒が最近は昔よりも減ってきて、寂しく感じるときもあるよ」
「……マルトさん」
私はマルトさんのご飯が大好きだからいつも食堂に通っていたけど、言われてみれば、満席になっているところは入学してから一度も見たことがない。いつも決まった顔ぶれがちらほらといるだけだ。
「夕食は外食したり、学園の食堂で済ませてきたり。庶民の子も周りの目を気にしてか、食堂でご飯を食べずに部屋で食べられるパンやサンドイッチを買う子が増えてね。今じゃ、そっちのほうが人気かもしれない。フィーナが褒めてくれたこのオムライスは、レストランをやってたときにいちばん人気があったメニューなんだよ。自信も思い入れもあるんだけど、だからこそ――もしまったく食べてもらえなかったときのことを考えると、怖くてね」
「そんな! 絶対に人気が出るわ。みんな食べたことがないから、美味しさを知らないだけよ! ……私もなんだか寂しいわ。寮の食堂は、こんなに素晴らしい場所なのに」
「あはは。フィーナが毎日あたしのご飯を食べにきてくれるのは、すごくうれしく思ってるよ。寮の食堂を使う生徒が、もっと増えてくれたらいいんだけどねぇ」
ひとが減った理由はマルトさんの話を聞いてだいたい把握できた。マルトさんのためにも、なんとかしてあげたいという気持ちが湧いてくる。
今日食べたオムライスも自信作であるがゆえに、逆にマルトさんに不安を抱えさせている。大人気メニューにして、自信を取り戻させてあげたい。というか、私がまた食べたいから絶対にメニューに加えてほしい。
綺麗に完食されたお皿を見ながら、マルトさんは微笑みながら続けて口を開く。
「ありがとうねフィーナ。停学になっていろいろたいへんだろうに、あたしの話を真剣に聞いてくれて。すっきりしたよ。誰かに悩みを聞いてもらうのはいいことだね」
「……!」
マルトさんのその言葉を聞いて、私はあることを思いついた。
私は知らなかった。いつも笑顔で料理を作っていたマルトさんがこんな深刻な悩みを抱えていたことを。
もしかしたら、マルトさんのように誰にも言えない悩みを抱えているひとは、ほかにもたくさんいるんじゃないだろうか。
アルベリクの生徒はプライドが高いひとが多い。寮生は留学生や、王都に住んでいない庶民も多く、慣れない場所での生活にストレスを抱えるひとも多いだろう。あと、色恋の噂も絶えない学園だ。恋愛の悩みだって、ここではそこら中に溢れているにちがいない。
気軽に誰かに相談できるような場所があれば、そこへ足を運ぶ生徒が増えるかもしれない。
私は前世で、趣味で占いをやっていた。タロットカードの知識があるし、この世界でも占いというものは人気がある。悩みを占いで解決に導くサロンを――ここ、食堂に作るのはどうだろう。
うまくいけば、食堂に訪れる生徒を増やすことができる。これなら、理事長が言っていた寮生を盛り上げるという課題にも当てはまる――。
「これだわ!」
椅子から立ち上がり、私はガッツポーズをしたあとマルトさんのほうへ身を乗り出す。
「マルトさんの悩みと私の悩み、協力して一緒に解決しましょう!」
驚いた顔で私を見つめるマルトさんに、私は満面の笑みでそう言った。