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ヒロインの取り巻きをやめました2

 話し合いが終わり、今日から私は停学処分となった。

 校長室を出て廊下を歩きながら、私は自分の置かれた状況に少しばかり混乱していた。

 

 ――全然、本とちがう展開になってしまったわ。


 私の名前はフィーナ・メレス。

 伯爵令嬢とは名ばかりの貧乏貴族である。贅沢もせず、社交界にも積極的に顔を出さず、地味な暮らしをしてきた。

 ある日、私は両親から王都にあるアルベリク王立学園への入学が決まったと告げられた。アルベリク王立学園は、私が生まれ育ったルミエル王国が誇る名門校である。

 施設が充分に整ったお金持ち御用達の学園で、十六歳以上の男女が入学可能な二年制の学園。他国からの留学生も多く、アルベリク卒業生という肩書だげで就職が有利なものとなり、女子生徒は上流階級の結婚相手を探すために入学する者も多いという。


 そんな誰もが憧れる煌びやかな学園に、なぜ私のような貧乏令嬢が入学できたのかというと……。

 なんでも、遠縁の公爵家であるルメルシェ家のひとり娘、エミリーが私と同い年で、アルベリクへの入学が決まっていたことがきっかけだったようだ。

 人見知りで知り合いもあまりいない娘を、ひとりで入学させるのが不安だったエミリーの両親は、付き人の役割になる令嬢を探していた。エミリー自身が学園に侍女を連れて行けないことを懸念しており、付き人兼友人になる相手をほしがったという。そこで、エミリーと同じく十六歳になったばかりの私にその話が持ち掛けられたのだ。

 ルメルシェ家は、私の入学費、学費、寮費などすべて負担すると申し出てくれた。

 両親は娘をアルベリクに入学させられることに大喜び。アルベリクに入学すれば、私がお金持ちの令息と結婚できる可能性があると考えたのだろう。両親は私の意志を確認することなく、あっさりとルメルシェ家からの申し出を快諾した。

 ルメルシェ公爵は援助をする代わりに『エミリーのそばでサポートをしてあげてくれ』と言った。……これが、私がルメルシェ家と交わした約束のことだ。


 めんどくさい気もしたが、両親のためだし、有名な学園なので楽しみでもあった。

 アルベリクはお金を積めば入学が可能なので、通っているのはほとんど貴族ばかりだ。しかし、初等学校からの成績優秀者は、難しい試験に合格すれば入れるという例外もある。よって、庶民も僅かにいるらしい。


 エミリーには会ったことがないけれど、仲良くできたらいいなと思い、私はドキドキしながら入学式を迎えた。社交界に顔を出さず、庶民に近い生活をしていた私は、貴族の友人がいないに等しかったのだ。

 そして、門の前でエミリーと対面したそのときだった。

 私の頭の中に、膨大な量のいろんな記憶が駆け巡ったのだ。


 この出来事をきっかけに、私は自分の前世を思い出した。嘘のような話だが本当だ。

 頭の中で流れる記憶は、間違いなく、前世の日本人でオタク女子高生だったころの私だった。

 女性向けの恋愛ライトノベルが大好きで、妄想が大好きな地味な女子高生。占いと料理が趣味という、女の子らしい一面も持っていた。いつ死んだのかは思い出せないが、最後に読んだ小説がなにかは鮮明に覚えている。


 ……だって、今私が生きているこの世界が、その小説の世界だからだ。

 

 恋愛ファンタジーライトノベル『王子様の手をとって』。

愛されキャラの主人公エミリーが、正統派イケメン王子、マティアスと結ばれるまでの学園生活を描く、甘酸っぱい胸キュンストーリー。私のようなぱっとしない地味女の憧れが詰まりに詰まった、お気に入りの一冊だった。

 主人公のエミリーはかわいくて、ちょっと天然で、でも勇気もあって……私が彼女になれたなら、どんなに幸せだろうかと思っていた。


 ――そんな彼女が今、私の目の前にいる。

 原作通りの茶色いセミロングの髪を揺らしながら、翡翠色の瞳で私を見つめている。

 あまりの存在感と美しさに、私はおもわず息を呑んだ。


 エミリーは小説の主人公だが、それなら私は……?

 フィーナ・メレスというキャラクターの記憶を私は必死に思い出す。フィーナ……そうだ。私はいつもエミリーにくっついていた、ヒロインの取り巻きポジションの女の子だ。

 そこまで出番もなく、キャラクター紹介でイラストもつけられていなかった。いわゆるモブに近い。私のような地味女が、名前のあるキャラクターに転生できただけでも運がよかったといえる。

 私はエミリーになれなかったけど、エミリーの友人になれるなんて光栄だ。このときは本気でそう思っていた。でもまさか、フィーナがエミリーにくっついていたことに、こんな経緯があったとは知らなかったけど。


「あなたがフィーナ? 私はエミリーよ。今日からよろしくね」


 にこりと微笑むエミリーに、私は顔を赤らめる。

 小説では明るくいい子で、誰からも好かれていたエミリー。きっと、彼女と一緒なら楽しい学園生活を送れることだろう。

 そう思いながら、エミリーと共に入学式が開かれるホールへと向かった。すれ違うひとたちがみんな、エミリーの美しさに振り返る。なんだか、隣を歩いているのが申し訳なく思えてくるほどだ。


「きゃっ……!」


 突然、エミリーが声を上げた。

 私がぼーっとしているあいだに誰かとぶつかったようで、反動でよろめいたエミリーはその場に倒れこむ。

すぐにエミリーの体を起こすため駆け寄ろうとしたら、大きな影がスッと私を横切った。


「ごめん! 大丈夫?」


 私より先にエミリーに手を差し伸べるその人物を見て、私は驚愕する。

 なぜなら彼は小説のヒーローであり、このルミエル王国の第二王子、マティアス・フォートレルだったからである。


「けがはない?」

「ええ。平気よ。ありがとう」


 エミリーはマティアスの手をとり起き上がった。

 その光景は小説の始まりのシーンそのもので、私はエミリーに続き、ヒーローであるマティアスが現れたことに密かに大興奮していた。


 なにを隠そう、私はマティアスが大好きだった。太陽のようなオレンジ色の髪、くっきりとした目鼻立ちに、モデルのような抜群のスタイル。イラストでしか見たことのなかった彼の美貌は、現実だとさらに破壊力を増していた。

 小説内ではすべてを包み込むような優しさ、女性をリードする男らしさも描かれており、性格にも文句のつけようがない。

 前世の私はいわゆる〝こじらせ女子〟で、いつか自分の前にもマティアスのような王子様が現れると信じて疑わなかった。そもそも女の子は誰だって、一度は王子様というものに憧れる生き物だと私は思う。


「フィーナ、どうしたの?」


 エミリーとマティアスの様子を、ぽかんと口を開けたマヌケ顔で眺めていた私に、エミリーが声をかけてきた。

 気づいたらもう、そこにマティアスの姿はない。はっとして首を横に振ると、颯爽と先を歩いていくマティアスの後ろ姿が目に入った。


「い、いえ。なんでもないです。エミリー様が無事でよかったですわ」

「ありがとう。それより今私を助けてくれたひと、第二王子のマティアス様よね? すごく素敵なひとだったわ」

「……そう、ですわね」


 頬を赤らめてマティアスを見るエミリーを見て、私は複雑な心境だった。

 だって、これから私は小説通りの筋書きでいくと、エミリーとマティアスが結ばれるのを間近で見続けることになるから。ときにはふたりのキューピッド役も買って出なければならない。

 ……〝フィーナ〟に転生したからには、それが私に課せられた運命なのだとしても、ちょっと微妙な気分だ。前世の推しの恋を応援する立場なんて。ああ、こんなことならやっぱりエミリーに転生したかったわ。

 自分の運命を恨みながら、こうして前世の記憶を取り戻した私の学園生活はスタートした。

 

 それからは、言われた通りエミリーの付き人兼友人として過ごしてきた。

 しかし、二か月くらい経ったころ、私はとある違和感を感じた。そして気づいてしまった。エミリーの性格がめちゃくちゃ悪いということに。

 これはどういうことなのかと、私は寮の自分の部屋で頭を抱えた。

 エミリーは王都に屋敷があるので、寮生活はしていない。なので私にとってエミリーから解放される場所は、寮にいる時間だけだった。


 部屋で私は何度もエミリーというキャラクターを思い出した。メモに小説を読んだときに感じたエミリーのイメーシを書き出したりもした。それを見ると、今一緒にいるエミリーが本当にあのエミリーなのかが信じ難くなり、余計に頭を悩ませた。

 エミリーは明るく、笑顔が素敵で、誰にでも優しいみんなから愛されるひと――のはずなのに。


「ちょっとフィーナ、私の席をとっておいてと言ったでしょう!」

「……ごめんなさい」

「何回言えばわかるのよ。のろまなんだから!」


 私が一緒にいるエミリーは、傲慢で、口を開けばわがままを言う、愛されキャラには程遠い女性だった。

 完全に私を見下して引き立て役にしているうえに、付き人という名のパシリ扱い。私がやらされていることは、侍女と同じだ。私とエミリーのあいだには、主従関係こそあるものの友人関係はない。

 なぜエミリーがこうなったのか、理由はわからない。小説の世界とはちがうことが起きてしまい、エミリーの性格が変わってしまったのかもしれないし、元々エミリーはこういう人間だったのかもしれない。


 夢に描いていたとは程遠い学園生活に、私はとんでもないストレスを抱えていた。

 マティアスに媚びを売るエミリーの姿を見ていると目を覆いたくなるし、見た目だけの腹黒女に騙されているマティアスを見ていると、勝手に気持ちがサーっと冷めていくのを感じる。

 これ以上、マティアスにも幻滅したくない。彼のことは前世から憧れを抱いたまま、綺麗な思い出として覚えておきたい。


 ――ふたりと深く関わるのをやめよう。 


 自慢話ばかりしてくるエミリーにも嫌気がさすし、毎日こき使われ私はへとへと。うまい話には裏があると聞くが、今回のことで身をもって実感した。

 もう全部にうんざりし、私は夏休みの終わりにエミリーの取り巻きをやめることを決めた。

 小説では、エミリーのことが大好きだったフィーナだが、私はこの女を好きになれそうもない。


 取り巻きをやめることを決意してから、私はすぐに行動に移した。

ひとりで好き勝手し、エミリーの言うことには耳を塞ぎ続けた。マティアスとも、エミリーといなければほとんど関わることはない。

 小説での役割だったエミリーの友人役は放棄して、私はこの世界では好きに過ごそう。変に目立たず、ひとりでやりたいことをする。トラブルのない平穏な日々を送るために。


 ――そうして暮らしていた結果がこれだ。


 付き人という役目を私が放棄したことにしびれを切らしたエミリーが、両親に告げ口したのだろう。


 正直この学園に未練はないが、手紙を読んだところ両親があまりにも必死なので、できる限りのことはしなければならない。もちろん、私にも勝手に約束を破った責任がある。


 退学になったとしても、せめて後期の学費は絶対に免除にしてもらえるようがんばろう。寮費だけなら、なんとか払えることを信じて……。最悪、私が働いて返せばいい。

 とにかく明日から倉庫修復の作業に取り掛かり、寮を盛り上げる企画を考えないと!


「あらフィーナ。どうしたの? そっちは教室とは反対の方向よ? もうすぐ授業が始まってしまうけど」


 足早に寮へと戻る私の前に、今いちばん顔を見たくない相手が現れた。エミリーだ。

 にやにやと薄ら笑いを浮かべながら、嫌みったらしい言葉までかけてくる。無視して通り過ぎてしまいたいが、エミリーが道を塞ぐように私の前に立ちはだかっているせいで、足を止めざるを得ない。


「ああ。そういえば、停学処分になったのよね。昨日、お父様から学園に話をつけたということを聞いたわ。ごめんね。お父様とお母様が勝手に――。まさかこんなことになるなんて、私としても残念だわ。フィーナがいない学園なんてつまらないもの」


 わざとらしい態度にイラッとする。内心ざまぁと思っているくせに。そもそもエミリーが両親にこうするよう頼んだにちがいないわ。

 

「心配無用です。私がエミリー様に嫌な思いをさせていたならごめんなさい。信頼を勝ち取れるよう、これからがんばりますわ」


 上っ面の言葉には、こっちも心にもない言葉で返してやる。

 私は笑顔でそう言うと、エミリーを押しのけてそのままずかずかと歩いて行った。お父様とお母様には悪いけど、またエミリーのご機嫌とりをするのだけはまっぴらごめんだ。

 しばらくエミリーの顔を拝まなくていいと思うと、せいせいするわ!


 校門を出る前に後ろを振り返り、私は目の前にそびえ立つ学園に向かってあっかんべーをした。

 せっかくだから、停学生活を満喫しちゃおう。モブはモブなりに、自分の人生を思いっきり楽しんでやるわ。


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