王子様の手を取って2
レジスが戻ってこないまま、学年末パーティー当日を迎えた。
学年末パーティーはクリスマスのときとちがい、まだ外が明るい時間に開催される。そのため、今日は朝から大忙しだった。
早朝からマルトさんがパーティーに出す料理の仕込みを手伝いながら、寮生への朝食準備も同時に行う。
食堂での仕事がひと段落ついたかと思えば、すぐさまアナベルに呼び出された。
アナベルの使用人に囲まれながら、私はまるで着せ替え人形のように好き勝手ドレスアップされていく。
長い髪の毛はハーフアップにまとめられ、パーティーで映えるようにか、いつもよりメイクは大胆に仕上がっている。……耳の上には、レジスからもらった髪飾りをつけてもらった。
ドレスはアナベルが自ら私に選んでくれた、スカイブルーのAラインドレス。
しかも、貸し出しでなくプレゼントすると言われた。
「ここまでしてもらった上に、ドレスをもらうなんて出来ない」と遠慮する私に、アナベルは言う。
「そのかわりに、今度獣化した姿を見せてちょうだい」
どうやら、アナベルは私の獣化能力に興味津々だったようだ。
こうして私はドレスと引き換えに、アナベルの前で白猫になることを約束した。
準備は整い、あとはパーティーに向かうだけ。パーティー会場は学園からそう遠くない。歩いて行ける距離なので徒歩で向かおうとすると、アナベルが一緒に馬車に乗ろうと誘ってくれた。
「フィーナ!」
寮を出ようとすると、マルトさんに声をかけられた。
「アナベルにやってもらったのかい? すごく綺麗じゃないか」
食堂でのエプロン姿に見慣れていたマルトさんは、私のドレス姿を見て目を輝かせた。
「えへへ。ありがとうマルトさん。こんな高価なドレス着たことがないから、なんか照れくさいわ」
「フィーナはかわいいからなんでも似合うよ。……行ってらっしゃい! 楽しんでおいで」
私は大きく頷き返すと、マルトさんに手を振ってアナベルの待つ馬車まで走り、会場へと向かった。
久しぶりのパーティーは、目がちかちかするほど煌びやかな空間だった。
あちこちで親睦を深めている生徒たち。
卒業する先輩とそれに涙する後輩や、口説きあっている男女。
今までパーティーでもひたすらエミリーの後ろをついていくだけだった私は、なにをしたらいいかわからなかった。
とりあえず、アナベルたちが一緒にいてくれるから大丈夫だろう――そう思った矢先のことだった。
「アナベル様! こちらで一緒に乾杯いたしましょう!」
「アナベル様! マティアス様はまだ来られていませんので、先にわたくしとお話してくださいませ!」
「え!? ちょ、ちょっと!」
多数の女子生徒がアナベルに押し寄せ、アナベルは抵抗する暇もなく女子生徒たちに連れて行かれてしまった。
カロルとリュシーは人の波に攫われていったアナベルをすぐさま追いかける。私はその流れをぽかんと眺めていることしかできず、いつのまにかひとりになっていた。
アナベルは今や学園でとても人気ある生徒だということは、ちらりと耳に入っていたけど。まさかここまでとは。
まるで、小説のヒロインがエミリーからアナベルに変わったように思えた。
「やあフィーナ。調子はどうだい?」
パーティーの雰囲気に馴染めずに、会場の隅でグラスを持ったままぽつんと立ち尽くしていた私に話しかけてきたのはマティアスだった。今しがた到着したようだ。
「マティアス様。お久しぶりです。調子は……ぼちぼち、かな?」
お世辞にも心の底から楽しめているとは言えなくて、私は当たり障りのない返事をした。
こうしてマティアスとふたりで会話をするのは、サロン以来だ。
「せっかくのパーティーだ。楽しまなきゃ損だよ。それにしても、今日の君は見違えるほど綺麗だね。ついつい、誘われるように足が君に向いてしまったよ」
「もう。お上手なんですから。……このドレス、ドレスを持っていない私に、アナベル様がプレゼントしてくださったんです」
「へえ。アナベルが。さすが、アナベルはセンスがあるな。そのドレス、君によく似合ってる」
アナベルのことを話すマティアスの表情はとても柔らかい。今もふたりの仲が良好であることがわかり、私まで笑みがこぼれた。
「マティアス様も、今日は一段とかっこいいです。マティアス様は、やはりそういった格好がお似合いですね」
「そうかなぁ? 王宮ではいつもこういう格好をしていたから、僕的には制服のほうが新鮮味があってお気に入りなんだけど」
マティアスはそう言うが、さすがパーティー仕様というだけあって、制服姿よりも王子様感は何倍も増幅している。
「……マティアス様って、本当に物語に出てくる王子様みたいですよね。あらゆる女性たちが憧れてしまうのもわかります」
改めて思う。オレンジの髪も、ゴールドの肩章も、笑顔も――なにもかもが、私には眩しすぎるひとだと。
「君は憧れてくれないの?」
「へっ?」
にこにこと笑いながら、冗談まじりにマティアス様が言った。腰を屈めて、私に目線を合わせてくる。
「私は……もうずいぶん前から、ずっとマティアス様に憧れていましたよ」
なんてったって、前世からですから。
マティアスとは、この国で暮らしている限りいつかまた会うことはあるだろう。でも今日はひとつの区切りとして、長年の想いを伝えることにした。
ちょっとからかうつもりが、意外な反応が返ってきたことに、マティアスは驚いたようだ。しかし、すぐに目を細めて微笑んだ。
「……ありがとう。あーあ。今の言葉、ぜひあいつの前で言ってほしかったな。今度もう一度言ってくれる?」
「あいつ?」
「君にとっての〝憧れ以上のひと〟だよ」
マティアスはそう言うと、私にウインクを飛ばす。
誰のことを言っているのかに気づき、私は恥ずかしくなったのと同時に――未だ姿を見せない彼のことを思うと、寂しさと不安が襲ってきた。
「フィーナ、大丈夫だ」
私の心中を察してか、マティアスは私の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「君の王子様は、必ず君を迎えにくるよ」
「……マティアス様」
「王子ってのは、お姫様を迎えに行かずにはいられないんだ」
マティアスが言うと、なんだか説得力のある言葉に聞こえる。大した関わりもなかったのに、私を慰めてくれる温かな手に、感謝の気持ちでいっぱいになった。
「ふふ。だったら、マティアス様はそろそろアナベル様を迎えに行かれたほうかいいのでは? あまり待たせると、拗ねてしまわれますよ」
「おっといけない。じゃあ、僕は行こうかな。……フィーナ、次は学園で楽しくおしゃべりをしよう」
私に手を振ると、マティアスは女子生徒に囲まれているアナベルのもとへ歩いていった。
退学の話はできなかったので、最後の言葉には笑顔しか返せなかったけど……マティアスとまた話せたことは、純粋に嬉しかった。
会場の扉が開くたびに、ドキッとしながら目線を向けるが、未だレジスは現れない。
私はパーティーの雰囲気にも慣れてきて、バイキング形式で出されている数々の料理に舌鼓を打っていた。
近くで領地経営などの難しい話や貴族同士の色恋話に花を咲かせている生徒がいる中で、ひとりデザートの苺ムースに夢中になっていると、後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、そこにはエミリーが立っていた。取り巻きをひとりも連れていないということは、私の代役は結局今日まで見つからなかったってことか。
「フィーナ。久しぶりのパーティーはどう? ずっと停学中だったあなたでも、楽しめてるか心配になって」
「お気遣いありがとうございます。見ての通り、楽しませてもらっていますわ」
苺ムースを平らげてエミリーに笑いかければ、エミリーは私のことを舐め回すように見つめる。
「……そのドレス、どうしたの?」
「これはアナベル様からご厚意で戴いたものです」
「へぇ。アナベルのお下がりってことね。値段もまぁ、それなりってとこかしら」
私を侮辱するのはいいが、アナベルまで馬鹿にされたことに怒りを覚えた。しかしここでエミリーと口論したところで、アナベルを品位を落とすことになるだけだと思い、ぐっと堪える。
「このパーティーはフィーナにとって、ここで過ごす最後の時間でしょ? ちゃんとみんなにお別れは言えたの?」
「みんなには言ってないですけど。それがなにか?」
「へぇ。……レジスにも?」
レジスの名前を聞いて、私の耳がぴくりと反応する。
「レジス、ずっとお休みしてるものね。噂だともう戻ってこないって言われてるわ」
「……エミリーはレジスと仲が良かったと自分で言っていたけど、噂でしかレジスのことを知らないのね」
私の不安を煽るつもりだったんだろうが、逆に言い返してやると、エミリーの顔が歪んだ。
すると、エミリーが急に私の腕を掴んだ。
「! 離してっ!」
「そんなに暴れないでよ。私はあなたに、お別れの挨拶をする場を与えようと思ってるだけよ!」
「挨拶って……なにをするつもり!?」
エミリーに腕を引っ張られ、私はバランスを崩し片手に持っていた苺ムースの器を床に落としてしまった。
強引に連れて行かれた先は会場のど真ん中。そこでエミリーが大きな声で叫ぶ。
「みなさーん! 本日をもって退学となるフィーナ・メレス嬢から、お別れの挨拶をしたいとのことです!」
エミリーの呼びかけで、会場中の視線が私へと集中する。
「フィーナが退学!?」
「あの子って、ずっと停学中だった子よね?」
「寮ですごく人気者って聞いたけど、前はエミリー嬢の金魚の糞だったのよ」
私をよく知る寮生の仲間は驚きの声を上げ、関わりのなかった生徒はヒソヒソ話をしながら好奇の目を向ける。
今までエミリーが私が退学するなんて格好のネタを、周りに沈黙し続けていた理由がわかった。
エミリーの目的は、ここで私を晒し者にすることだったのか。
「なぜフィーナが退学なの!?」
何度かサロンに足を運んでくれていた寮生のひとりが声を張り上げると、エミリーが自分語りを始める。
「実は彼女の学費は今まで、遠縁の我がルメルシェ家が負担していたんです。私は入学当初、友達ができるか不安で、フィーナに学費を出す代わりに私の友達になってもらうことをお願いしたのですが……悲しいことに、フィーナは途中からそれを拒みました」
嘘とは言い切れない絶妙なラインを攻められ、私は口を挟むことができずにいた。
「私はひとりになりました。そのことに怒った私の父が、すぐさまフィーナを退学にしようとしました。でも私は、フィーナがまた友達になってくれることを信じて停学に留めてくれと懇願したのです。ですが私の思いは伝わらず、フィーナは私と関わるのを拒み、挙げ句の果てには学費を出せと脅迫を……」
「! そんなこと言って――」
「でも! やっぱり私にとってフィーナは大切な友達です! 父の説得に失敗し、これ以上学費の援助はできず、フィーナは退学することになりました。最後にお世話になったみなさんに別れの言葉を言いたいという私の友達の願いを、ぜひ聞いてあげてください!」
迫真の演技で、涙を流しながら頭を下げるエミリー。
私が取り巻きをやめてからというものの、行き過ぎた自己中な行動で痛い目で見られることが多々あった彼女に、今は同情の眼差しが集まっている。
一方私に向けられるのは、白けたような、冷めた視線だ。
王家と親交ある公爵家という立場にあるエミリーと、援助を受け場違いな学園に入学した私。半数以上を貴族が占めるこの学園で、どちらの味方が多いかなど、考えずともわかることだ。
「別れの言葉ではなく、エミリー嬢に謝罪しなさいよ!」
黙って立ち尽くす私に、そんな野次が飛んできた。周りもその意見に同調し、謝れという言葉をいくつも投げつけられる。
私が俯いているからか、みんながどんな顔をして私を見ているかがわからない。仲良くしていた寮生のみんなは、今の話を聞いて私に幻滅しただろうか。
「ちょっと、やめなさ――!」
そう思っていると、周りを制止しようとする声が聞こえた。顔を上げれば、そこには今にもこちらにやってきそうなくらい身を乗り出しているアナベルと、そんなアナベルを必死に止めているマティアスがいた。アナベルは眉間にしわを寄せて、なぜ止めるのかと言わんばかりにマティアスを睨みつけている。
……マティアスの判断は正しい。ここでアナベルが私に加担しても、状況がひっくり返ることは難しいから。ただ、私のために動こうとしてくれたことは、この先も絶対に忘れないだろう。というか、エミリーの言っていることが嘘だという証拠がない限り、誰が私を庇おうが無駄だ。マティアスはそれすらもわかっているように、神妙な面持ちで私のほうを見ている。
教師たちは騒ぎを止めようとしているが、生徒は誰も聞く耳を持たない。校長や理事長の姿は会場に見当たらないし……声を張って止めるほど勇気ある教師は、ここには誰ひとりいないのだろう。
はぁ。なんだか隣で嘘泣きを続けるエミリーも、なんの事情も知らず私に謝罪を要求する観衆も、すべてが馬鹿らしくなってきた。
モブなのにこんなに目立っちゃうなんて。私はただ、平和な毎日を送りたかっただけだというのに。
そもそもこの学年末パーティーは、小説だとクライマックスにあたるシーンだ。小説内の物語は、このパーティーで幕を閉じることになる。
――これがヒロインの取り巻きという役割を放棄した、モブ役フィーナの結末というのなら、私はそれを受け入れるしかなさそうね。
でも、絶対に謝ってやるものか。周りが〝謝れコール〟をするのに飽きるまで、私は無言のままここで立ち尽くしてやる!
学園で過ごす最後の日がこんな展開なんて正直悲しくもあるけど……全体的に考えるとなんだかんだ楽しかった。
私は飛んでくる心ない言葉を無視して、のんきに学園生活を振り返っていた。振り返った結果、こう思う。
心残りがあるとしたら……レジスと仲直りがしたかった。そして、もっとここでレジスと一緒にいたかった、と。
――バタン!
突然、パーティー会場の扉が大きな音を立てて開かれた。
みんなが一斉に、扉のほうに注目する。
そこに立っていたのは――いつもとまるで雰囲気のちがうレジスだった。
「遅かったじゃないかレジス。……いや、カフリース王国第一王子――レジス王子と呼ぶべきかな」
マティアスが笑いながら、レジスにそう言った。




