王子様の手を取って1
三月になった。まだ外は肌寒さが残っていて、春の陽気を感じられるのはまだ少し先だろう。
「メレスくん、よくがんばったね!」
私は久しぶりに、校長室に呼び出されていた。
ここへきたのは去年の秋、停学処分になったことを伝えられた、あのとき以来のことだった。
校長は不在のようで、校長室の立派な椅子には理事長が腰かけている。
テキスト課題はもちろんのこと、倉庫の修復、寮生たちの盛り上げといった特別課題を無事クリアしたことを、理事長が手を叩きながら褒めたたえてくれた。
「寮での評判はよく耳にしていたから知っていたが、倉庫をあそこまで綺麗にしてくれるとは思わなかったよ。君は期待以上の仕事をしてくれたね」
「ありがとうございます。私も最初見たときは、期待以上の汚さで驚きましたよ……」
「はっはっは! それはすまないことをした。君の努力を無駄にしないよう、来年度からさっそくあの倉庫を活用させてもらうよ」
倉庫の修復を終えたという報告を理事長に伝えると、理事長はすぐに倉庫を見に行ってくれたようだ。あまりに感動したらしく、私は今日、こうして呼び出されたというわけだ。
「えーっと理事長、最後に確認したいのですが……これで私の停学中の学費は……」
「もちろん、約束通り学費は免除だ。こちらでうまくやっておくから、君は心配しなくていい」
「本当ですかっ!? ……はぁ、よかったぁ」
理事長が言うなら間違いないだろう。私はホッと胸を撫で下ろした。
最初にこの特別課題を出されたときは、どうなることかと思ったけど、うまくいってよかったわ。これで、私が約束を破ったことにより受けた両親への打撃も、なんとか減らすことができた。
「それで、君は今後どうするんだい?」
「……え?」
「来年度の前期分の学費締め切りまで、あと数日残っている。私としては、君のような努力家な生徒は、ぜひともアルベリクに残ってほしいところなんだが」
机の上に肘を乗せ、両手を組みながら理事長は私に微笑んだ。眉が下がっているのは、自分が難しいことを言っているという自覚があるからだろうか。
「理事長直々にそう言って頂けただけで、私は誇らしく思います。……卒業することはきっと叶いませんが、最後の日まで、アルベリクの生徒の名に恥じないよう努めさせて頂きますわ」
「……そうか。まぁ、人の事情に首を突っ込むわけにもいかないからな。私はこれ以上なにも言うまい。しかし、マルトやほかの生徒たちも、君が寮から去ると知ったら悲しむだろうな。もう報告はしているのか?」
理事長の問いかけに、私は首を横に振る。
「言っていないのか?」
「はい。言うタイミングがわからなくて……。引きとめられると、自分にも迷いが生じそうで。まだここにいたいって強く思えば思うほど、それができない現実を受け入れるのがつらいとわかっているんです。だから、許されるなら学年末パーティーが終わったら、誰にも言わずこっそり帰ることにしようかなって」
幸いにも、学年末パーティーの次の日から春休みだ。大荷物を抱えて屋敷へ帰っても、誰も変に思うことはない。
もしかしたら停学になったときのように、エミリーが勝手に私の退学を言いふらして、既にみんなの耳に入っていそうだけれど。
「君が決めたことにとやかく言うつもりはないが、後悔だけはしないようにしなさい」
「……はい」
後悔だけはしないように――。頷いたものの、自信はなかった。
「学園をやめても、いつでもここへ遊びにきていいからね。私が他国から取り寄せた、お気に入りのお茶をご馳走しよう」
「ふふ。ここは校長先生のお部屋ですよ?」
「問題ない。私は校長より偉いからね」
校長先生より上の立場とは思えないくらい、親しみやすい笑みを浮かべる理事長に、私もおもわず自然と笑顔が溢れる。
「理事長、いろいろと……ありがとうございました!」
「こちらこそ、君がこの学園にきれくれてよかったよ」
正直、通っている生徒は癖が強くてたいへんな学園だったけど……理事長がこのひとで本当によかった。
私は深々と頭を下げると、校長室を後にした。
学年末パーティーまで残り三日となったので、私は寮の自室で荷物をまとめていた。
サロンは体調不良を理由に、少し前に閉めてしまった。みんなが学園に行っている時間帯に、マルトさんの手伝いはたまにやっていたが、前ほど食堂に顔を出すこともなくなっていた。
私がいなくとも、マルトさんの料理だけで、食堂は変わらず賑やかなままで安心する。
あぁ……マルトさんの料理が食べられなくなるの、すごく悲しいな。この食堂にだけは、学園をやめても足を運びたいくらいだ。
レジスとは――食堂で言い合いになってから、一度も会っていない。
何度か私を訪ねにきてくれたが、全部突っぱねてしまった。顔を見ると、許してしまいそうだったから……。
レジスのことは忘れよう。そう思っても、ふとしたときにレジスのことを考えてしまう自分がいた。
髪飾りも結局捨てることなんてできず、引き出しに大事にしまわれたまま。……自分から突き放しておいて、未練があるなんて情けない。
レジスに会えなくなったのは、ほかにも理由があった。
最近、レジスは学園をずっと休んでいるらしく、寮にもいないというのだ。
マルトさんにこの話を聞いたときは驚いた。マルトさんも、私なら理由を知っていると思っていたようだ。残念ながら、私はレジスからなにも聞いていない。そもそも私がレジスと話すことを拒否していたので当然なのだけど……。
〝後悔しないように〟という理事長の言葉を聞いて、私はこのままレジスと別れていいのかずっと考えていた。
暇つぶしに自分で自分を占ってみたら、カードすら私に〝今のままではいけない〟と言ってくる。
だから私は、今度レジスが訪ねてきたら会おうと決めていた。でも、いくら待ってもレジスがやって来ることはなく――気づいたころには、レジスはどこかに行ってしまった。
……なにも言わずに消えるなんて、やっぱり私はレジスにとって、その程度の女だったんだわ。
卑屈になることしかできない自分にも嫌気が差す。
「あぁっ! 全然進まない!」
レジスのことを考えると作業が全然はかどらないことに気づき、私は叫びながら髪の毛を掻きむしった。
――そうだわ。気分転換に、マルトさんの料理でも食べようっと。
リフレッシュするには、マルトさんの料理がいちばんだ。時計を見ると、十六時を指していた。この時間なら、みんなはまだ学園にいるはず。私が食堂を独占できる。私は衣服や本を部屋に散らかしたまま、食堂へと向かった。
「マルトさん! オムライスを作ってもらえるかしら!?」
「あらフィーナ! 遅いお昼ご飯だね。すぐ作るから待ってておくれ」
厨房にいるマルトさんに声をかけると、マルトさんは快く了承してくれた。
裏メニューだった〝特製オムライス〟は、あまりの人気から定番メニューの仲間入りを果たした。
私がサロンを閉めてしまったので、裏メニューとしてオムライスを食べることができなくなったのも理由のひとつだが、マルトさんは、自分がいちばん自信のあったオムライスをより多くのひとに食べてもらえることができて嬉しそうだ。
私もマルトさんのお陰で料理の腕はかなり磨かれたから、屋敷に戻ったらみんなにオムライスを振舞ってあげようっと。卵とケチャップ、玉ねぎに鶏肉……具材も安く済むし、貧乏なうちの家族にはありがたいメニューだわ。なんなら、メレス家の定番メニューにもなりそう。
ひとり食堂の椅子に座っている私の前に、マルトさんが出来立てのオムライス を置いた。
空腹なこともあり、手を合わせたあとすぐにオムライスを食べ始める。何度も食べた馴染みの味だけど、毎回初めて食べたときを思い出す。それくらい、マルトさんのオムライスは絶品だ。
「……こうしてると、フィーナに初めてオムライスを出したときのことを思い出すねぇ。あのときも、誰もいない食堂でこうやって美味しそうにオムライスを食べるフィーナを見て、元気をもらったもの」
マルトさんに言われ、今のシチュエーションが初めてこのオムライスを食べたときと全く同じなことに気づく。
「あのときフィーナがあたしの悩みを聞いてくれたのがきっかけで、今は食堂に生徒たちの笑顔がたくさん溢れるようになった。……本当にありがとうね。ずっと、フィーナにはお礼を言わないとって思ってたんだよ」
「そんな! マルトさんの協力があったから課題をクリアできたのよ! それに、マルトさんの手伝いをするの、すごく楽しかったわ。お礼を言うのは私のほうよ。マルトさん、今まで本当にありがとう。私はいなくなるけど、また絶対この食堂に――あ」
マルトさんの想いを聞いて、こっちまで感極まり、口を滑らせてしまった。
「……はぁ。やっぱりね。そうなんだろうとは薄々気づいてたよ」
「えっ? そ、そうなの?」
「フィーナの様子を見てたらわかるよ。停学の理由も……なんとなく察してたからね。全然停学が解けたときの話や進級の話もしないし。これでもフィーナの倍以上生きてるんだ。大人をなめちゃいけないよ」
ふふん、と自慢げにマルトさんは笑った。
……私が誤魔化せると思っていただけで、マルトさんにはお見通しだったのね。
それなのに、今日までなにも言わずに知らないふりをしてくれていたんだ。
「ごめんなさいマルトさん。いずれ言おうと思ってたの。でも言えなくて……。私、退学が近づくにつれ、マルトさんとも、この寮ともお別れするのがどんどん寂しくなったの。だから、これ以上未練の念が大きくなる前に自分から離れようって……」
「大丈夫。言われなくても、フィーナの気持ちはちゃんとわかってた。なにも言わずに去っていくなら、あたしはそれを受け入れようと思ってたしね。でもこうやって、フィーナの本心が聞けてよかったよ。……やっぱり、真意がわからないままお別れになると、もやもやが残る。フィーナもそう思うだろう?」
核心をつかれたような気がして、私はドキッとした。マルトさんには、私の心の奥底まで見抜かれている気がした。
「フィーナが部屋に閉じこもってた理由は、退学するからってだけじゃない。むしろ、いちばんの理由は――やっぱりあの水色髪のイケメンくんかい?」
レジスのことを言われ、私は手に持っていたスプーンを置いた。
「……レジスとは、もう終わったの」
そもそも、始まってもなかったのかもしれない。
「後悔するよ。フィーナ」
今まで優しく、時には軽口を叩きながらも、私に寄り添う言葉ばかりをかけてくれたマルトさん。そんなマルトさんから、深刻な声色できっぱりと言われ、私は口をつぐんだ。
黙る私に、マルトさんは心配そうな瞳を向けてくる。僅かに残ったオムライスに手をつけるタイミングもわからず、オムライスはどんどん熱をなくしていった。
「フィーナ! 見つけたわよ! 覚悟なさい!」
突然、そんな気まずい空気をぶち壊す怒声が食堂に響いた。
振り返ると、お馴染み信号機三人組が、なにやら怒りの炎をメラメラと燃やしながら私を睨み付けている。
「アナベル様に……リュシー様とカロル様まで! この時間はまだ授業中では……」
「今は緊急事態! 授業どころじゃないわ! リュシー、カロル、フィーナを捕まえるのよ!」
「承知しました! アナベル様!」
ふたりは綺麗に声を揃えて返事をし、私に向かって走ってきた。逃げる暇もなく、右腕はリュシー、左腕はカロルにがっしりと拘束される。
「ほーほっほっ! これでもう逃げられないわよ……フィーナァァ!」
アナベルは高笑いしながら、拘束された私にじりじりと距離を詰めると、限界まで顔を近づけて言った。意地悪そうににやりと口角を上げたその顔は、まさに悪役顔といえる。
「あ、あの、私、皆様になにかしたでしょうか?」
「したわよ! 最低の裏切り行為をね! ……どうして退学することを私たちに黙ってたのよ! フィーナ!」
怒りと悲しみが合わさったようなアナベルの声に、私ははっとした。
「……知ってたんですね」
「今さっきまで知らなかったわよ。でも偶然聞いてしまったの。校長先生が誰かと、フィーナの退学話をしているのを」
誰かとは――多分、理事長だろう。てっきりエミリーが言いふらしていたのかと思ったけど、そうではないようだ。
「いてもたってもいられなくなって、授業をサボって寮に戻ってきたのよ。ねぇフィーナ、退学なんてバカなことはやめなさい。あなた、この場所が大好きだったんじゃないの!? サロンも食堂の手伝いも、退学になった途端どうでもよくなったってわけ!?」
「それは……」
ちがう、とは言い切れなかった。
エミリーからショックな話を聞いて、失恋して、学園にもいられなくなって、私は自暴自棄になっていた。
「……カロル、リュシー。フィーナをサロンに連れていくわよ」
「承知しました! アナベル様!」
双子かと思うくらい、カロルとリュシーは声だけでなく動きも完全に一致している。
ふたりは私を無理やり立たせると、アナベルの指示通り、サロンとして使っていた物置部屋に、私をずるずると引きずっていった。
「ちょ、ちょっと……!」
「無駄な抵抗はおよしなさい。マルト、フィーナのことお借りするわ。あ、残ったオムライスはいただいちゃおうかしら」
「あたしのことは気にしないで、好きになさいな」
マルトさんは救いの手を差し伸べるどころか、引きずられていく私に笑いながら手を振ってきた。
「はあ、マルトのオムライスは冷めても美味しいわっ!」
アナベルは私が残したオムライスをかきこむと、満足げにそう言って、私たちの後を追いかけてきた。
――バタン。
サロンの扉が閉められる。中はまだ片付けが終わっておらず、サロンを開いていたころのまま残っていた。
私はいつもと逆の席に座らされ、私の定位置だった席には、アナベルが脚を組んで座っている。カロルとリュシーはというと、アナベルの少し後ろで仁王立ち状態だ。
三人分の圧力が、一気に私にのしかかる。どうして私がここに座らせる流れになったのか、まだ理解ができない。
「あなたはいつもここで、私たちの悩みを聞いてくれたわよね」
おもむろに、アナベルがぽつりと言った。
「今度は、私たちがフィーナの悩みを聞いてあげる番よ」
アナベルは恥じらいながら、ゆっくりと私の両手を握った。
「私たちはフィーナみたいに占いとかはできないけど、話を聞いてあげることはできるわ。あなた、ここ最近ずっと様子が変だったでしょう。部屋に閉じこもってばかりだし。……これでもずっと、心配していたのよ」
「……アナベル様」
「だから、今日限定で私があなたの代わりに開いてあげるわ! 〝アナベルのお悩み解決サロン〟をね!」
アナベルの手からあたたかなぬくもりが伝わってきて、目の奥がじんわりと熱くなってくる。
「……どうして、私のためにそこまで」
私なんて、ただのモブキャラなのに。本来、私はアナベルと敵同士になる運命だったのに。
どうして目の前の悪役令嬢は、私にここまで優しくしてくれるのか。
それは――私が思っていたより、簡単なことだった。
「決まってるじゃない。フィーナは私の友達だからよ」
「――!」
ぎゅっと手を強く握られる。
驚く私を見て、アナベルは微笑んだ。
「わ、私……!」
友達と言われたことがうれしかったのか、アナベルたちの優しさに胸打たれたからか、理由は様々だ。
私はたかが外れたように、込み上げてくる涙を止められなくなっていた。
――そうか。私、ひとりで悩まなくてよかったんだ。
アナベルたちは、私が泣き止むまでずっと待っていてくれた。落ち着きを取り戻すと、私は思い切って、三人に今までのことをすべて話した。……転生者だということは、さすがに伏せておいたけど。
私がアルベリクに入学した理由。
エミリーとの関係。獣化の話。
停学と退学の理由。
そして――レジスとのこれまでと、レジスへの気持ち。
「フィーナの事情は大体わかったわ。――で? まさかフィーナは、これからもレジスよりエミリーの話を信じていくつもりなの?」
話を聞き終わったアナベルは、射るような眼差しでそう言った。
「私だって信じたくなかったけど、実際レジスは私の獣化のことを知っていたんだもの。……私は学園でのレジスを知らない。エミリーとレジスが裏で仲良くしていたって、おかしな話じゃ――」
「おかしな話よ! あのふたりが仲良くしてるですって!? ありえないわ!」
アナベルは机を叩き、興奮気味に叫んだ。後ろにいるカロルとリュシーも、うんうんと深く頷いている。
「エミリーが急にレジスを追いかけ回すようになったのは事実よ。でも、レジスはまったく相手にしてなかったわ。見てるこっちが清々しいくらいにね」
「えっ……。そうなんですか?」
じゃあレジスがエミリーと一緒に、裏で笑っていたっていうのは……?
「最近のエミリーはレジスを追いかけるのをやめたようだし、フィーナのことでレジスともめたんじゃないかしら」
「私のことで?」
「フィーナが勘違いするように、わざとエミリーが仕向けたってこと。要するに、レジスも立派なエミリーの被害者よ。獣化のことは……ふたりがすれ違うように、エミリーがなにか根回ししてた可能性が高いわね」
レジスも、エミリーの被害者だった? 私はエミリーにまんまと騙されていたというの?
――だとしたら、私はレジスにひどい仕打ちをしてしまった。
「……そうだ。ついでに学園でのレジスのこと教えてあげるわ。レジスったら、学園にいるときはびっくりするくらいつまらない人間よ! 笑わない、しゃべらない、愛想もない。むかつくほど綺麗な顔立ちをしておきながら、表情筋をぴくりとも動かさないんだから! 仮面でも張り付けてんのかと思うくらいよ!」
たしかに、私が学園で見てたレジスのイメージもそんな感じだった。でも今は、そんなレジスの姿が想像できない。
「それが寮でフィーナを見つけた瞬間、笑うし、しゃべるし、愛想はフィーナ限定で振り撒いてるし。別人かと思うくらい。おにぎりを買い占めるなんて奇行に走ったときは、私も大爆笑しちゃったわ。誰がどう見てもレジスはフィーナ一筋だったのに、まさか本人がそれに気づかずに、挙句エミリーなんかの言うことを信じちゃうなんて……。レジスに同情するわ」
「ご、ごめんなさい……」
謝ると、「それはレジスに言いなさい」とさらに怒られてしまった。
「私、ずっと後ろめたかったんです。獣化のことを黙ってたこと。レジスに知られたら幻滅されるんじゃないかって……。そのことで悩んでた矢先にエミリーにあんなこと言われて、どんどん不安になって……」
全部、レジスを信じられなかった自分への言い訳だとわかりつつも、あのときは本当に不安で仕方なかったのだ。
「馬鹿ね! レジスが幻滅するはずないでしょう! むしろ、その白猫がフィーナと知ったら、レジスは鼻の下を伸ばして大喜びしたはずよ!」
「そんなレジス、想像つかないですけど……」
「とにかく! レジスを信じなかったのはフィーナの弱さのせい。だったら、次からどうしたらいいかわかるわよね?」
顔の前に、ずいっと人差し指を突きつけられる。
「――もう二度と、愛する人を疑わないことよ。信じなさい。レジスのこと」
首を傾げる私に、アナベルはぴしゃりと言い放った。
「それに! 今のままだとエミリーの思うつぼよ! フィーナ、学年末パーティーには出席できるのよね?」
「ええ。多分、それがアルベリクの生徒でいられる最後の日になるかと……」
「だったら、パーティーがレジスと仲直りできるラストチャンスよ!」
〝ラストチャンス〟と聞いて、おもわずごくりと生唾を飲み込む。
レジスは今、どこにいるかわからない。パーティーまでに戻ってくるかすら、誰も知らない。
だけど……私はレジスが来ると信じよう。今私にできることは、信じることだと、アナベルが教えてくれたから。
「退学がどうしようもできないなら、最後にとびきり綺麗な姿で、レジスに気持ちを伝えなさい。フィーナ」
「……はい!」
決心がついたように、大きな声で返事をする。
今までと立場が逆で、なんだか笑えてきた。誰かにアドバイスされるって、こんな気分だったのね。
そのとき、私はとある重要なことに気づいた。
「……あ。私、ドレスを持ってないんだった」
「えぇっ!?」
今度は三人ともの声が重なった。
ドレスはエミリーがたくさん持っているのを貸すから、必要ないと言われていたのだ。……後に、私に地味なドレスを着せるための口実だったことに気づいた。
そのことを説明すると、アナベルがふんっと大きく鼻を鳴らし、立ち上がって胸を張りながらこう言った。
「私を誰だと思っているの? フィーナのドレスアップは、このトゥルニエ侯爵の娘である、アナベル様に任せなさい!」




