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これまでの話2 sideレジス

 どうやってフィーナと距離を縮めようかと考えていた矢先に、最悪な出来事が起きた。フィーナがエミリーのせいで、停学になった。

 先生は「家庭の事情」だと言っていたが、エミリーは「学費未納で通えなくなった」とうことや、「学園へ通うための約束ごとをフィーナが破った」などと声を高々にして言いふらしていた。

 ルメルシェ家がメレス家に圧力をかけたということは、一目瞭然だ。

 俺は寮でフィーナを待ち伏せし、事情を聞いた。俺にできることがあれば、なんでもしてやりたかった。身分を隠しているにも関わらず、このときの俺は使える権力はふりかざす気満々だった。

しかし、フィーナは〝気持ちだけ〟を受け取ることを選んだ。……いろいろ複雑な事情はあったのだろうか。望まれてもいないのに、人さまの事情に安易に首をつっこむわけにはいかない。代わりに、フィーナが停学期間を有効活用するため、寮でサロンを開くことを聞いた。

 学園で会えなくなることは俺にとって絶望的に思えたが、このサロンに通えば寮でフィーナに確実に会える。

 今まで寮での共有スペースにはほとんど顔を出さず、部屋に閉じこもっているだけだったが、フィーナに会えるとなればわけがちがう。

 学園でフィーナがいないことによって開いた穴は、ふらっと気まぐれに現れるシピによって癒されていった。

 寮ではフィーナと、フィーナのお陰で知ることのできた、食堂の美味しいご飯に癒される日々。

 サロンに通うには悩みや相談ごとがないといけない。俺はシピを想い人に見立て、フィーナに毎回相談していた。……これにより、フィーナにほかに好きなひとがいると思われてしまったのは、俺のミスだ。それでも俺は、フィーナとふたりきりで話せるだけで幸せだった。

いずれ、シピの正体は猫だと話せばいい。それを言ったら、フィーナはどんな顔を俺に見せるだろう。驚くだろうか。怒るだろうか。……安心してくれたり、するだろうか。


 会う回数が増えるようになって、確実に俺とフィーナは仲良くなっていった。フィーナも時折、俺のことを気にするような発言や、行動をしてくれるようになった。

 フィーナが好みのタイプだと言っていた、王子様のようなひと……マティアスと楽しそうに会話をしていたときや、俺がおにぎりを買い占めたことについて、フィーナにこっぴどく怒られたときはさすがに俺もへこんだ。俺も一応本物の王子であるというのに、フィーナが理想としている王子と自分では程遠い。自信を喪失し、シピに相談をしだすなんてマヌケなこともした。

 期待したり、落ち込んだり。これまであまり動かされることのなかった感情が、一気に動きだし大忙しになっていたが、それはそれで楽しかった。


 そんなある日、裏庭でいつもシピに会う時間にフィーナに会った。

 まるで、シピが人間になって俺に会いにきたような錯覚に陥った。

 お気に入りの場所で、好きなひとと過ごす時間は、永遠に続けばいいのにとすら思えた。

 何気ない会話ひとつひとつが、フィーナがいるだけで特別な言葉に聞こえる。

 俺の髪を揺らす風が、フィーナの髪も一緒に揺らす。そんな当たり前で些細なことが、俺たちは今同じ場所にいるということを、俺に実感させてくれた。

 当初の目的なんて、もう頭から抜けていた。俺がこの学園にきたのは、フィーナに会うためだと信じて疑わなかった。

 フィーナといると心が落ち着いた。気を張らずにいられた。


「……うーん。私がレジスの好きな子と似てるから、とか?」


 それを伝えると、フィーナからそう言われ、俺はシピと同じ紫の瞳を見つめ返す。


「そうだな。すごく似てる」


 ……似てるんじゃない。俺が好きなのは……フィーナだ。

 心の中で訴えながら、声には出せなかったこの言葉を、近い未来で必ず伝えよう。

 シピのようにふわふわとしたフィーナの髪を撫でながら、俺は自分が勇気を出せる日がくることを願った。


「お話があるのだけど、放課後、時間あるかしら?」


 裏庭でフィーナに会ってから数日後、エミリーが俺に話しかけてきた。

 ――フィーナには言ったことがないが、マティアスがアナベルと親密になって以降、エミリーは俺にしつこく付きまとってくる。

 なにを企んでいるのか知らないが、大方俺がフィーナと仲が良いと聞いて、フィーナへのあてつけに俺に接触しているのだろう。自分ならフィーナから容易く俺を奪えるとでも思っているのだろうか。

 フィーナがいなくなって以降、エミリーの学園での人気は急速に落ちていた。

 少し乱れた髪もうまくなおせず、学園内の教室の場所さえまともに把握していない。思い通りにいかないと不機嫌になり、最初こそほかの取り巻きがついていたが、すぐにみんな離れていった。エミリーにとっても、フィーナがいなくなった穴は大きかったということだ。

 おまけに狙っていたマティアスはなめてかかっていた恋敵のアナベルに奪われ、プライドはズタズタだろう。

 それでもやはり、男の前での演技は一流だ。女子生徒に仲間外れにされていると被害者面し、か弱いところを見せつけることで、数人の男子生徒はエミリーに熱を上げていた。

 ……俺に付きまとわず、そいつらに頼ればいいのに。

 何度もそう思ったが、エミリーの執念は凄まじいもので、いくら冷たい対応をしてもめげずに追いかけ回してくる。今のように。


「断る。俺は忙しい」

「とても大事な話なの。放課後、二階と三階のあいだにある踊り場で待ってるから。絶対よ。」

「お、おいっ――!」


 承諾する前に走り去って行くエミリーの背中を見ながら、俺は肩を落とした。

 授業が終わればすぐ寮に戻りたいのに。エミリーのせいで、学園にいると疲労がすごい。

 無視をすることも考えたが、そのせいでもしフィーナになにかされたら困る。腹をくくって、俺は放課後、指定された場所へと向かった。

 エミリーがやってきたのは、教室に生徒がほとんどいなくなってからだった。強制的に呼び出しておいて、悪びれる様子もなく遅刻してきたエミリーに苛立ちが募る。

 

「……遅いぞ」

「あぁ。ごめんなさい。でも、誰かに聞かれるとまずい話だと思って」

「さっさと用件を言え」


 不敵に微笑むエミリーを見下しながら吐き捨てる。


「レジスは裏庭にいる白猫の正体、知ってる?」

「……正体? というか、なぜお前がシピの存在を知ってるんだ」


 俺の後でもつけてきたのか。エミリーならやりかねない。


「細かいことはどうでもいいじゃない。その様子だと、やっぱり知らないようね」

「さっきからなにが言いたいんだ」

「あのね、あの白猫って――フィーナが獣化した姿なのよ」


 エミリーの口から、衝撃的な言葉が発せられ、俺の思考は一瞬停止した。

 ……獣化っていうのは、人間が動物の姿に変化すること。俺の国でも、獣化ができる人間は僅かだがいる。

 ルミエル国にくる際にルミエル国について調べたが、この国で獣化能力のある人間はほぼいないと聞いていた。

 ――フィーナは、獣化能力を持った人間だったのか?


「シピが……フィーナ……?」


 驚きの次に俺を襲ったのは、強烈なる羞恥だった。

 自分が今までしたことを思い返すと、顔がカッと火を噴きそうなほど熱くなる。

 俺はシピ……いや、フィーナをこの手で触っていたというのか!? ……もはや撫でくりまわしていた! あろうことか、この腕に抱いたりもしてしまった!

 だがフィーナのほうから俺に擦り寄ってきたり、太ももに乗ってきたことも……フィーナって、案外大胆だったんだな……嬉しいけど……。だがそのたびに、だらしなくデレデレしていたであろう顔を見られていたかと思うと、穴があったら入りたい。

 ……はっ!? ということは、俺がシピにフィーナの相談をしたあのとき……俺はフィーナ本人にフィーナのことを言っていたというのか!? 

 待て。だとしたらそもそも、サロンでの相談も同じじゃないか。フィーナは俺の言っている相手がシピだと最初からわかっていて……あああああ!

 もうだめだ。羞恥心で死にそうだ。顔から火が噴きそうではなく、噴火している。


「ちょ、ちょっとレジス? 落ち着いて!?」


 恥ずかしさのあまりひとりでジタバタし、頭を抱える俺を見て、エミリーが焦った様子で俺を宥める。

 エミリーの声を聞いて俺は我に返り、一度大きく咳払いをすると、いつも通りのクールな表情に戻した。

 

「悪い。取り乱してしまった。……まさか、フィーナがシピだったなんてな」


 エミリーの発言に対する俺の信用度は低い。でも、このことは不思議とすんなりと受け入れられた。

 言われてみれば、納得がいくことばかりだったのだ。

 突然現れた白猫。その後、突然現れたフィーナ。

 白金の毛に、紫の瞳。……似ているのではなく、本人だったのか。


 

「取り乱して当然よね。まさか、フィーナがレジスを騙していたなんて思わなかったものね……」

「……ん?」


 騙していた、という言葉に違和感を感じる。


「私、使用人にメレス家のことを調べてもらったから、フィーナの獣化能力は事実よ。フィーナは隠しているようだから、私も誰にも言わなかったけど……レジスがフィーナと仲良くしてると聞いて、レジスには言わなきゃって思って。騙されたレジスがかわいそうだわ」

「……べつに俺は騙されていないが?」

「えっ? ど、どうして? 獣化のことを隠して、白猫の姿になってレジスに近づいたのよ!? 今もずっと隠し続けているようだし、レジスに嘘をついているじゃない!」


 ……たしかに嘘はつかれている。でも、俺だってフィーナに嘘をついている。

 ひとつは好きなひとをシピだと偽ったこと(これは本人に最初からバレていたが)。

 もうひとつは、俺は王子でなく、庶民のふりをしていること。


 嘘の数でいったら、申し訳ないが今のところ俺のほうがひとつ多いくらいだ。


「フィーナはきっと悪意があったわけじゃない。俺に言えない理由があったんだろう」


 フィーナのことだから、獣化した姿を俺に気に入られてしまったから、引っ込みがつかなくなったとかそういう理由な気がする。

 あまりに俺がサロンでシピに会いたいという相談をするから、いつも獣化して会いにきてくれたのかと思うと、健気で愛しさすら感じる。

 

「で、でもっ!」

「教えてくれてありがとう。だが、勝手にひとの家の事情を探るのは、あまり関心できないな」

「……っ!」


 思い描いていたのとちがう反応をしたからか、エミリーは不満気だ。どうせ、俺がフィーナに愛想を尽かすのを期待していたのだろう。

 シピがフィーナだったというだけで、俺がフィーナを嫌いになるわけない。むしろ……前よりもっと、好きになっている。

 フィーナは獣化してもかわいいんだな、なんて思ったりして、自然と口角が上がってきそうなくらいだ。


 ひとつ不満があるとしたら――エミリーでなく、フィーナ本人から直接聞きたかったというところだな。

 エミリーの言い方的に、これは勝手にエミリーが探りを入れて、俺に暴露したようだし。

 ――フィーナが自分から打ち明けてくれるまで、俺は知らないふりをしていよう。

 このときは、俺のこの考えがフィーナとの関係に亀裂を生み出すなんて、思ってもいなかった。


 二学期が終わり、冬休みに入る前に学園主催のクリスマスパーティーが開かれた。

 朝から俺は、街に出てフィーナへ送るクリスマスプレゼントを捜しまわっていた。自分で足を動かして、プレゼントを選ぶなんてことは初めてだ。

 何軒も店を周った。どこの店も、カップルや俺と同じ考えの男で溢れ返っている。

 

「恋人さんへの贈り物ですか?」

「え? あ、ああ。いや、ちがう。しかし、恋人と仮定して選びたいというか……」

「ああ! 好きな方への贈り物ですねっ!」


 ――こんな風に、デリカシーに欠けた店員とのやり取りを何度も繰り返し、俺はようやくフィーナに似合いそうな髪飾りを見つけることができた。

 色はピンクと水色の二種類あり、フィーナにはどちらも似合うと思ったが、俺は自分の髪色と同じ水色を選んだ。この髪飾りを見るたびに、俺のことを思い出してくれるようにという意味合いを込めて。


 ポケットにプレゼントを忍ばせ、あとはフィーナに渡す機会を窺うだけだ。フィーナはパーティーに参加できないと言っていたので、きっと寮にいるはずだ。俺も寮に残り、フィーナが食堂にいるときを狙って話しかけよう。

 寮までの帰り道、念入りに計画を立てていると、後ろから肩を叩かれ振り向く。

 そこには、パーティー用に目いっぱい着飾り尽くしたエミリーの姿があった。

 

「レジス、メリークリスマス! よければ私の手配した馬車で、一緒に会場に行かない?」

「……俺はパーティーには参加しないから遠慮しておく」

「えぇ!? レジスが参加しないなんてつまらないわ! どうして……あ、もしかして、フィーナがいないから?」


 なにも言わない俺を見て、図星だとわかったのか、それまで晴れやかだったエミリーの表情が一気に曇った。

 面倒くさいことになる前にさっさと退散したいが、どうすればいいか。

 エミリーだけなら、いつものように相手にせず去ればいいだけなのだが、今日は後ろに使用人を控えている。プライドの高いエミリーが使用人の前で庶民と思っている俺に無視などされたら、怒り狂う姿が目に見えているのでできれば避けたい。


 エミリーを撒く方法を考えていると、急にエミリーが俺のポケットから、フィーナへのプレゼントである髪飾りの入った箱を取り去った。突然の行為に、俺はぎょっとする。

 

「なにをするんだ!」

「ポケットが膨らんでるから気になっちゃって。これ、プレゼント? もしかして……私にかしら?」

「ちがっ……! やめろ!」


 そんなわけがないだろう。

 確実に自分の味方をしてくれる使用人がいることで気が大きくなっているのか、エミリーは俺の制止の声にも耳を貸さずに、勝手に箱を開けだした。


「返してくれ!」

「あっ……もう、レジスのケチ!」


 中身を見られた瞬間、触れられる前に箱を奪い返す。


「これはフィーナへのプレゼントだ。彼女以外に触れられたくない」

「……そう。レジスったら、騙されたっていうのにまだ目が覚めていないのね」


 あきれた顔で俺を見ると、エミリーは見せつけるように大きくため息をついて、そのまま馬車に乗って駆けていった。

 

 その後のクリスマスは、フィーナとそれはもう幸せな時間を過ごすことができた。誰にも邪魔されず、寮の食堂で開かれたふたりだけのクリスマスパーティーは、どんな贅沢にも勝てやしない。

俺にとっては一流シェフの料理も、フィーナの焼いたチキンとケーキには敵わない。

 目の前でフィーナが笑ってくれるなら、歌もダンスもなくたって構わない。

 俺があげたプレゼントを目にしたフィーナの瞳は、宝石のように輝いていて、朝から頑張って探した甲斐があったと思わせてくれた。

 学年末パーティーには一緒に参加することを約束し、そして、俺はその学年末パーティーでフィーナに告白することを決意した。


 フィーナの停学期間は学年末パーティーまでだと聞いていたし……停学が終われば、来年は学園でも、フィーナと一緒に過ごせることを夢見ていた。


 つまらない冬休みを終え、三学期が始まった。

 フィーナとの仲は良好だった。サロンの占いで一番最悪なカードが出たときは多少ショックだったが、そんな結果を笑い飛ばせる自分たちがいたことに満足していた。

 俺とフィーナなら大丈夫。なんの根拠もないくせに、なぜか自信だけはあった。

 フィーナとの関係がうまくいきすぎていて、俺はあぐらをかいていたのかもしれない。


ある日を境に、フィーナが食堂に姿を見せなくなった。

 おにぎりの販売も停止になり、サロンもずっと閉まっている。何人もの寮生が心配していたが、誰も理由を知らないようだ。

 フィーナが仲良くしていた寮母に聞くと、〝体調を崩している〟と言われた。

 俺は心配で仕方なかった。無理をしすぎて、体に異常がおきてしまったのではないか。冬に流行る風邪をこじらせ、何日も苦しんでいるのではないか。

 寮母に頼み込み、俺はギリギリの時間まで食堂にいさせてもらうことにした。もしかしたら、フィーナがひょっこりと姿を現すかもしれないと思ったのだ。

 俺の予想は的中し、食堂での待機を初めて数日後、フィーナが現れた。

 数日ぶりのフィーナを見た瞬間、頭よりも体が先に動く。俺に気づいていないフィーナの腕を、気づけば思い切り掴んでいた。

 驚いて振り向くフィーナ。ああ、やっと顔が見れた。……どことなく、やつれているように見える。やはり、相当具合が悪かったのか。

 心配して声をかける俺に、フィーナはわけのわからない回答をしてきた。


「体調は平気よ。べつに、元々悪くなんてなかったから」

「……どういうことだ?」


 フィーナは俯いたまま、なにも言わない。なにかあったのかと問えば、なにもない、と返される。だったら――。


「だったらどうして、俺の目を一度も見ようとしない?」


 話しかけてからずっと、よそよそしいフィーナの様子を見て、俺は勝手に焦っていた。

 会いたいと思っていたのは俺だけだったのか。フィーナにとって、俺はその程度の男なのか。

 まるで、初めて口をきいたころに戻ったみたいだ。こんなどんよりした空気が、再び俺たちを包むことになるとは思っていなかった。

 フィーナは俺の問いに答えずに、最近シピに会えたかどうかを唐突に聞いてきた。

 シピの正体がフィーナだということを知っていたが、とりあえず正直に会えていないことを伝えた。

 ……フィーナの態度がおかしいのは、遂に俺に獣化の話をしようとしているから、か?

 そんな考えが頭をよぎる。するとフィーナが今日初めて、真正面から俺を見据えた。


「そうよね。だって、あの白猫は私だものね」

「……フィーナ?」

「レジスは、知っていたんでしょう?」


 俺が獣化のことを知っているということを、フィーナが知っていた……? 

あまりの混乱と衝撃で、動揺してしまう。

 どういうことだ。頭がまわらない。フィーナは、俺にバレていることをいつから知っていたんだ?

 うまく返事ができず、口ごもるばかりの俺を見て、フィーナの俺を見る目がどんどん鋭いものになっていくのを感じる。

 スイッチが突然入ったかのように、フィーナは俺に怒りの気持ちをぶつけてきた。話を聞いていると、フィーナがなにか勘違いをしていることに気づく。

 このままではまずい。そう思い、俺は必死に弁解しようとした。ほかの誰になにを勘違いされたっていい。でも、フィーナにだけはされたくない。

 しかし、俺がエミリーの名前を出した途端、フィーナの表情があきらめのようなものに変わった。話を聞いてくれと懇願しても、それすら拒否されてしまう。

 加えてフィーナから、自身の退学をにおわすような発言があった。なんの話かと思い聞き返すと、フィーナの眉間の皺はさらに濃くなった。


「とぼけないで。どうせエミリーから全部聞いてるんでしょう? ……もう私に話しかけてこないで。私もレジスに近づかないから」

「どうしてそうなるんだ! フィーナ、俺の話を聞いてくれ。なにか勘違いを――」


 エミリーから退学の話など聞いていない。……ここまでエミリーの名前に拒否反応を起こすということは、エミリーがフィーナになにかよくないでたらめを吹き込んだのかもしれない。

 話し合わなければ。このままフィーナを行かせるものか。

 そう思うと、自然とフィーナを掴む力が強まった。フィーナはそれに気づいたのか、素早く俺の手を振り払った。――完全なる、俺に対しての拒絶だった。


 ショックすぎて言葉がでない。好きなひとに冷たい態度をとられることが、こんなにつらいことだったなんて……俺は今まで知らなかった。知らなかったから、今まで平気でひとの好意を無下にできていたんだ。


 フィーナは胸に手を当てて、心を落ち着けているように見えた。そして顔を上げると、俺に向けてこう言った。


「私、レジスのことを本当に――好きだったのよ」

「――!」


 突然の告白に息をのむ。それは、俺がずっとフィーナに言いたかった言葉だった。……いや、でも俺とは少しちがう。

 フィーナはこう言った。〝好きだった〟と。俺の気持ちは……まだ過去形になどなっていない。

 今にも泣きそうな顔をして、フィーナは俺の前から去って行った。

 追いかけたいのに、足が動かない。ただ呆然と、俺はその場に立ち尽くした。

 ――フィーナにとって、俺への気持ちは、もう過去のことなのか?

 十七歳の冬、俺は知る。恋が終わるのはあっという間で、そして――失恋の痛みはいとも簡単に、ひとを無力にしてしまうことを。

 

 

「話がある」


 俺からエミリーに話しかけたのは、これが初めてのことだった。

 フィーナに突き放され、その後も会うことを拒否されていた俺だったが、まずはエミリーから話を聞き出すのが先だと考えた。

 ――俺はフィーナをあきらめない。まずは誤解を解かなければ。

 エミリーは俺に呼び出された理由を察していたようで、ふんっと鼻で笑うと、拒否することもなくおとなしく俺についてきた。

 俺たちはまた人気のない踊り場で向かい合う。以前とちがうのは、質問する側が俺だということ。


「フィーナが退学するっていうのは、どういうことなんだ?」


 まず、退学のことをエミリーから聞くことにした。


「どうもこうも、あの子の学費や寮費を出してたのは全部私の家なの。あの子の家は落ちぶれた伯爵家。アルベリクに通えるお金なんてあるわけなかった。私のお陰でフィーナはアルベリクに通えたのよ。学費を出すかわりに、私の世話をするという約束でね。……その約束を破ったのだから、フィーナはもうこの学園にいられないってわけ。自業自得よ」

「……フィーナとは、元々面識はあったのか?」

「あるわけないじゃない。あんな貧乏貴族」


 エミリーは嘲笑しながら吐き捨てるように言った。

 ……そういうことか。だからフィーナは最初、嫌々ながらもエミリーの取り巻きをしていたのか。 “約束”だったから。

 こういった取引は貴族の間ではめずらしくもない話だが、フィーナも最初はエミリーがここまで性格の悪いやつだとは思わなかったのだろう。

フィーナの家はアルベリクの高い学費を払えない。しかし、フィーナはエミリーの世話をし続けるくらいなら、退学のほうがマシだと踏んだのか。


「事情は大体わかった。じゃあ次の質問だ。……エミリー、お前はフィーナになにを吹き込んだ?」


 重要なのはこっちだ。俺はじろりとエミリーを睨みつける。

「さあ、なんのこと?」

「とぼけるな。話さないなら――こっちも手段は選ばない」


 脅しともとれる言い方だと捉えられても構わない。実際脅している。

 エミリーがこのまま〝なにも知らない〟で通すつもりなら、俺にだって考えがある。

 庶民のふりなど今すぐやめて、王族の力を最大限に使って、エミリーの口を割ってやる。

 フィーナの泣きそうな顔が頭に浮かぶたびに、俺はエミリーのことも――自分のことも許せないままだ。


「……レジス、あなたは何者なの? フィーナのプレゼントに買っていた髪飾り。あれ、相当な値がするものよね。一目でわかったわ。あんなもの、庶民が買えるわけがない」


 エミリーが髪飾りのことを覚えていて驚いた。箱を開けたあの一瞬で、値打までわかるとは目ざといやつだ。

 

「わかっているなら話が早い。お前の言う通りだ。俺が本気を出せば、ひとつの公爵家くらいどうにでもできる。……なんならエミリー、お前を退学にしてやってもいいんだぞ」

「! ど、どうしてっ……フィーナのためにそこまで……あんな、どこにでもいる普通の女……!」

 フィーナのような子がどこにでもいてたまるか。俺が愛した彼女は、この世界にただひとりしかいない。

 俺を本気で怒らせたのも、笑わせたのも、悲しませたのも。

 俺が本気になる理由は、全部フィーナだ。


「もう一度聞く。フィーナになにを吹き込んだ?」


 俺は壁際にエミリーを追い詰め、エミリーの顔の横の壁に拳を打ち付けた。ドンッという大きな音に、エミリーの肩が大きく跳ねた。

 観念したのか、エミリーは自分がフィーナに言ったことを、震える声で話し始めた。

 話を聞きながら、俺はエミリーのついた嘘に怒りを覚える。

 ――なんてことを言ってくれたんだ。

 同時に、フィーナに信じてもらえなかった自分が情けなかった。

あのとき、勇気を出して追いかけていれば。〝俺も好きだ〟と伝えていれば、俺たちはすれ違わずにいられたのかもしれない。


「でも、今さら全部知ったところでもう遅いわよ……! フィーナの退学は決定しているし……聞けば、誰もフィーナに会えない状況みたいじゃない。レジスだって、結局フィーナに信用してもらえてなかったのよ! あなたにできることなんて、もうないんだから……!」


 震えながらも、最後まで悪態をつくエミリーを置いて、俺は踊り場を去った。

 壁に打ち付けた拳は、まだ少しだけジンジンとしている。

 一刻も早くフィーナに弁明をし、誤解を解きたい気持ちでいっぱいだった。でも、あれほど傷ついた表情を見せたフィーナのことを考えると、今はまともに話を取り合ってくれない可能性が高い。

 俺は今、なにができるだろう。

 フィーナのために。自分のために。俺たちふたりのために――今すべきことを考えるんだ。


〝もし関係が崩壊するようなことがあっても、俺たちなら大丈夫だ〟。


 あの日、俺が言った言葉が嘘じゃないことを、フィーナに証明するために――。



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