少年少女の恋煩い2
昨日、中途半端なまま終わりにしてしまった修復作業の続きをするため、私は今日も倉庫へと向かった。
今日はおにぎりを作る日ではなかったので、今朝はレジスと顔を合わせていない。
レジスと会っても平常心でいられるよう、今日もシピとしてレジスに会いに行って、レジスに慣れておこう。
そう思い倉庫の扉に手をかける――が、なぜか扉が開かない。
何度も開けようと試みるが、どうやら中から鍵がかけられているようだった。誰かが中にいるのだろうか? 耳を当ててみるが、話し声などは一切聞こえてこいない。そもそも、今は使われていない倉庫に用事があるひとなんていないだろう。中で物が倒れて、扉を開ける妨げになっているのかもしれない。
外側から開ける鍵を私は持っておらず、鍵をきちんともらっておけばよかったと今さら後悔した。理事長か校長に言わなければ、扉を開けることは不可能だ。
今は昼休みの時間帯で校内に入るわけにはいかないし……あ、マルトさんに言って、理事長に鍵をもらえるよう連絡を入れてもらえばいいか。
それに、もうすぐレジスが来てしまう。私がここにいたらなにをしているか怪しまれそうだし、ここは一旦退散したほうが――。
「フィーナ?」
私の思惑とは裏腹に、背後から聞こえたのは間違いなくレジスの声だった。
「レッ、レジス!?」
「こんなところでなにしてるんだ? そういえば、前もここでフィーナに会ったよな」
「え? あ、そ、そうね。私はその……マルトさんに言われて! 実はこの近くにある生えている野草が食べられるらしくてね! こっそり探しにきてたの! 停学中だから誰かに見つかるとまずいから、内緒にしててくれる?」
「ああ、そういうことか。わかった。内緒にする」
咄嗟に思いついた嘘を言うと、レジスはあっさり納得した。
「内緒にするかわりに、ひとつ頼みごとを聞いてくれるか?」
「え? ええ。なに?」
〝昼休みを一緒に過ごしてくれないか〟。
レジスにそう頼まれ、私はいつもレジスがいる芝生の上で、レジスと共に昼休みを過ごすことになった。何度もここで一緒に過ごしているけど、〝フィーナ〟としては初めてだ。
昨日の一件があってから、レジスを前にすると緊張しないか不安だったのに、早速ふたりきりになってしまうなんて……。平常心! 平常心よフィーナ!
「レジス、お昼ご飯は食べないの?」
急にレジスを意識しだしたことを本人に悟られないよう、私はいつものようにレジスに話しかける。
「今日はフィーナのおにぎりが売ってない日だったから、特に食べるものがない」
「だめよ! ちゃんと食べないと! 午後のエネルギーが切れちゃうわよ」
「……俺はもともと小食なんだ。でも、寮の食事とフィーナの料理を食べるようになってから、ご飯っていいものだなと思うようになった」
そういえば、いつもレジスはここでぼーっとしていることが多かった。あまり食に興味がないひとだったのか。なのにどうしてこんなに大きく育ったんだろう。……遺伝かしら?
「ふふ。そんなこと言われたら、私もマルトさんもますます料理に精が出ちゃうわね」
「逆に、ほかのものを食べる気が起きなくなったのも事実だけどな」
「えっ! それはちょっと……いやかなり問題ね。ここを卒業したときのレジスの食生活が心配になるわ。ちゃんとほかのものも食べないとだめよ」
「フィーナが言うなら、これからは気をつけよう」
レジスの健康のためにも、おにぎりを作る日を増やそうかと考えていると、隣でレジスが小さな笑い声を漏らした。
「今日はシピに会えないなと思っていたら、フィーナがいたから驚いた」
そう言って、レジスは私を見ながら微笑む。
「シピって――レジスがいつも私に相談している子のこと?」
「ああ。昼休みに、気まぐれに現れるんだ」
まるでシピという名前を私が知っているかのように話すから、一瞬レジスに獣化のことがバレているのかとぎくりとしたけど、レジスの反応的に、ただうっかりそのような言い方をしてしまっただけみたいだ。
「……なんだか申し訳ないわ。好きな子と過ごしてたはずの時間を、私と過ごさせるなんて」
どちらにせよ自分なのだが、シピのことを話すレジスの表情が優しくて、なぜか謝罪の言葉を口にしてしまう。レジスったら、本当にシピのことお気に入りなのね。……もしかして私、獣化した自分に嫉妬してるのだろうか。そうだとしたら末期だ。昨日レジスの口からはっきりと、シピではなく私自身のことが好きだと聞いたばかりなのに。
「そんな! なにを言うんだ! 俺はフィーナと過ごせて嬉しいよ。停学中のフィーナと学園でこうやって昼休みを一緒に過ごせるなんて、思ってもみなかったからな。だからフィーナが申し訳なく思うことなんてひとつもない!」
めずらしくレジスが声を張って、私の謝罪を否定した。
「あ、ありがとうレジス。私も嬉しいわ」
「……フィーナも?」
「ええ。レジスと過ごせて、嬉しい」
「っ!」
私が笑顔を向けると、レジスの顔がみるみる赤くなる。
レジスの反応を見て、私まで恥ずかしくなってくる。でも、せっかくこうしてレジスと一緒にいるのだから、この時間を一秒でも無駄にしたくない。
「そっ、そういえば! もうすぐクリスマスパーティーね!」
「クリスマスパーティー……? ああ、学園主催のやつか」
新たな話題を振り、会話を続ける。
私が停学になってから二か月以上が経過して、いつの間にか十二月に突入していた。
クリスマスには、アルベリク主催のクリスマスパーティーが開かれる。生徒や教師を含める学園関係者は参加自由となっているが、ほとんどの生徒が参加しているという。
普段話せない別の学年の生徒と交流を持てたり、綺麗に着飾り、お目当ての令息や令嬢にアピールするには絶好の場らしい。
「フィーナは参加するのか?」
「私は停学中だから、そういった催しには参加できないみたい。停学のとき、校長にそう言われたわ」
「……そうなのか。この学園って、案外厳しいんだな」
私はあまりそういった大勢が集まる場は好きではないので、参加できなくても全然いいのだけど。それに以前あった学園主催の別のパーティーでは、ずっとエミリーの小間使いをさせられた記憶しかないから、パーティー自体にいい思い出がない。
ただ、レジスが参加するのなら参加したかったなぁ……。レジスの正装姿、絶対にかっこいいだろうし。
「あ……話は変わるが、いい機会だからフィーナに聞きたいことがあって」
「うん? なに?」
「この前俺に出してくれたオムライスを、〝特別〟と言っていただろう? その意味を、よかったら教えてほしい」
レジスが裏メニューを食べたときのことか。あのとき、『いつか教えてくれ』って言われてたっけ。
「あれは私が勝手に特別って思っただけで、レジスからしたら大したことじゃ……」
「それでもいい。教えてくれないか。フィーナが特別と思ってくれたのなら、俺にとっても特別だ」
うぅっ。こんなにまっすぐな瞳でそう言われると、誤魔化して逃げようなんてことできなくなるじゃない。
「わかった。言うわ。……本来なら、あのオムライスは私とマルトさんがふたりで作っているのだけど、レジスのだけは、私が全部ひとりで作ったものなの。私ひとりで作ったオムライスを食べたのはレジスだけだから……勝手に特別扱いしちゃった」
「……俺だけ?」
レジスに聞かれ、私はこくんと首を縦に振る。
「そうか。やっぱりそれが特別の意味だったのか」
「……へ? やっぱりって? レジス、わかってたの?」
「いや。まぁ……そうだな」
「ど、どういうこと!?」
私はレジスの腕を掴み、身を乗り出した。
「あの裏メニューは学園で話題になっていた。俺は自分がオムライスを食べたあとに、ある話を耳に挟んだんだ。寮母のオムライス作りをフィーナが手伝っているとかなんとか……そういった内容だった。そのとき俺は、自分の食べたオムライスがどう特別だったのかに気づいたような気がしたんだ。俺に出されたのは〝フィーナの特製オムライス〟。フィーナがひとりで作ったっていうのは、間違いないとわかっていた」
「そこまでわかってたなら、わざわざ聞かなくてもよかったじゃない……」
「悪い。確認したかったんだ」
悪いと思っているのなら、そんな緩んだ顔を見せないと思うのだけど。
「フィーナは大したことないって言ったが、フィーナが思ってるよりも、その事実は俺にとって特別に感じられた。ありがとう」
「……本当にそう思ってる?」
「当たり前だろ。できることなら、これからも俺だけ特別であってほしいくらいだ。フィーナの特製オムライスをほかのやつに食べられるのは、なんだか気分が悪い」
「レジスがそこまで言うなら……検討しておくわ」
〝もちろんこれからもレジスだけ特別だよ〟って素直に言えればかわいいのに、私は照れくさくてこんな返事しかできなかった。ちらりと横目でレジスを見ると、レジスもまた私のほうを見ていた。目が合って、私たちはどちらかともなく笑みを浮かべる。
「こうやって、誰かと一緒にここで過ごすのも悪くないな」
ふと、レジスがそんなことを言い出した。
「いつもシピちゃんと過ごしているんでしょう?」
「それはそれ。これはこれだ。フィーナだけが学園で唯一、俺が一緒にいて落ち着く相手なんだ。なんでって言われたらわからないけど」
「……うーん。私がレジスの好きな子と似てるから、とか?」
冗談でそう言ってみると、レジスは私をじっと見つめてこう言った。
「そうだな。すごく似てる」
私の紫色の瞳を見ながら、レジスはそっと私の髪に手を伸ばすと、優しく触れた。
「フィーナにはいつか、俺の好きなひとの正体をちゃんと言わなければならないな」
するりと撫でるように髪を触られ、レジスの手が離れていく。
「それじゃあ、この時間が名残惜しいけど、俺はそろそろ戻るよ」
時計を見て立ち上がるレジスを見て、私もすぐに立ち上がる。もう昼休み終了ギリギリの時間だ。
その場で教室へ戻って行くレジスを見送る。レジスは何度も私のほうを振り返ってきた。そのたびに、私は笑顔でレジスに手を振った。
――私もいつか、獣化のことをレジスに話さないといけないときがくるかもしれない。
さっきのレジスの言葉を聞いて、私はそう思った。でも、騙していたと思われ、レジスに嫌われないだろうか。自業自得とはいえ、そうなってしまうのはつらい。
悩みながら倉庫へと戻る。最後にもう一度扉が開くか確認しようと思い手をかけてみると……。
「あれ?」
簡単に扉は開いた。中を見ても、昨日私が片付けてから変わったところは特にない。
誰かがきて開けたのだろうか? それとも、さっきは偶然開かなかっただけ?
「いったいなんだったの……」
私のひとりごとだけが倉庫に響く。
ま、手間が省けてラッキーだったと思おう。そのまま私は、深く考えることなく作業の続きを開始した。




