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少年少女の恋煩い1

 おにぎりを購買で売り出してから数日、売れ行きは好調だ。テキスト課題も終わりが見えてきて、やっと余裕ある日常に戻れそうだ。

 今日は倉庫の修復に力を入れようと思い、私は早い時間から倉庫の作業に取り掛かっていた。倉庫内の清掃は済んだので、今は壊れた板を新しいものに取り換えたり、古びた用具をピカピカに磨いたりしている。お陰でネジや金づちの扱いがとてもうまくなってしまった。

 倉庫へ行く日は、決まってシピとしてレジスに会いにいくようになった。今日もまた、昼休みにレジスの姿を確認してから私は獣化する。

 そういえば、おにぎり買い占め騒動が起きてからシピとして会いにいくのは初めてだ。少し間が空いてしまったので、レジスはシピのことを待ち遠しく思っているだろう。早く行ってあげないと。


「にゃー」


 レジスに気づいてもらえるよう鳴き声を上げると、レジスはこちらを振り向いた。


「シピ! 久しぶりだな」


 おいで、と手招きするレジスのもう片方の手には、私が作ったおにぎりがあった。レジスはおにぎりが売られる日はいつも買いにきてくれる。こうしてお昼ご飯として食べてくれている姿を実際に目の当たりにすると、気分が上がった。


「……はあ」


 そんな私とは反対に、レジスは大きなため息をついた。

 なんだか今日のレジスは元気がないように見える。いつもならシピを見つけると抱きしめたり撫でまわしたりしながら、饒舌になってとても楽しそうにしているのに、今日はどこか上の空だ。

 なにか落ち込むようなことがあったのだろうか。思い悩んでいるような表情をしているレジスが気になり、私はレジスの膝の上にちょこんと自ら乗っかった。

 じっとレジスを見つめると、レジスもこちらに視線を向け、真剣な顔をして私に話しかけてくる。


「……シピ、俺の悩みを聞いてくれるか?」

「にゃあ?」


 なあに? と言わんばかりに首を傾げる。

 まさか猫の姿のときにまでレジスの悩みを聞くことになろうとは、考えてもいなかった。


「実は、気になってるひとがいるんだ」


 頬を掻きながら照れくさそうに言うレジス。……これって、恋の相談!?

 いつもサロンではシピのことを想い人として相談してくるレジスが、シピに恋愛相談をするなんて……今度こそ本当に、好きなひとができたということだろうか。


「でも、この前その子が言ってたんだ。〝王子様みたいなひとが好き〟って。多分、明るく人気者で、社交的なマティアスみたいなやつが好みなんだと思う。実際楽しそうに話してるのを見た。……俺とは正反対だ。俺には王子らしさもないし、どうしたらいいかわからない」


 それって、もしかしてもしかしなくても――私のことじゃないか。

 以前サロンで相談されたときと同じようなことを思った。が、今回はそのときとはちょっとちがう。

 だって……今のレジスは、獣化した私でなく、私本人のことを言っているんだもの。

 散々マルトさんにも、レジスは私に気があると冷やかされていたけれど、本当にそうだったとわかるとどう反応したらいいのかわからない。

 レジスは私のことを「猫みたいだ」と言っていた。だから女嫌いのレジスも、私には懐いてくれていたというか、勝手に親近感を抱かれていたんだと思っていた。レジスは猫が好きだから。

 ちゃんとひとりの女性として見てくれていたなんて……。だから時々、嫉妬のような感情を私にぶつけてきたり、顔が火照るような甘い言葉を不意に言ってきたりしたのか。

 もしかして? とは思っていても、今の今まで確証なんてなかったから、私もうぬぼれることなんてなかった。

だって、こんなにかっこよくて、陰ではモテモテで、でも女嫌いで有名なレジスが、私みたいな目立たない貧乏令嬢を好きになるなんて思わないじゃない。……というか、私っていつも、レジスに自分の相談をされてる気がする。

 

「彼女と話すために話題を作ることに必死で、シピのことを想い人と見立てて相談するなんて情けない話だ。お前は猫なのにな。だから俺の本心を彼女は知らなくて当然なんだが……それでも、俺なりに一生懸命アプローチしてるつもりだった。でも、まったく興味を持たれていないのだろうか……」


 そう言うと、レジスは悲しげな瞳で食べかけのおにぎりを見つめた。哀愁漂うレジスと具がなくなって米と海苔だけが残っているおにぎりが妙にマッチしている。

ということは、レジスがおにぎりを毎回かかさず買ってくれるのも、この前の買い占めのことも、全部私のことを想っての行動に間違いない……?

 悩みなんてなさそうなクールなレジスを、こうまでさせた原因が自分だなんて、未だに信じられない。

マティアスのことだって、あれほどただの憧れと言ったのに、レジスには伝わっていないようだ。今すぐもう一度訂正したいが、この姿なのできちんと言葉にすることができない。


「にゃ、にゃー! にゃー!」


 伝わらないとわかりながらも、必死に「そんなことないわ!」と鳴く。

 珍しく鳴きやまない私に驚いたのか、レジスは残っていたおにぎりを一気に平らげると、両手で私を抱き上げた。


「シピ、俺のことを慰めてくれているのか?」

「にゃっ! にゃあ!」

「ふっ。ありがとう。お前のおかげでまたがんばろうと思えた。それに……俺の好きなひとは、お前に似ていて――とてもかわいいんだ」


 至近距離にあるレジスの顔。その瞬間、風がレジスの前髪を揺らした。

 露わになった青色の瞳は、私を映したまま愛しそうに細められる。

 ――ドクン、と、私の心臓が大きく脈打った。

 それと同時に、私は自分の本当の気持ちに気づいたのだ。


 私も、レジスにずっと惹かれていた。初めてここで会話をしたあの日から、ずっと。

 

「にゃあっ!」

「シピ!?」


 恋心を自覚した途端、鼻がぶつかりそうなほど近くにいるレジスに見つめられるのが恥ずかしくてたまらなくなる。

 私はレジスの手の中からぴょんっと身軽にすり抜けると、獣化のタイムリミットはまだ十分あるにも関わらず、そのままレジスの前から逃亡した。私が急に姿を消すのはよくあることなので、レジスも慣れているのか追って来ない。

 ひとり倉庫に戻り、獣化を解く。素早く衣服だけ身に纏うと、その場に膝を抱えて座り込んだ。

 ――まだ心臓がドキドキしてるし、体が熱い。

 さっきのレジスの表情や言葉を思い出すだけで、胸がきゅっとなる。

これからどんな顔をしてレジスに会えばいいんだろう。レジスは私に今の話を聞かれているなんて知らないから、いつも通りにしないといけないのはわかっているけれど。

 私がこの学園で誰かに恋をするなんて、エミリーの付き人をやらされていたときには考えられなかった。

 その後、私の頭の中はレジスでいっぱいで、倉庫の作業がまったくはかどらなかったことはいうまでもない。




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