#01I 別れ
モキナとの別れの風景です。
ここから、話しを広げて行く予定です。
新しい朝
一息おいて、モキナは表情を正すと、真剣な声色で言った。
モキナ 「最後の最後に、もう一つだけ。 皆さん、特にダンテさんやジーナさん、サテラさんはお察しだと思いますが、わたしたちを襲ったのはSAURESです。 ファリハさんたちが残していった荷物についていた紋章には、見覚えがあります。 どうか、SAURESとは距離を保ってください。 彼らの後ろにいるのは、超越種です。 神々を殺した者たちが、なぜ今になって地上に現れたのかはわかりませんが、また、大きな破壊行為が行われることになるでしょう。 彼らから離れていることに越したことはないと思われます」
ダンテ 「わかりました。 それは、エルフとも距離を置いた方が良いということですか?」
モキナ 「…いいえ、違います。 超越種はエルフの上位種です。 ですから、普通のエルフとは違います。 要注意なのは、ハイエルフです。 でも、彼らも一枚岩ではないでしょうから、一概に危険だとは言えませんが、ハンナさんと直接的にハイエルフと合わせるべきではないと思います。 ハンナさんは人族との混血ですが、ハイエルフの末裔です。 加えて、淵源が扱えて、オッドアイが開眼しています。 何かしらの面倒ごとに巻き込まれる可能性が高いとわたしの能力は判断しています」
ダンテ 「なるほど、わかりました。 ご忠告を感謝いたします」
モキナはダンテの返事を聞いて、表情を崩したが、今度はハンナが質問をしたらしい。 ハンナの右手が動いた。
モキナ 「はい。 ハンナさんの質問がありましたのでお答えします。 わたしたちの血に伝わる鍵のことについてです。 実は、わたしたちもよく知らないのです。 知らされていないと言った方がいいかもしれません。 そこに何が隠されているのか、誰も知らないのです。 それが、宝具のような物なのか、異世界などへつながる扉なのか… SAURESと超越種が探していた所をみると、強力な力を持つ何かだとは想像できます。 ですが、これも重要なことですが、彼らがそれを欲したというよりは、その存在自体を恐れて、この世から消してしまおうとしたようにわたしには思えます。 もしも、鍵を欲しがったとしたのなら、わたしたちを殲滅した意味が分かりません。 そのことは、夫の千里眼で確認が取れています。 あの岬で生き残った者は、時空を超えて飛ばされた者だけです」
ダンテ 「…ウリが今後、SAURESに狙われる可能性は?」
モキナ 「…少ないでしょう。 もともと、わたしたちエイキスの民は少数民族です。 容姿も亜人ともだいぶ違いますし、認知度はかなり低いでしょう。 魔人の間でも、余程博識な方くらいしか分からないはずです。 SAURESにしても、警戒するべきなのは軍の中央くらいでしょう。 ご存じかも知れませんが、SAURESは徹底してことを遂行します。 岬を囲んでいたSAURESは陸海空を張り込んでいましたから、エイキスは絶滅したという扱いになっていると思います。 時間も経っていますし、余程のことがない限りは問題はないはずです」
サテラ 「サテラです。 モキナさん。 皆さんが時空を捻じ曲げた古代魔法の痕跡を、SAURESに察知された可能性はありませんか?」
モキナ 「ええ、ほとんどゼロだと思います。 実は、あの古代魔法は、エイキスの中であの場にいた11士族の代表しか知りませんでした。 その上、魔力を遮断する特殊な結界の中で行いましたから、超越種にも察知されることはなかったでしょう。 あの場所に何の痕跡も残していません」
サテラ 「わかりました。 ダンテさん、大丈夫です。 モキナさんのおっしゃる通りだと思われます」
モキナ 「はい。 ですから、わたしの気がかりはハンナさんの方です。 これは、わたしの推測でしかありませんから、皆さんにもそのつもりで聞いていただきたいのですが… 本来、超越種がこの地上の事象に干渉してくること自体が稀です。 ましてや、人族と交わることなど聞いたことがありません。 ハンナさん、ごめんなさい。 わたしの表現を許してください」
モキナはハンナの反応を待って、また話し出した。
モキナ 「少なくとも、混血のハンナさんのことも、わたしたちが襲われたこともそうですが、わたしたちエイキスが知る1500年の歴史の中では、一度もそんな話はありませんでした。 もっとも、客観的に見て、わたしたちエイキスは神側の種族なので、いずれにしても、いつかはハイエルフに狙われることが想定されていたのでしょう。 代々と伝えられてきた種を保存するための古代魔法が、何よりその証拠ですね。 そして、そのことから導き出される推測が、ハンナさんがウリと同じ境遇にあるという可能性です。 正確にはハンナさんの立ち位置は、この場合、ウリの子供に当たりますが」
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モキナ 「ごめんなさい。 皆さんを脅かすつもりはないのですが、わたしにはそう思えてなりません。 ハイエルフたちは、地上よりもはるかに広いアンダーグラウンドの覇者です。 そんなハイエルフたちの統べる世界で何かが起こっていて、動乱から種を逃がすために人族と交わり子を残し、わたしたちと同じように、こちらに飛ばしてよこしたとしたら? そして、意図的にこの世界で一番守りの固いと言われたSTEIGMAに落とされていたとしたら? SAURESの裏に超越種がいて、そのSAURESに、わたしたちエイキスとSTEIGMAが滅ぼされたことが偶然とは、わたしにはどうしても思えないのです」
ダンテ 「なるほど。 可能性はありますね」
モキナ 「ええ… どうしても、そのことが気がかりで… こうして、皆さんにお伝えしているのです」
仰向けで寝ているウリのおなかの上に置かれたモキナの手が止まっていた。 そこに、ハンナの右手と優の右手が重なる。
優 「モキナさん。 あとは、任せてください。 モキナさんの不安も、希望も、その想いはオレたちが全部引き受けます」
モキナ 「ふふっ、不思議な人たちですね。 皆さんは。 … ええ! そうですね。 あとのことは全部お任せします!!」
ハンナが手伝って、眠っているウリをモキナに預けている左胸に抱かせた。
最後にモキナの泣き笑いがあって、一同はまだ、客がどんちゃん騒ぎをしているバーの店主のモアの好意で、屋上に通してもらっていた。 モキナが別れの場所に一番高い所を望んだからだ。
街灯に照らされた静かな外界人地区の街並みと、夜空の星々。 空気が澄んでいて、肌寒い。
起こされてぼーっとしているウリを、ハンナの左手はもう一度だけギューっと抱きしめた。 モキナがうなずいて、ミエスがウリを受け取る。
モキナ 「あっ、ミエスさん、ごめんなさい。 最後になってしまいましたが、ウリと遊んでくれてありがとうございます。 あっ、スクさんも、リフォさんも、ありがとうございます。 あと、ナト君にもどうかお話が分かる頃になったら、わたしからのお礼を伝えてください」
セシリアが『ふふふっ』と笑ってモキナに言う。
セシリア 「モキナさん、もう、十分にモキナさんの気持ちは私たちに伝わっていますよ。 どうか、旦那様と娘さま方に、こちらからも、よろしくとお伝えください。 わたしたちも時が来れば、そちらにお邪魔させていただきますので、その時に、お礼をして頂きますわ」
モキナ 「ふふふ。 わかりました。 では、みなさんを気長にお待ちしますね」
セシリア 「はい、是非」
モキナ 「あっ、大事なことを忘れるところでした。 わたしの可能性を視る力は『ワーブティバ』と言います。 この能力をおいて行きますね。 わたしからハンナさんへのギフトです。 魔力をかなり消費するので、少々扱いづらいでしょうが、ハンナさんなら問題ないでしょう。 あっ、でも、これは、『他のハンナさんたち』にお渡ししますね。 これから成長していくハンナさんの眼に影響を与えてもいけないので。 彼女たちなら上手く使ってくれるはずです」
ジーナ 「モキナさん、私からもお礼を… ありがとうございます」
モキナ 「ふふっ、もう一つ。 エイキスに伝わる魔法印を残していきます。 戒律に反しますが、わたしたちは滅んだのだから、もう、いいでしょう。 セシリアさん、この印をセシリアさんのインクで再現できますか?」
モキナはハンナのおなかの右側、何も書かれていない方に左手で、魔法印を書いた。 渦巻き状の太い線の中心から外側に2本の細い線が飛び出している。 直径は3㎝くらいだろう。
モキナ 「ごめんなさい、ハンナさん。 きれいな体に模様をつけさせてもらって。 セシリアさん、どうですか?」
セシリア 「わぁ、難しそうですけど、再現できると思います。 この魔法印は形と大きさの制限がついていますか?」
モキナ 「いえ、形と色が大事です。 大きくてもかまいませんが、形と色が少し違うと効果は期待できません」
セシリア 「大変そうです」
モキナ 「これは、魔素を吸収する時に、フィルターのような役目を果たしてくれます。 空間には純度の低い汚れた魔素がありますので、それを弾いてくれます。 ミエスさんのような達人にはあまり効果はないでしょうが、練度のあまり高くない普通の人ほど効果が期待できます。 人によりますが、私の経験上、エイキスの民だと多い人で魔力の質量が3倍にまで跳ね上がったことがあります」
ミエス 「なんと!? そんな便利なものがあったとは! うちの不器用な娘にもお願いできますかな?」
アーネ 「お父さん! そんな言い方しなくても… でも、お願いします」
モキナ 「僭越ですが、お望みであれば、みなさんにも施させていただきます」
ジーナ 「ええ、是非。 でも、場所はおなかですか?」
モキナ 「はい、できるだけ体の中心が良いので、このようにおへその少し下あたりがいいと思います」
ミエス 「それなら、みんなお揃いということで、ハンナ殿と同じ所につけてもらおう」
ジーナ 「それは、いいですね」
モキナが『はい、では…』とアーネから順に全員に魔法印を施していった。
アーネ 「結構、痛いですね。 まだ、ヒリヒリします」
モキナ 「ふふっ、そうですね。 でも、それは一生ものです。 効果が実感できるのは1週間後くらいからでしょうか。 みなさんの体に溜まっている純度の低い魔素が代謝されてしまった後にわかります」
優 「なんか、『○○の旅団』的な感じで、かっこいいです」
モキナ 「ふふふっ、面白い発想ですね。 あ、でも、魔法印はすぐに目立たなくなりますよ。 そして、セシリアさんにお願いの方になるのですが、ウリが大きくなったら、今度はセシリアさんのインクでこの子に書いてあげてほしいんです。 あ、ナト君にも。 小さなこの子たちが、初めから魔法印に頼るのは良くないので、もう少し成長してからお願いします」
セシリア 「はい、わかりました。 任せてください」
モキナはうなずくと、もう一度だけミエスの腕で眠っているウリをなでて、空を仰いだ。
モキナ 「もうすぐ、夜明けですね。 逝きます」
セシリア 「ええ、お気をつけて」
ジーナ 「よい旅を」
モキナ 「ええ、ありがとうございます。 それでは、皆さん。 あとはお任せします。 さようなら」
セシリアがハンナの左手に、文字を1つ落とす。 手に落ちて文字は、パッと光って消える。 同時にハンナの左手から順に目に向かって、鎖が剥がれていき、同じように光って消える。
目じりの最後の1文字が消えると、辺りには静けさだけが残った。
膝がかくっと折れたハンナを、優が支える。
一同がどことなく空を眺める中、セシリアが、『逝ってしまいましたね』とポツリと言って、全員から大きなため息がこぼれた。
優が『だいじょうぶ?』とハンナに聞いて、ハンナが『うん、ありがと。 平気』と答えた。
ジーナがセシリアにお礼を言って、セシリアが『さぁ、夜更かしもこの辺で』と笑った。
『部屋に戻りましょう』とアリスがダンテに言って、一同が振り返る。
ハンナ 「…お姫様抱っこ」
優 「ええ? さっき平気だって言ったじゃん」
プーとふくれたハンナを見て、優がフッと笑ってハンナを抱きかかえる。
ハンナがころっと機嫌を直して、優の首に手を回して、『近いよ』と言おうとした優の唇を塞ぐ。
『わお!』とジーナたちが言ったのを聞いて、後ろをダンテが振り返って慌てる。
ダンテ 「ちょっと、まて! コラ、優!!」
詰め寄ろうとするダンテを『いいじゃない、キスくらい。 まったく、このオヤジは』とジーナが止めて、セシリアが『そうですよ、ダンテさん。 キスくらいじゃ子供はできませんよ?』と笑ってからかった。
アリスが『ホントに、この人は。 ジルガスに蹴られますよ』と『だが…』と言うダンテの手を担ぐように引いて行く。 アーネが『おいてくわよー』と言って、笑い声が階段を下りていく。
手を繋いだ優たちが最後に部屋に入った。
ダンテとミエスとジーナが、デッキチェアにドンと座って、ジョッキにビールを注ぐ。
ジーナ 「もう、朝になってしまうけど、これを一杯だけ飲んだら寝るわ。 お昼に役所に行く用事があるからね」
そう言ったジーナの背中に寄り添うようにサテラが座る。 ミエスの隣にはセシリアが座り、ダンテの横にはアリスがちょこんと座る。
ダンテ 「ああ、だが、役所へ行くのはミエスさんと俺とお前の3人でいいだろ?」
ミエス 「まぁ、そうであろうな。 どうせ明日には全部の手続きが済まんだろうし」
ジーナ 「そうですね。 まだ、かかるでしょうね」
優とハンナも開いているデッキチェアに座って、アーネとスクとリフォが『ウリ君も寝ました』と戻ってきた。
ダンテ 「じゃぁ、改めまして、セシリアさん、ありがとうございました。 おかげさまで、色々とわかったことがあります」
ダンテがそう言って、ジーナが『そして、お疲れさまでした』とセシリアにもジョッキを手渡した。 セシリアが『どういたしまして』と言って、ジョッキを傾ける。
ジーナ 「みんなも、時間は気にせずに飲んで? 役所へ行くのは私たち3人だけだから。 モキナさんのお別れ会をしましょう」
ジーナの勧めで、アーネたちがグラスを取って、薄めたリキュールを注ぐ。 スクが優とハンナの分を運んで、全員にいきわたったところで皆がグラスを上げる。
モキナとの出会いと別れは、あまりにも唐突で、皆はまだ飲み込めていないのだろう。 思い思いにグラスが傾けられていく。
『ふー』と誰からともなく、ため息がもれて、『よっし!』とジーナが立ち上がる。
ジーナ 「私は先に寝るわね」
ダンテが『ああ』とジーナに答えた。
優 「ジーナさん、ごめん。 ちょっとだけ、待って」
ダンテ 「どうした、優? 今じゃなくちゃダメなのか?」
優 「うん、モキナさんが言ってたハンナのことで…」
ダンテ 「…ハンナの苗字のことか?」
ジーナ 「どういうこと?」
優 「そう... 昨日、ハンナとウリをKilniesの苗字で登録しちゃったのは失敗だったかなって…」
ハンナ 「ダメ…? だったの?」
優 「オレも、モキナさんの推測が全部当たってるとは考えてない… ハンナ1人のためにSTEIGMAが滅ぼされたというのはあまりに逸脱した話になるから… でも、作戦の中にエルフを探せということは組み込まれていたかもしれない。 だとしたら、もったいなかったかなぁって。 せっかくハンナは行方不明で消息を絶てていたのに、LEDASで登録しちゃうと、また、SAURESに手がかりを与えてしまうんじゃないかなって」
ハンナ 「ごめんなさい… 私は何となく、私とウリの名字が欲しくて…」
ジーナ 「ハンナ、大丈夫よ。 そうと決まったわけじゃないわ」
優 「うん、でも、オレは気になるんだ。 朝一であの室長さんのところに行けないかな? もしかしたら、まだ、間に合うかも。 昨日、書類が出来上がったのは夕方だったから、朝一なら…」
ジーナ 「…そうね、わかったわ。 …えっと、今5時半か。 飲み直しね…」
ハンナ 「じゃぁ、私もウリを連れてもう一度行くのね?」
優 「うん。 ごめん、ハンナ。 でも、せっかくモキナさんがくれた情報だから、なるべく生かせるようにしたいんだ。 無駄骨になるかもだけど…」
ダンテ 「いや、お前の感は当たってると思う。 それに、ハズレていてもいい。 優、危機管理の鉄則は何だった?」
優 「うん。 『大きく構えて、小さく治める』だったね」
ダンテが『正解だ』と言って、ミエスが感心する。
朝方のモキナのお別れ会は、まだしばらく続いた。
今回も3話だけの投稿になりました。
どうやら2万文字が限界のようです。
次回の投稿は8月の7日を予定していますが、未だ不確定な諸事情がありまして、都合次第で6日にアップすることになるかもしれません。 よろしくお願いします。