#02B 優の部屋
申し訳ありません。
何話かアップするつもりでしたが、いろいろありまして間に合いそうにありませんので、また、続きは次回とさせてください。
今回も2話のみです。
ハンナの不安の訳
―― 「ねぇ、優。 ダンテさんに言ってさ... 私たちもお父さま... じゃなくてミエスさんたちと一緒にZEVERIEに移住するように、考えてもらえないかな?」
優 「ふふっ。『お父さま』でいいよ」
ハンナ 「ごめん、もう『お父さま』に慣れちゃった」
ハンナは机に向かう優の邪魔をしている。 ハンナと違って、優は学業の基礎課程を1年残しているので、昨夜ダンテに『学校に戻るための準備をしておけ』とLEDASの最終学年の参考書を7冊渡されたばかりだ。
3階の角の優の自室には、洗面台とトイレ、部屋に備え付けのシングルベッドとクローゼット、その他にはほとんど何もなくて、がらんとしている。 勉強机に使っているビューローにオフィスチェアは、ケイブが必要だろうと子供たち全員に差し入れたものの内の1つだ。 そして、優の横でハンナがちょこんと座っている三脚は、ハンナがハンナの自室にあったものを持ち込んだものだ。
窓の外にはのどかな海沿いの町の景色が広がっている。 でも、ちょうど部屋の前に電柱が立っていて、窓の高さに碍子と電線があってその景観を損ねてしまっている。
もう一方の面にはベランダがあって、椅子を置いてくつろげるだけのスペースがあるのだが、向かいにベランダより少しだけ高いサビた鉄筋コンクリ―トの建物が作りかけのままで放置されていて、こちらも見た目がよくない。
優の部屋を見に来たハンナはベランダに出て、『うわぁ、残念ね』と嘆いていた。 でも、ベランダの隅に非常ハシゴと書かれたプレートをみつけると、『ああ! ちょっと待ってて』と優を残していそいそと4階の自室に戻っていった。
すぐに上の階で『ゴゴォッ』と何かを動かす音が聞こえてきて、ガチャガチャと金属音が鳴って、チェーン式のはしごが降りてきた。 そして、優の部屋のベランダには『つながった!』と嬉しそうにハンナが降り立ったのだった。
優 「ん? でも、なんでジーナさんに言わないのさ?」
ハンナは優の肩に顔をつけたまま『ふうっ』とため息をついて、顔を起こす。
ハンナ 「だって… 問題はお母さんなんだもん。 『LEDASに住む』の一択よ? もう、私のために専門学校を探してるし」
優は反笑いでふっと息を鼻からこぼしてペンを置く。
優 「ねぇ? それは、オレに言ってもダメって分かってて言ってるよね」
優が動いて、優の肩に顎を乗せていたハンナも体を起こして、優と向き直る。 優が机の上に積まれている参考書を指さして言うと、ハンナはしおらしく『うん』と答えた。
優 「ふふふっ。 森が恋しくなった?」
ハンナが『…もう! また、原始人みたいって言うんでしょ?』と優の膝をペシッと叩いた。
ハンナ 「――ちょっとあるけど、楽しかったし。 でも、違うの。 ずっとじゃなくてもいいの… 少しの間だけでいいから、人が争うのを見たくないって思ってて…」
ハンナが肩を竦めてうつむく。 優はオフィスチェアのタイヤを転がして、ハンナが座る三脚を両足で囲い込んだ。
優が手を伸ばす前にハンナは優に抱き付いた。 ハンナの髪をなでながら優は視線を右に動かす。
優 「でもさ... アウトフィールドに出ても、魔物だけじゃなくて、魔族たちとの争いが待っているかもしれないよ? 父さんたちは戦争が起こらない限りは、LEDASの方が安全だと考えているんだと思う。 それに… 実はオレも、人界の方が暮らしやすいと思ってる。 ほら、オレたちは普通の人族よりも強いから」
ハンナが不満げな顔を見せながら、優の胸を押して体を起こして言う。
ハンナ 「でも、この前はそのせいで争いに巻き込まれたのよ? ケイブさんとのことだって… ここにいれば絶対にまた優たちは戦うことになるでしょ…?」
優 「うん、絶対かは分からないけど、たぶん。 でも、何処にいても争いは起こると思うんだ。 仕方のないことだよ」
ハンナは『そうだけど...』とまた優の胸に戻ろうとした。 でも、優は『ああ! そうだ。 ちょっと待って、昨日読んでたんだ』と言ってそれを止めて、デスクから『認知心理学』と書かれた参考書を取ってページをめくる。
優 「あった。 ここだ。 “ホメオスタシス”って分かる?」
ハンナ 「…うん、わかるよ。 えっと、生物の内在する環境を保とうとする恒常性のことでしょ?」
優 「そう。 でもね。 これによると、オレたち人族は心の方までそのホメオスタシスが働くって書いてある」
ハンナ 「うん、そう言われているのは知ってるけど、何で?」
優 「ハンナは、今も不安なんでしょ? いつから?」
ハンナ 「うん… LEDASに着いてからずっと…? かな?」
優 「そう。 たぶんね、ホメオスタシスが動いているんだ」
ハンナ 「ん? どういうこと?」
優 「…STEIGMAを脱出する時に死にそうな目にあって、脱出した先の森でほっとして、ハンナの中の防衛本能はSTEIGMAから離れて旅をすることが“安心”だっていうふうに記録されちゃったんだ。 でも、旅がLEDASに着いて終わっちゃって、また、人界に戻ろうとしてるでしょ? だから、ホメオスタシスが警鐘を鳴らして、ハンナの思考に影響を及ぼしていて、“不安”っていうシグナルを飛ばしてるんだ。 『“安心と安全”な環境に戻れ』ってね」
ハンナ 「…あっ、なるほど! だから、私はずっとぼやーっとした不安を感じてるんだ」
優 「うん。 この参考書の言ってることが正しければ、そういうことだと思うよ」
ハンナ 「じゃぁ、私の本能がここが安心って思ってくれたら、これはなくなるってことよね?」
優 「そうだね。 でもそれは、時間が簡単に解決してくれるよ。 長く住んでいられるってことは、“安心と安全”の証明になるからね?」
ハンナ 「やっぱり… …すごいね、優は。 学者さんみたい」
優 「ハハハ、大げさだよ。 それに、これは『知識は知性にして初めて役に立つ』って、父さんの教えだから」
ハンナ 「うん。 ありがとう、優。 ちょっと、ここが軽くなった」
照れる優の顔をのぞき込んで、ハンナも丸い顔ではにかみながら、優の首に腕を伸ばす。
ハンナ 「いい?」
優 「うん…」
優が小さくうなずいて、ハンナの腕に力が入った。
その直後に『バン!』とドアが開いた。
アーネとリフォが『ああ! やっぱり、いた!!』とパッと離れた優とハンナを見て言った。
リフォ 「ハンナ姉ちゃん、優さんとHなことしようとしてた…」
ハンナ 「ち、違うわよ!!」
アーネ 「…ハンナ、部屋の外までピンクの空気が洩れてたわよ」
ハンナ 「ホ、ほんとに?」
アーネ 「ハハハハ、嘘に決まってるでしょ。 でも、これは、口止め料が発生する案件よね。 ねぇ、リフォ?」
リフォ 「うん、最低でもプリンね? あっ、ケーキがいいかも! で、優さんからは――」
優 「オレも入ってんの!?」
アーネ 「それは、そうでしょ。 次からは部屋の鍵をかけてした方がいいわよ?」
優 「いやいやいや、ノックしてよ。 って、鍵かけてたらさっきのアーネの勢いでドアが壊れてるよ!」
ハンナ 「…で? 何か用なんでしょ?」
アーネ 「あぁ、そうだった。 ジーナさんが呼んでる。 キッチンのオーブンとか買いに行くから一緒に行かないかって」
ハンナ 「あっ! 行きたい。 ごめんね、優。 また今度ね? 私、ちょっと行ってくる」
優 「ハンナ…? おかしいって。 オレたちがなんかしてたみたいな感じになってるじゃん。 オレ、勉強してただけだからね?」
ハンナはぺろっと舌を出して『そうだっけ?』ととぼける。 そして、『行くわよ!』とアーネとリフォの手を引いた。
リフォ 「ああぁ、わたしは優さんに口止め料の請求が――」
ハンナ 「――プリン作ったげるからっ! 優、カギ閉めといてね!」
ハンナがアーネたちを連れて部屋を出ていく。 『ええっ!? ケーキって言い直したのにぃ!』 小さなつむじ風が遠ざかっていって、優は自室のドアを閉めた。 でも、鍵は掛けなかった。
次回は8月の27日あたりに投稿を予定しています。
よろしくお願いします。




