#01A 海辺の宿営地
前作までお付き合いいただいた方々、ありがとうございました。
また、メールをくださった方、評価をつけてくださった方には、重ねてお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。
本業の都合で投稿のペースを落としてしまいますが、今後ともよろしくお願いします。
Msaki。
イカダ造り
無人の荷台に太い青竹をいっぱいに積んで、ジルガスたちの引く馬車は河口の側の道に出てきた。
波の音が遠くに聞こえてきて、ぐっと潮の香りが強くなる。 太陽がまぶしい。
苔の生えた石畳の路面には、何十本もの真新しい車輪の跡がついていて、その上を引きずられて竹の葉がサラサラと音を立てている。
竹の葉の音が聞こえたのだろう。 河原のアリスたちが振り返った。
御者台には優とハンナがいて、優について行っていたハンナがアリスたちに手を振る。
ISMINTIの旧道は、海岸線の手前で何本かに分かれて海につながっていた。 その一つにダンテたちはいる。
アリスとジーナとダンテが河原で作業をしていた。
枝を落とした20mほどの長さの竹を、交互に上下を逆さまに合わせていって、縛って太い1本の丸太に仕上げていっている。 海を渡るためのイカダの土台部分を作っている最中だ。
1本目の直径が1mの丸太はもう出来上がっていて、ロープで縛られて川に浮かんでいる。
製作している2本目の丸太も、半分ほど仕上がった状態だ。
1m置きくらいに細いワイヤーで竹同士を留めていっている。 ジーナとアリスが竹を抑えて、ダンテが力任せにワイヤーで絞める。 地道で気長い作業だが、これから200kmもの距離の海を渡ろうというのだから、手を抜いてもいられないだろう。
御者の精霊はダンテたちがいる河原の横で馬車を止めると、振り返って優に合図をした。
優が『ありがとう』とお礼を言って、御者台から飛び降りて後へ回り、青竹を2本ずつ肩に乗せて、ダンテたちのもとまで引っ張っていく。
ダンテも作業をおいて竹を運ぶのを手伝う。 50本ほどの青竹が全部降ろされると、御者の精霊は海岸の方へ向かう。 馬車を回して戻ってくるためだ。
ダンテたちが作業している少し上流の小さな砂浜では、ナトとウリが遊んでいて、それをミエスがお守をしてくれていた。
そこに向かって、水筒を持ったハンナが河原をかけていく。
ハンナがミエスの所まで行って何か話していると、ウリが何かを発見していたらしく、その喜びを共有するためにハンナにかけよった。 黄色い玉石のようだ。 ナトも水溜まりから出てきて、ハンナの笑い声が聞こえてくる。 楽しそうだ。
でも、すぐに馬車が戻ってきてしまって、ハンナはミエスに頭を下げて河原をかけて戻ってくる。 そして、優と一緒に御者台に乗るとハンナは手を振って、馬車はまた森の方へ戻って行った。
森は、弧を描いた形の海岸線にまで伸びてきて、砂浜の手前で唐突に止まっている。
ダンテたちのいる河口の河原から300mほど離れた森のすぐ脇の浜辺には、馬車に乗せていた荷物が全部降ろされていて、簡易タイプも入れた全部で5つのテントが張られている。
灰色の大きいのが2つ、茶色いのが1つと迷彩柄のが2つだ。 人数分の竹製の椅子やテーブル、大型のハンモックも竹で組まれた枠に張られている。 日が西に傾いて森の陰に入ったばかりで、傍から見ればちょっとしたリゾートのディスプレイみたいになっている。
そんなテントの側で、何やら探声が聞こえる。 セシリアたちが夕食の食材と格闘中だ。 パミュカラバスだ。
13人とプラス精霊の分の食事ともなれば、それなりの量が必要になる。 パミュカラバスは甲羅の部分は食べるところがほとんどない。 だからハサミと足と尾っぽの肉がついている部分だけを食べる。 14人分ともなれば、1人1匹くらいでも余りはしないだろう。
今日はハンナが3人のもとにいないので大変そうだ。 もっとも、ハンナが優について行ったのは、セシリアたちが勧めたからだ。
しかし、『自分たちもみんなの役に立ちたい』と調理役を買って出たのはいいが、さっきからずっと、ワーキャーと言っているだけで、仕事はあまり進んでいない。
パミュカラバスの調理手順は、簡単だ。
その辺にいるのを捕まえてきて、生きたままお湯を沸かした鍋に放り込んでさっと茹でる。 そして、30分ほどで茹で上がったのを、部分別に取り外して殻を割って身を取り出す。
少しだけ厄介なのは尾っぽの部分で、ここにある内臓は全部取り出さないと必ずあたる。
内臓を取り出した後、海水できれいに洗って、身だけにしたものをもう一度さっとお湯にくぐらせて下準備の出来上がりだ。
セシリアたちは、ハンナがしているのを見ているので、この工程を全部知っている。 だが、手際が悪すぎて、最初の部分でつまずいてしまっている。
パミュカラバスのハサミは強力で、はさまれでもしたらケガどころではすまない。
スクは、ダンテから借りた鉄の籠手をつけてパミュカラバスを捕まえてくるのだが、いくらおとなしいパミュカラバスでも茹でられるのは嫌らしく、鍋に近づけると熱を感じて暴れ出す。 そして、それが怖くて、スクはパミュカラバスを離してしまう。 地面を転がったパミュカラバスは、ドタバタと起き上がって逃げていく…
それを片足立ちで仰け反って見守っていたセシリアと、鍋のフタを構えたままリフォが『惜しい!』 『もうちょっとだった』と励ます。 うなずくスクは涙目だ。
3人で交互に挑戦するが、今の所、茹で上がったのは2匹だ。 2匹ともセシリアがなんとか鍋に放り込んだもので、リフォとスクはまだ一度も成功していない。 夜までにはまだまだ時間があるが、これは気の長い話になるだろう。
ダンテたちは、カンジョナ渓谷での騒動のあった場所からここまで、650㎞の距離を14日間かけてやってきた。
途中、2つの士族の領土を通ってきた。 その内の1つ領地の湿原地帯では、ラナ族に通せんぼされたせいで、3日ほど余分な時間を費やしたりもしたが、全員そろって無事に海まで着いた。
そして今日が、海岸線に着いてから4日目の午後だ。
ダンテの右手はとうに完治していて、ここに着いて早々に優は、代行していたリーダーの役職をダンテに返した。
ダンテは話しをジーナに振りながらも、渋々と役職に戻った。
ダンテたちは、ここから東南東の方角にあるLEDASに行くために、馬車ごと浮かせられる大きさのイカダを作っている。
馬車の全長が6m半もあるので、それを乗せるためのイカダもかなり大きなものになる。
十分な浮力を得るために、ダンテたちはイカダの土台部分に近場でみつけた竹を材料に選んだ。 それが今作っている2本の青竹の丸太だ。
そして、それが出来上がれば、2本の丸太は馬車の両脇に挟むようにして取り付けられる。 この時、馬車の4本の車輪は下半分くらい海に浸かることになる。 もちろん、このイカダを組む作業は水の中で行われる。 陸地で組んでしまっては、重くて後で動かせなくなるからだ。
次の工程は、森から木材を切り出してきて、2本の青竹の丸太に固定した馬車の前と後ろの空いた部分を、木材を使って固定していく作業になる。 補強が終わると、全長20m、幅5mほどの巨大なイカダが出来上がる予定だ。
組み立て場所に河口を選んだのは、波がなくて作業がしやすいからだ。
イカダが出来上がったら、ダンテたちは波の少ない早朝を見計らって出航するつもりでいる。
この海は内海だから、沖まで出てしまいさえすえば波は穏やかだ。
LEDASまでは直線で220㎞。 風さえ手伝ってくれれば2日もかからない距離にダンテたちはいる。
イカダの推進力は風。 半円形に張った結界を帆の代わりにして進む予定だ。 幸い一団には結界魔法を扱える魔導師が2人もいるので、問題はない。 アリスとミエスが交代しながら、昼夜進むことができるだろう。
目指すのは、LEDASの西海岸の港町・MIESTA。 人口16万人ほどの田舎町だ。
ジーナとサテラが行っていたVAKARUからほとんど真北、直線の400kmの位置にある。
MIESTAはドワーフたちの帝国・PRAMONES北部からLEDASに物資を運び入れる時に使われる物流の最初の中継地点で、海の側の人界と外界の交わる場所だ。 だから、亜人や魔人たちもLEDASの定めた法律を守ることを条件に、滞在や一部の地域での居住が認められている。
ダンテたちの予定では、まず、MIESTAからLEDASに入国し、難民であることを申告して“一時居住権”を得る。 その後に、永住する意思を表明して宣言書を提出し、LEDAS国籍を所得するための手続きに入ることになっている。
書類審査には時間がかかるだろうから、ダンテたちはしばらくの間、MIESTAに住むつもりでいる。 国民権を所得することが出来たら、南の商業都市・VAKARUか、北東の工業都市・ULTUのどちらかに移住するつもりだが、今のところ、まだ先のことだとダンテたちはそれを保留にしている。
LEDASに住む予定のダンテたちと違って、ミエスたちの目的地は北のPRAMONESなので、ダンテたちとMIESTAでしばらく過ごした後、ミエスたちとはそこで別れることになるだろう。
MIESTAでPRAMONESに入国する方法を調べて、それがわかり次第、旅立つはずだ。
ミエスたち魔人もLEDASに住めなくはないだろうが、やはり、文化や風習が大きく違う彼らにはPRAMONESの方があっているだろうと彼らは考えていた。 魔人たちは個別主義で、他種族が創る国家というものに対しては所属意識が乏しい。 その範囲はせいぜい自分たちの仲間か、種族単位までで、それ以上に強い繋がりを持てないのが魔人たちだ。
もっとも、名前も顔も知らない者たちと思想や信条を共有して、大きなムーブメントを起こせる人族の方が特殊なのかもしれない。
日が傾いてきて、テントには戻ってきたミエスと子供たちの姿があった。
ナトとウリはさっと着替えて、物干しロープにぬれた服をつっていく。 そして、昼寝だ。 ウリとナトは自分たちのテントに入っていく。
セシリアたちのようすを見に行ったミエスの笑い声がテント裏の森にこだまする。
汗だくのセシリアたちをミエスが手伝って、今夜の夕食のメインディッシュはようやく現実味を帯びてきた。
川辺の竹を積んだ馬車の御者台からは、アーネとサテラが降りてきた。
アーネとサテラは1本ずつ青竹を担いで、ダンテたちのいる河原まで運んでいく。
ダンテ 「ああ、2人ともお疲れさんだ。 あとはオレが降ろすから任せてくれ」
『大丈夫。 私でも運べる』と申し出たアーネに、『このパーティーのルールだ』とダンテは笑って言って黙らせた。
ジーナたちが立ち話で談笑する中、ダンテが一度に7・8本ずつ青竹を担いで河原に下りていく。 海辺では夕方の狩りの時間なのか、カーリャたちが騒ぎ始めて、キャーキャーと鳴いている。
6往復目でダンテは全部の青竹を運び出し、御者の精霊に合図を送る。
海辺で馬車を回してきた御者の精霊は、ダンテたちに片手をあげて止まらずに森へ向かって行った。
サテラとアーネも手伝って、竹の丸太作りが進められていく。 サテラたちが青竹の小枝を切っていき、ジーナたちがもとの作業を続ける。 この後に優たちが運んでくる青竹は丸太作りは余るだろう。 もうすぐ完成だ。
日暮れの少し前になってから、優とハンナは馬車に乗って戻ってきた。
ダンテたちがいる河原に青竹を降ろしてしまうと、馬車の仕事は終わりで、テントの方に戻っていく。
ハンナも一緒に、馬車に乗ってテントに戻ってきた。
御者の精霊が、今日の仕事を終えたジルガスたちに水と干し草を与えるために、馬車のハーネスを外している。
ハンナはテントからバケツとゴーグルとタオルをもって、その足で海へ向かった。 太陽が森に隠れてきていて、涼しくなってきている。
河口の近くの海辺では、上半身裸の優が海に入ってハンナを待っていた。
優が海に潜って、ハンナはバケツとタオルを持ったまま浜辺で待つ。 5分ほどして出てきた優の左手には、束になった茶色いワカメがあった。
優 「今日は何にもいないなぁ。 ちょっと時間が遅いからか見えないや。 どうする?」
ハンナ 「あ、ワカメだけでいいかも。 セシリアさんたちがパミュカラバスを捕ってくれているはずだから、後はツルナとオカヒジキであえて、パスタで食べる」
ハンナは『うん、大丈夫。 上がって』と言う。
後片付けを終わらせたダンテたちのもとまで行って、優に川の水をバケツにくんでもらい、ハンナはワカメをガシャガシャと洗っていく。
そこへ『今日のご飯はなぁに?』とアリスが寄ってくる。
アリスは2・3ハンナたちと他愛もない話をして、歩いてテントの方へ戻っていくダンテたちのもとに『今日はパスタだってー』とかけて行く。
ワカメを入れたバケツを持ったハンナと、首からタオルとTシャツをぶら下げた優も、テントの方へ歩き出す。
優 「また、パスタなの?」
ハンナ 「なんで? 飽きた?」
優 「…すぐおなか空くから」
ハンナ 「ふふふ、そうだった。 ココナッツミルクもあるよ」
優 「 … うん」
ハンナ 「あ! ゼラチンが残ってるから、ココナッツプリン作ったげる」
言っていて、急に張り切りだしたハンナが、声を張り上げる。 明かりがつけられたばかりのテントの中からハンナの声を聞いて、甘いものに目がないナトとウリがハンナたちの方に駆けだしてくる。 ハンナが明るい声でウリたちに『でも、手伝ってねぇ』と答える。
テントの裏手に戻ってきたハンナに、お疲れ気味のセシリアたちが『調理場をお返しします』と頭を下げた。
ミエスも手つだって、なんとか20匹のパミュカラバスの調理の下準備が済んでいた。 ハンナも頭を下げて、
ハンナ 「わぁ、ありがとうございます。 もう十分です。 あとは、任せてください」
と明るく返す。 セシリアたちが申し訳なさそうにもう一度頭を下げるので、
ハンナ 「お疲れさまです。 おかげさまで、今日は私も竹林で遊んでリフレッシュしてきました。 皆さんもどうぞ、アーネさんたちのところでくつろいでいてください」
ハンナがセシリアたちの背中を押して、調理場にしている簡易テントからアーナたちの方へ送り出した。
ハンナは覚えたての火の魔法で、魔石に点火してお湯を沸かす準備をする。 仕上がったパミュカラバスの肉を確認した後で、海菜の下準備にかかっていった。
ジーナたちが座っているテーブルの向こう側で、ダンテと優が馬車の幌を枠組みごと外していっている。
パーティーの人数が増えてテントの数が間に合わなくなったので、ダンテとアリスとサテラとジーナの4人は、馬車の荷台を寝床にしていた。
しかし、竹の丸太も出来上がって、明日からは馬車がイカダ作りに使われてしまうので、幌を外して寝床を移すのだ。
幌はテントの横に並べられ、そして、テントと同じようにロープとペグで止められた。 地面に直接ラグマットを敷いて出来上がりだ。
出来上がった新しい大型のテントは、すぐにナトとウリの秘密基地になった。
空に星が輝くころには、夕食を済ませた一行は各々に行動をする。
水浴びに川へ行く者たち、浜辺に星を眺めに行く者たち、お酒を片手に話し込む者たち。
浜辺の宿営地は、静かに更けていった。
次回の投稿は7月7日に予定しています。