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07




 授業が進み、昼休みになった。

 知世が声を掛けてくる。

「晶紀さん、お昼ご飯ご一緒しませんか?」

「う、うん」

 晶紀は気のない返事をする。

「じゃ、机の向きを……」

 晶紀は立ち上がって、教室を出て行こうとする。

「あ、あの、どちらに……」

 晶紀が手を取って、知世を立ち上がらせる。

 知世も慌ててお弁当を取り出して、晶紀についていく。

 廊下を進み、階段を上がる。

 晶紀は物陰から誰かを追っているように見える。

「あ、あの、どちらにいかれるのですか?」

「静かに……」

 と言って口に指を当てる。

 晶紀が扉越しに見ている先に、ソバージュのロングヘア…… 山口あきながいた。

 山口は携帯電話で誰かと話しているようだった。

 おそらく晶紀は通話が終わるのを待っているのだろう。

 知世は小声で言う。

「もしかして、山口さんを追いかけているのですの?」

「……知世はいや?」

「いいえ。晶紀さんがいれば、私は大丈夫です」

「よかった」

 山口が携帯をしまうと、屋上のベンチに進んだ。それを見て晶紀と知世が近づく。

「山口さん」

「?」

 晶紀が呼びかけると、ゆっくりと顔を上げる。

「転校してきた…… あ、ごめん」

天摩(てんま)晶紀(あき)です。よろしく」

「で?」

「ここで食べてもいいかな?」

 立ち上がろうとする山口。

「ち、違うよ、一緒に食べない?」

「……」

「私もご一緒させてくださいな」

 晶紀を中心に山口が晶紀の左手、反対側に知世と並んで座った。

 各々、黙ってお弁当を広げ始める。

 知世は手作りのお弁当らしく、ランチバックから取り出して膝の上に広げる。

 晶紀は初登校日だった為、コンビニのレジ袋から総菜パンを取り出す。

 山口も知世と同じように手製のお弁当だったが、黒のお弁当ケースからステンレスのお弁当箱を取りだした。

『いただきます』

 三人で声を合わせて食べ始めるが、晶紀は買ってきた量が少なかったのか、知世が三分の一を食べたか食べないかの時間で、食べ終わってしまった。

「……」

 山口のお弁当は、きれいな形の揚げ物が一つ、シューマイが一つと白飯が三分の一ほど残っていた。梅干しは食べ終わっていて種が端に見える。

 晶紀の視線に気づいたのか、山口が言う。

「お前、食べるの早いな。もしかしてお腹空いてる?」

 首を右、左と振りかけて止め、激しく縦に振る。

「ははっ…… じゃ、どれが欲しい?」

 晶紀が小さい声で言う。

「シューマイ……」

「いいよ。(うち)のは米以外、全部冷凍食品だけど」

 うんうん、と言わんばかりに首を縦に振る。

 山口が箸でシューマイを晶紀の口に近づけると、急に晶紀がシュウマイに食らいついた。

「おい…… 行儀悪いぞ」

「(おおめん)」

「食べながら喋るのも同じ」

 晶紀は急いで飲み込んで、口の中に何もなくなってから言う。

「ごめんなさい」

 それを面白くなく思っていたのは知世だった。

 両手で晶紀の顔を自分に向かせると、知世のお弁当を見せた。

「私も食べきれないので、あげますわ。どれがよろしいですか?」

 知世のお弁当はブロッコリーやニンジンもあり色とりどりなお弁当だった。様々なオカズのなかから一つ、晶紀の目についたものがあった。

「じゃ、じゃ、ウィンナーをもらってもいい?」

 飾り包丁をいれ、一方の先が開いているウィンナー・ソーセージ。いわゆる『タコさんウィンナー』だった。これは冷食ではないだろう。つまり、手作りのはず、と晶紀は思った。思いがけず人生初めての『タコさんウィンナー』を食べることが出来るなんて。

 晶紀は膝の上で拳を作ってギュッと握りしめた。

「いいですわ」

 箸で挟まれたウィンナーと落ちてもいいように手がそえられる。

 口に近づいてくると、知世が言う。

「あーん」

 晶紀は口を開ける…… が、一瞬、変なことを考えてしまう。ここでガバッと大口を開けたら知世に嫌われるのではないないか。その思いが、口を開くのを遅らせる。

「あっ!」

 唇に触れた『タコさんウィンナー』は口の中にも、箸からも外れ、宙を落ちていく。

 完全に床に落ちた、と思われたウィンナーが手の平にのせられている。

「み、三倉っ」

「えっ! 誰、この子!」

 山口が大きな声を出す。

「あら? どこかで……」

 晶紀は慌てて周りを見渡す。幸い、屋上には三人以外、誰もいなかった。

 三倉の手からウィンナーを取って食べると、三倉を鈴に戻して手のひらに収める。

 持ってきていた鞄を取り出し、神楽鈴を取り出して三倉だった鈴を取り付けた。

「ごめんね」

 晶紀は神楽鈴を持って振り返る。山口と知世は神楽鈴を物珍(ものめずら)()に見つめる。

「なんだその鈴……」

「?」 

 神楽鈴を振りながら左から右へ流れるように動かす。

 二人は神楽鈴に惹きつけられるように顔を鈴に向け、右端で止めた時には目をつぶっていた。

 晶紀も目を閉じると、すぐにベンチに座った。

手でスカートをギュッと握ると『これで何事もなかったかのように戻るはず』と晶紀は思った。

 しばらくして、三人が一斉に目を開ける。

「おいしいですか?」

 知世がきくと、晶紀はゆっくり向き直る。三倉が飛び出してきてウィンナー手で受けたことを二人が憶えていたら…… 確かめるように表情を確認し、安心する。

 そして、笑顔で答えた。

「おいしい。最高においしいよ」

「よかった!」

 知世の喜ぶ顔を見て、立ち上がる。

「っていうか、人生で初めてタコさんウィンナー食べたよ! 感激だよ」

 それを見ていた山口は唖然とした後、ぷっ、と吹きだして笑う。

「お前、変なやつだな」

 立ち上がった晶紀が振り返って頭をかくと、笑顔を返す。

「良かった」

 山口が首をかしげる。

「何がよかったんだ?」

「転校した日に友達が出来るか、すごく心配してたんだ」

 晶紀はそう言って、二人と握手した。

「今日だけで二人も友達が出来たんだもん」

 屋上には三人の笑い声が響いていた。




 昼休みが終って、三人は教室に戻って授業を受けていた。

 淡々と授業が進んでいったのだが、晶紀が何気なく山口の方を見た時、先生から見えないようにスマフォを確認していた。

 まただ…… 昼休みと同じように何か友達のメッセージを確認しているのだろう、と晶紀は思った。

 しかし、どうも表情が普通ではない。

 晶紀は気になりだして、授業に身が入らなかった。

 休み時間になると、晶紀は山口の机に行った。

「どうしたの? なんか具合悪そうだけど」

 山口は、急に作り笑いを浮かべて、言った。

「別に。今日会ったばかりだから知らないだけじゃない? あたし、普段からこんな顔だよ」

 言い終わると、すぐにさっきまでの浮かない顔に戻った。

 知世が遅れてやってきて、言った。

「何かありましたら相談にのりますから、無理せず言ってくださいね」

 二人から視線を逸らすと、独り言のように言った。

「ちっ、上からかよ」

「いや、別に上からってわけじゃないよ。力になれなくても、話せば楽になる、ってこともあるし」

 と、晶紀が慌てて弁解する。けれど、それ以上山口が口を開くことはなかった。

 この日の最後の授業の先生が、早めに教室に入ってくると、生徒は急いで自席に戻る。

 晶紀も、ポン、と軽く山口の肩を叩いてから自席に戻った。


 授業が進んでいく間も、晶紀は山口のことが気になって頻繁に視線を窓際に座っている山口に向けていた。

 左隣に座っている知世もそのことに気付いていた。

 山口はひとつ前の授業より、頻繁にスマフォの画面を確認しているようだった。

 メッセージをやり取りしているようではない。山口から何か文字や音声などを返している動きはない。何か、状況を確認しているようだった。確認する度、表情が険しくなる。晶紀は、もしものことを考えた。

 助けてくれた山口に何かしてあげられることはないか。晶紀は決心していた。

「どうかいたしましたか?」

 小さい声で知世が晶紀にたずねる。

「なにが」

「なにがって山口さんのことですわ」

「知世も気がついた?」

 教室全体が騒がしい雰囲気になってしまい、先生が少し大きな声になって生徒の側に振り向く。

「……ちょっと騒がしいぞ。ん? 山口どうした?」

 山口が手を上げて、立ち上がった。

「具合が悪いので早退します」

「具合が悪い? 熱でもあるのか……」

「いえ、強い吐き気があるので家に戻ります」

 さっさと鞄を手に取り、教室を出ていく。

 先生は、追いかけるわけでもなく、声を掛けるだけだった。

「あっ、お医者さんにいくんだぞ。帰り道気を付けるんだぞ。倒れそうだったら救急車を呼ぶんだぞ!」

 先生が言っている間に、晶紀も鞄を手に取り立ち上がっていた。

「私もすごく吐き気がするので、早退します」

 晶紀が出て行こうとするのを、知世が追いかけるような恰好で、教室の後ろの扉のあたりで言う。

「私も気分がすぐれないので、早退いたします。みなさんごきげんよう」

 一瞬の間に三人の生徒が早退する事態となり、教室にいた先生と生徒は唖然とするばかりだった。




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