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06




 知世と晶紀の二人は教室に向かい、ゆっくりと廊下を歩いている。

 すると、知世が急に前に出て振り返った。

「晶紀…… さん」

 両手で晶紀の手を取ると二人の距離が近づいた。

「ち、知世?」

「えっと…… 私。実は晶紀…… さんにお会いしたことがあるような気がして」

「あっ、あれ? そんなことないんじゃ」

 昨日の晩確かに会っている、会っているどころかキスまでしていた。だけど術をかけて記憶を消したはず…… まだ術が未熟だったのだろうか。晶紀は、一瞬の間に様々なことを考えた。

「そうなのです。そうなのですよ。記憶はないのです。だけど、初めて会ったのにそんな気持ちがするなんて、きっと晶紀さんと私は相性が良いかと思って」 

 良かった。キスしたことは覚えていない、と思い晶紀はホッとする。

「私もそう思う」

「やった!」

 そう言って知世が抱き付いてくる。

 頬と頬が触れる。一気に体が熱くなる。

 視線を感じて、視線を移すと、教室側から何人かが白い目で二人を見ているのに気づく。 

「ちょ、ちょっと、知世。ほら、他のクラスの人がこっち見てる」

「そうでした。授業中でしたわね」

 体を離して身繕いをすると、二人は再び歩き始めた。

「さっきはびっくりしましたね」

 晶紀は知世の顔をみて考えた。今度は何のことを言っているのだろう。目出し帽が蛙に化けたことを言っているのか、蛙が飛び跳ねた後、どこかへ消えてしまったことだろうか。いや、それより保健室の先生が突然首を絞めてきたことか。それとも……

「校舎内にあのような不審者が侵入しているなんて。本学園のセキュリティは問題がありますわ」

 ああ、そこか、と晶紀は思った。普通はそこに驚くだろう。おそらく黒ずくめの男二人は公文屋の仲間、あるいは公文屋に指示されて私を狙って来た連中に違いない。

「ごめん」

「なんで晶紀さんが謝るのですか。こんなの警備が悪いに決まっています。もっと塀を高くするか、防犯カメラを増やすとか。もしカメラに映っていたのだとしたら、それを見逃す警備員の怠慢ですわ。綾先生と一緒にあそこで待って、やって来た警備員に嫌味のひとつでも言ってやろうと思っていましたのに」

「そ、そういうつもりだったの」

「そうおもいませんか?」

「ま、まあ、少しは、思うけど」

 と晶紀は認めながら、自分の考えを言った。

「けど、このことはクラスの皆に言わない方がいいよ。皆、パニックになっちゃう。先生を通じて正確な情報を伝えてもらわないと」

「パニックに…… そうですね」

 知世はうなずいた。

「そういえば、保健室のことですが、晶紀さんと佐倉先生とはどういうご関係なのですか? お知り合い、という訳ではないのですよね」

 晶紀は思い返した。『(わし)佐倉(さくら)あやみ。天摩の者を助けよと言われておる』と言った言葉とともに、晶紀の頭に同じ意識が伝わって来た。長い黒髪、大きく輝くような瞳の先生。天摩と同じ術を使う者が、この土地にもいると聞いていた。

「うまく話せないんだけど…… 親戚みたいなもんなんだ」

「そうでしたか」

 そんな説明で納得するとは思っていなかったが、知世がにっこり笑ってうなずくのをみると、晶紀も微笑み返した。

「あっ」

「知世、どうしたの?」

 知世は天井に向かって指を立てる。

「チャイム聞こえますよね? 一時間目の授業が終わってしまいました」

「ま、まあ、あれだけいろいろあれば……」

「そうだ。一緒に補習を受けましょう。ね、晶紀さんといっしょなら補習もさみしくありませんし」

「えっ、一時間だけなのに補習があるの?」

 晶紀は思いだす。恐山校ではそんなことはなかった。いやそういうルールがあったのかもしれないが、誰もやらないから『ない』と思っていただけなのかも……

「ええ、希望者が受けられるものですわ。何しろ高い学費を納めているのですから」

 ちょうど、一時間目の授業を終えた児玉先生が教室から出てくる。

 知世が駆け寄る。

「先生、さっきの授業の補習を受けたいのです」

「あら宝仙寺さん、体はなんともないの?」

「ええ、平気です。天摩さんも元気です」

 児玉先生が晶紀の方を振り返る。

 頭の天辺から足の爪先まで、ゆっくり、じっくりと観察するような視線。

「天摩さん、天摩さんは大丈夫…… だったんですね。それではお二人とも補習を希望されているということでいいですね」

『はい』

 知世がハリのある声で元気よく答え、晶紀はあまり乗り気ではないのか、ぼそりと答えた。

「わかりました。日程は調整して連絡しますね」

 と言い、教材を胸に抱え、小さく手を振りながら去っていく児玉先生。

 知世が教室に入り、晶紀も教室に入ろうとすると、扉の横にいたのか、突然教室から出ようとする生徒とぶつかった。

 晶紀にぶつかった碧い目の銀髪の生徒は、晶紀の勢いに押されたように後ろに倒れてしまう。

「あっ!」

 晶紀は鞄そっちのけで両手を差し伸べると、銀髪の生徒が尻餅をつく寸前に抱き上げた。

 二人の顔が、焦点が合わなくなるほど近づく。

 晶紀が、立ち上がったと思って手を離した瞬間、銀髪の生徒はよろよろと床に座り込んでしまう。

「おいっ!」

 茶髪の生徒が大きな声を出して、晶紀を睨みつけた。晶紀はさっき教えてもらったことを思いだす。

 この()が仲井すず。夜のニュースで司会をしているタレント『仲井エミコ』の娘で、足を引っかけてきたヤツだ。

 仲井すずが大声を出したせいで、教室の注目が一気に晶紀の周りに集まる。

「メアリー大丈夫か?」

 とそう言って茶髪の仲井すずが、銀髪の生徒に駆け寄った。

「転校生! おまえ酷いことするな。今、メアリーのこと突き飛ばしたろ」

「えっ」

 立ち上がった、と思ったから手を離したら、よろよろと自分で倒れたんだ。私が何かしたわけじゃない。晶紀はそう思って、口に出そうとする。

「酷い!」

「なんてことするの」

「怖いわ……」

 取り巻いている生徒達が晶紀の出鼻をくじいて、畳み込むように文句を言う。

 そしてメアリーの肩を担いで立ち上がらせると、メアリーから何か小声で言われた仲井が言う。

「『気安く近づいてくるな』なんて言ったらしいな」

「そ、そんなこと……」

 教室の奥へ行っていた知世が戻ってきて、晶紀の前に立った。

「晶紀さんが、そんなこと言うわけありませんわ」

「じゃあ、なんで突き飛ばしたんだよ」

「突き飛ばした……」

 知世はちらっと晶紀を振り返る。晶紀は首を横に振って否定する。

「晶紀は、突き飛ばしたりしていません」

 えっ…… 晶紀は、知世の背中を見つめながらうれしかった。初めて呼び捨てで呼んでくれた。

「知世、お前、見てたのかよ」

 言葉につまって、無言の時間が流れる。

「ほらみろ、見てもいないのに」

「そうよ。突き飛ばしておいてウソまでつくの」

「乱暴者は元の恐山校に戻りなさいよ」

「とりあえず謝りなさいよ」

「ほら、謝れ」

 知世に軽く触れて横に退いてもらうと、晶紀は仲井に向かった。

「確かに最初ぶつかってしまったのは謝る。けど、尻餅をついたのは、そのメアリーというのが勝手に座り込んで……」

「嘘つくな」

「うそじゃねぇ」

 晶紀と仲井は、同時にその声の方に振り返った。

「ちゃんと見てたから」

 声の主は、ソバージュのロングヘアをしていた。片目が隠れるように前髪を流していて、見えている目は細かったが、きれいな形をしていた。

 スカートがひざ下で、古いタイプの不良少女のように思えた。

「あきな……」

 晶紀は知世のつぶやきを聞いて、小声でたずねる。

「この子、だれ?」

「山口あきなさんよ。言いにくいですが、クラスの中でちょっと怖がられているというか」

「それに、『気安く近づいてくるな』とも言ってねぇ。メアリーのすぐ近くにいたんだから間違いない」

 銀髪のメアリーは、頭をかいた。そして、仲井の袖を小さく引くと、仲井が言った。

「そうかよ。覚えとけ」

 メアリーと仲井は自席に戻っていった。

 教室の雰囲気も、一転して普段の様子に戻ってしまう。

 三人だけが扉近くに取り残されたようになった。

「ふん。チンピラみたいなセリフ言いやがって」

 そう言うと、山口は自席に戻ろうとする。

 あわてて晶紀は山口の袖を引き、

「山口さん、ありがとう、助けてくれて」

「……」

 山口は振り返ったものの何も言わず、晶紀の手を振りほどいて、自席に戻っていった。

「どうしたんだろう」

「けど、山口さんはいつもあんな感じですわ。気になさらずとも良いのでは?」

 晶紀は小声で知世に言う。

「ちがうんだ。山口さん、隠れている方の目にあざがあった」

「うーん。よくは知らないのですが、学園には他校と喧嘩をしたりする生徒がいるとか。山口さんもその一人なのではないかと」

「……」

 晶紀は自席に戻りながら、山口の背中をじっと見つめた。




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