脱獄囚の乾杯
中にあるスクリプトはbashです。「小説家になろう」のバックアップファイルに対し、MacOS X 10.15のターミナルで動きます。もし実際に使う場合は自己責任でお願いします。
プロの作家、とくに漫画家などは連載に向け毎日描いているのだから大したものだと思う。趣味と割り切って好きなものを書いていると、新しいものが思いつくまで全く一文字も書かずに数ヶ月も経ってしまうこともある。その一方で、何の関係かは知らないけれど、急にいくらでも書ける時期もあったりして不思議なものだ。
仕事を異動してもうすぐ一年経つという頃、急に創作意欲が湧き立ってきた。ちょうど一年前はひどいブラック激務で、同僚は倒れていくわパンシロンと正露丸とガスター20で腹が膨れるんじゃないかという胃の調子だわ健康診断も危ない数値が出るわ散々だったのだが、そこから脱出できたが幸い、帰宅後は療養というかリハビリというかダイエット生活で激痩せして快適になったのが大きいんだと思う。
あまりの痩せぶりにスーツはもちろんシャツやパンツまで買い換えて、肉体だけじゃなく服装まで変わって変身ヒーローか変装スパイかという勢いで、これは太っていた時期も写真を撮っておけばダイエット本で一稼ぎできたかもしれないなどと無駄な後悔をした辺りで、なんか創作の神様が情けをかけてくれたようだ。
ただこの神様も変な神様だったらしく、突然に降りてきたのはダイエット小説やら魔法少女ものやら、まあダイエットしたし変身したし、身近な話で私小説みたいなもんかと雑なことを思いつつ適当な原稿を書いて同人誌に放り込んでなんだか満足した気分になった。
なんて適当な奴だ、俺。
なんて適当な生活できているんだ、俺。
なんて不適当な不健康生活だったんだ、俺。
今は解放されているというのに。
未だにブラック労働の記憶が脳の奥に染み付いていて、何かの弾みに陰りが頭をもたげる。そりゃその分野の力はついたけれど、それ専門じゃない俺にとってはどこまで嬉しい能力だかわからなくて。
それ以上に、リバウンドと健康数値に怯える生き方から離れきれないという事実。
その陰りがまた、何か原稿を書かせようと急かしている気もするのだ。
創作仲間には色々な人たちがいるし、色々な楽しみ方や夢があるけれど。
僕は陰りの中のきらめきを探したい。
探すしかない。
気が滅入るのも嫌なので、今まで書いた作品を小説サイトで眺めてみた。ほんと、何でもかんでも随分と数がある。そういえば小説サイトが閉鎖されたら消えてしまうなと思い、慌ててバックアップしていなかったぶんもバックアップしてやる。
無味乾燥なレイアウトもないテキストファイルがダウンロードされる。テキストファイルならワープロソフトがどうかしても他のソフトで開けるから、長年持っておく宝物としては良い保存方法だ。
でもやっぱり、きれいに印刷したい。
やはり紙は良いよね紙。
ブラック時代は本屋に行く暇も惜しんだり満員電車に背負う荷物も嫌だったりしたので電子書籍ばかりだったけれど、最近はまた紙の本も良いんじゃないかと思い始めた。体重が若い頃に戻ったら、創作意欲も本の購買欲も体力も戻ったような気がする。脂肪イコール年齢の年輪だったのか。嫌な年輪だ。
いやいや何の話だっけ。そうですよ紙印刷ですよ。
でもワープロとかまた面倒臭い。
意味もなくエディタを立ち上げ、それでバックアップ作品を読み返した。読んでいるうちに夢中になる。自分の作品なのだから展開なんて知っているのに楽しみになってくる。いや、自分の読みたい作品を書いているんだから当然なのか。自炊料理みたいなもんだ。
自炊。ふとレイアウトも個別の自炊的作業じゃなく、一括ベルトコンベア的にやれれば良いのに。
またエディタを別に開く。
ぽつり、と半角文字を打った。頭の中で構想がまとまってくる。
TeX。論文執筆とかで使うレイアウト環境とスクリプト。Webサイト作成のように、ちょっとしたプログラミングっぽい方法でレイアウトをしていくもので30年以上歴史はあるそうだけど、手軽ではないからビジネスやプライベートではあまり使われない。
でも大量の文書を定型自動化してレイアウトするのは強いという奴だ。つまりプレーンテキストをTeXで変換してやれば良いじゃないか。
#!/bin/bash
LANG=C
FILE=Desktop/result.tex
cat << EOF > $FILE
\documentclass[uplatex,a4paper,12pt]{jsbook}
\usepackage[utf8]{inputenc}
\usepackage[driver=dvipdfm,truedimen,,margin=25truemm]{geometry}
{\catcode\`\^^M=\active
\gdef\xobeylines{\catcode\`\^^M\active \def^^M{\par\leavevmode}
\setlength\parindent{0pt}
}
\global\def^^M{\par\leavevmode}}
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\end{document}
書き上がったとき、気付いたら日付が変わろうとしている。深夜まで起きていたのは一年ぶりかもしれない。当時は遊びじゃなく仕事だから全然違うけど。
おっかなびっくりCUI環境で動かしてやる。エラー表示はなく完了。出来上がったファイルを開くと、狙ったとおりのTeXファイルができており、TeX環境を通したら当然のようにきれいにレイアウトされたPDFファイルが生成された。あらためてコードを眺め、後で分からなくなりそうな呪文みたいなコードだと苦笑する。
それでも万歳してコーヒーを淹れかけ、この時間に飲むものじゃないなと自戒する。じゃあ代わりにチョコレートと思いかけ、余計に悪いじゃないかと一人突っ込みを入れる。仕方ないので純粋な炭酸水のペットボトルを開け、ぐびぐび飲んでビール代わりの乾杯気分に浸った。
深夜の創作活動。
まだそれを楽しめている今、この時間こそが贅沢の味かもしれないと、炭酸の爽やかさとブラックを抜けた今の実感に、俺は改めて乾杯した。