第五話
5話 三田 麻衣
麻衣は夫を見送り、今年2歳になった息子の陸を公園に連れて行く為に支度をしていた。「ままー、まだー??」陸が退屈そうに言う。
「少し待ってね、もう準備終わるからね。」そう言うと陸は満面の笑みで返事をした。夫と結婚して5年経ち、陸を授かり、贅沢な生活とは言えないけれど幸せな結婚生活だと麻衣は思っている。夫は土、日の休日は家族の為に時間を使ってくれるし、何より家族の事を愛してくれている。平凡ではあるものの、こんな時間が永遠に続けばいいと思っていた。「用意出来たよ、行こっか。今日は公園で何して遊ぶの?」そう聞くと、陸は最近買ってもらったサッカーボールを両手に持って嬉しそうに見せてきた。「そっか、今日はサッカーするのね。道路にボールが出ても走って追いかけちゃ駄目だからね。」そう言うと、陸は大きくうなずいた。
公園に着くと、ベンチに20歳前後の男性が座っており、他にも数人の子供が遊んでいた。陸がサッカーボールで遊んでいると、ベンチの男性の所に転がりその男性は陸に何か話しかけて、こちらに近付いてきた。「初めまして、大野巧と言います。いま少しお子さんと話して、一緒に砂場で遊ぼうって事になって、大丈夫ですか?」
そう言うと陸がすかさず「ままーいいでしょー」と体を横に揺らした。
「あ、すいません。ありがとうございます。お時間大丈夫ですか?」そう聞くと巧という青年は笑顔で答えた。「はい、この近くの大学に通っているんですけどこの時間はは講義が無かったみたいで、次の講義までどうしようかなーって考えてた所なので、逆に助かります」そう言われると麻衣に断る理由は無かった。
この近くの大学だと名門校だ。人当たりも良いし、彼の将来はきっと明るいなー。そんな事を考えながら砂場で楽しそうに遊ぶ陸を見ていると、足元にあったボールが道路の方に転がっていっている事に気が付いた。ボールを追いかけて、なんとか道路のギリギリ手前で拾う事が出来てほっとしていると、道路側からトラックが猛スピードでこちらに突っ込んでくる。制御が効いていないのか、車体は大きくふらついてクラクションの音が鳴り響く。
怒声とも悲鳴とも取れる大きな声が公園の方から聞こえてはくるが、
体がぐっと委縮してしまって、もう避ける事も何も出来ない。
麻衣は、ただただ、ボールを取りに来たのが陸でなくて良かった。そう思った。




