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ぼくの初恋は、始まらない。  作者: さとみ・はやお
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第4章 第9話 窓居圭太、榛原ミミコに神使であることをカミングアウトする

明らかに正気を失った状態の榛原はいばらに攻撃されて絶体絶命となった僕を救ったのは、神使しんしきつこだった。


「まったく、ここまでひとの出番を遅らせといて。


真の主役、ボクが登場しなかったら、この話、とんでもない方向に行っちまってたよ、圭太けいた


いつもの調子で、軽口を叩く狐娘。


「きつこちゃん、おおきに!」


きつことテンションの似通った明里あかりが黄色い歓声を上げた。


僕は背中の痛みをこらえながら、辛うじて立ち上がった。そしてきつこに一礼した。


「きつこ、ホントにありがとう。お前に助けてもらおうなんて、今の今までまるで考えてなかったわ。


ってことは、呼んでくれたのはお姉ちゃん?」


「そう、しのぶっちさ。


彼女が〈ねん〉を飛ばしてくれたから、一瞬でここに来た」


きつこは高らかに答えた。


かたわらで、わが姉しのぶが頬を紅潮させながらうなずいている。彼女にも大感謝だ。


ふと視線を下にやると、榛原が哀れにもフロアに突っ伏して伸びていた。


「きつこ、榛原にいったい何をした? ケガしてるのか?」


「大丈夫、ケガはしていない。気絶しているだけさ。


喪神そうしんの術を使った。第3章で話したことあったろ。あれさ」


こらこらメタ発言はやめなさい。


「しばらくは、こんな感じで気絶していてもらおう。


さっきのマサルっちは間違いなくヘンなものが憑いていたけど、次に目覚めた時にはそれもすっかり落ちているはずだ」


「そうか。それを聞いて安心したよ。


それにしても、きつこでなきゃ一瞬にして五反田ここまで来れなかったよな。


今回ほど、お前の瞬間移動テレポーテーション能力をありがたいと思ったことはないよ」


「いやぁ、それだって運が悪かったらどうなってたか、だよ。


なにせ、さっきボクは昼風呂に入ろうかと考えていたところだったんだから。


ボクの入浴時間は長めで、たっぷり1時間はかかるからね。


もし、入浴中にしのぶっちのSOSが来たら、とてもじゃないけどここに来てなかったわ」


「ゾッとするようなこと、言うなよ。


まぁ、いろいろラッキーだったってことだな」


そこまで話してから僕は、周囲の中でただひとり、この場の雰囲気に溶け込めていない人物の存在に気がついた。


榛原ミミコである。


彼女は、いきなり虚空から出現した巫女姿の少女に、戸惑いの色を隠せずにいた。


さらに言うなら、不審者を見るような表情をしていた。


実はミミコは、きつこと対面するのは初めてではない。


数か月前、ウサコという妖女に変身した状態できつこと出会っている。


しかしその記憶はウサコの消滅とともに消えたはずである、おそらくは。


だから、ミミコにとってきつこはほぼ初対面のひと(正確には人間じゃないが)だった。


「あ、あの…そちらのかたは…」


ミミコがおずおずと口を開いた。


「あ、そうだった。ミミちゃんは、きつことは初めてだったね」


「ん?」といういぶかしげな表情を見せたきつこに、僕はウインクを送った。「僕に任せて」というサインだ。


きつこも一瞬にして悟ったのか、それから何も言わなかった。僕は話を続けた。


「こちらのひとは狐島こじま黄津子きつこさん…っていうか、いつもはきつこって呼んじゃってる。


もう、ここまで全部見られちゃって、もはや隠しようがないから正直に話すね」


それを聞いて、ミミコの大きな目が好奇心で爛々(らんらん)と輝いた。


「実は僕とお姉ちゃんは稲荷いなりの神様のお使い、神使なんだ。


お姉ちゃんは何年も前から神使をつとめているが、僕は最近になって見習いとして加わったばかり。


そして、きつこもその神使仲間なんだ。


ただし、彼女は僕たちとは違ってひとではなく、あやかし。


正体はお狐様なんだ」


「そう、ボクは神使きつこ。


池上いけがみ界隈をしろしめす、稲荷の神様にお仕えしている。


今は池高いけこうにも通い、圭太の同級生、高槻たかつきさおりの家に下宿させてもらっている花のJKでもあるぞ」


ニセJK感、ハンパないけどな。


「そ、そうなんだ。てっきり、コスプレイヤーのかただと思ってました。巫女さんスタイルだから。


は、榛原ミミコです。よ、よろしくお願いしますっ!!」


「こちらこそよろしく、ミミコっち」


「ミ、ミミコっち?!」


一気に距離を縮めてくるよな、きつこ。


まぁこれで僕、姉、きつこの秘密は知られてしまったわけだが、ミミコなら口も固いだろうし、さほど問題はないと思う。


ミミコがきつこの正体を理解し、僕たち5人はようやく落ち着きを取り戻した。


榛原をいつまでもフロアに寝かせておくわけにはいかないので、僕ときつこがふたりがかりで「パブきつねっ」の中に運び込み、長いソファに寝かせた。


「まったくこの店名はひどいな。ボクになんの断りもなくこんな名前を付けて。


夜はケモ耳を付けたパチモンの狐娘が語尾に『コーン』とかつけて客と話してるんだろ。


ボクらへのリスペクトなんか微塵もない。ただの便乗商法だっての」


「そうか? 僕はてっきりお前が肝煎きもいりで始めた店かとばかり思ってたよ」


「失礼な! 誇り高き神使をバカにしたら、いくら圭太でも許さないからな、プンプン!」


いたくご立腹のきつこ様だった。


ア●レンとかスト●ンとか、世をあげてのケモ耳ブームとはいえ、安易に萌え商売のネタにされるのはご本家としてはまっぴら御免、そういうことらしかった。


女性4人はボックス席に座った。僕はひとりスツールに腰かけた。


「さて、これからどうしたもんかな」


僕が口を開くと、いつもは脳天気なきつこが珍しく眉に皺を寄せてこう言う。


「ホントの思案どころは、ここからかもしれないね。


下手するとマサルっちにも、そしてボクらにもいろいろ難儀なことが起きるかもしれない」


「そうなんだよ。これで一件落着とはとてもいくまい。


とりあえず、お前にこれまでのあらましを説明するとだな……」


僕はきつこに榛原の4年以上前の過去、そしてここ2日間の出来事について、手短かに話してやった。


「ふぅむ、マサルっちにはそういう意外な過去があったから、今のスーパーマンみたいなスペックが備わっているってことなんだね。


そして、マサルっちの人体改造から4年が経過した現在、今後彼がどのような将来を選ぶべきか、岐路に立たされているってことか」


「その通りさ。榛原はS機関というところにその選択を迫られているんだが、そのS機関が実にクセもので、自分たちにとって都合のいい方向へ榛原を誘導しようとしている。催眠術のようなギミックを使ってでも。


本来の榛原の性格なら、僕やミミちゃんをエージェント仲間に引きずり込もうとするなんて、ありえないことだろ。


明らかに、その機関の意図的な戦略だと思う。


本当は榛原をそんな物騒な機関と関わらせてしまったのがあらゆる問題の始まりだったとは思うけど、それも彼の命をなんとか繋ぎ止めたいという、ご両親の必死の思いからのことだろう。それはいたしかたないことだとも思う。


だから、榛原にはS機関と手を切れとはとても言えない。


でも、何かしら打つ手はあると思うんだ。


榛原の命を損なうことなしに、今よりもよい状況を導き出す、何らかの手が」


その言葉に応じたのは、誰よりも榛原のことを案ずる妹、ミミコだった。


「そうですね。きっとあると思います。


マーにいのことですから、自分でも何かいい策を考えていたのでしょうが、自分ひとりの力だけでやろうとして、うまくいかなくなっているんじゃないか。そんな気がします。


でも、わたしたち全員の力を合わせれば、きっと突破口が見つけられると思うんです」


「ミミコっち、いいこと言うじゃない。


当然このボクも、ひと肌脱がせてもらおうじゃないか!」


と立ち上がり、いきなり巫女装束を脱ごうとするきつこ。


あわてて「ひと肌脱ぐってそんな意味じゃないから!」と後ろから取り押さえる僕。


「ありがとうございます、きつこさん。


きつこさんの能力おちからがあれば千人力です!」


ミミコはにっこり微笑みながら、きつこに頭を下げたのだった。


「なんかええ雰囲気やね、ふたりとも。


もしかして、新たな萌えカポー誕生?!」


目をハートにして、ニマニマする明里。


それに「あかりちゃん、ヨダレヨダレ!!」とツッコむお姉ちゃん。既視感のある風景だな。


きつこはいつのまにか巫女装束を肩まで脱いで、遠山の金さん状態。


ダメだ、これじゃまともな戦略が練れそうにない。


いにしえのウイーンじゃないが、踊るばかりでちっとも進まない会議に頭を悩ます僕なのだった。(続く)

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