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ぼくの初恋は、始まらない。  作者: さとみ・はやお
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第3章 第4話 窓居圭太、きつこと共にミミコの変身解除の策を練る

夜な夜な長身の美女に変身して街中を徘徊しているという、榛原はいばらマサルの妹、ミミコ。

ぼく窓居まどい圭太(けいた)は、その謎の解明のため、神使しんし仲間の高槻たかつき姉妹、きつこに相談をもちかける。


その日の夜も、ミミコは妖しい美女となって、街の男たちを惑わせることは間違いない。

果たしてぼくたちは、ミミコの心の闇を突き止めて、彼女を魔の道より救うことが出来るのか?


       ⌘ ⌘ ⌘


「ボクたちのネットワーク外の、はぐれものが関与しているに違いない」


そう、きつこは今回の事件の背景を推理した。

はぐれもの、それは具体的にはどのようなあやかしなんだ?


ぼくがそう問いかけるよりも先に、きつこは説明を始めてくれた。


「圭太たちはもちろんすでに気づいているだろうが、ボクは神でも人間でも動物でもない、いわゆるあやかし、妖怪変化(へんげ)と呼ばれる種族に属している。


が、さらに大別するなら、あやかしにも神の管理下に置かれているものと、そうでないものに分かれているのだよ。


ボクはもちろん、前者に属して神の秩序に従って生きているわけだが、それはどちらかと言えば少数派のあやかしで、多くのあやかしは神様の意向などお構いなし、勝手気ままに生きているのだ。


では、後者イコールすべて《はぐれもの》かと言うと、話はそう単純じゃない。

《はぐれもの》は、後者の中では極めて希少な存在だからだ。


《はぐれもの》とは、かつては神の管理下にあったにもかかわらず、なんらかの理由、たとえば服務規定違反のためにその任務を解かれてしまったり、自らの意思でその立場を降りてしまったりしたような連中のことを意味するんだ。


彼らは元は神使しんしのような立場にあったから、それなりのスキルを持っていて、人間とコンタクトを容易に取ることが出来る。意思の疎通も出来る。それは、ただのあやかしには出来ないわざなんだ。


今回の事件は、そういう《はぐれもの》が関与している可能性が極めて高い。


ミミコっちの周り、たとえば仲のいいクラスメートを洗っていけば、たぶんそういう《はぐれもの》のあやかしが紛れ込んでいるに違いない」


「そうなのか?

きつこみたいなあやかしが、ぼくたち人間世界の中にもけっこう入り込んでいるものなのか?」


ぼくは、きつこの物言いがとても気になって尋ねてみた。


「そうだ。たとえば、ボクたちの通っている池高いけこうについて言えば、ボク以外にも少なくとも二、三名はあやかしがいると思う。


人間であるきみたちには、簡単にシッポをつかませないとは思うが、同族であるボクには、おおよそ〈におい〉のようなもので彼、あるいは彼女の存在がわかるのだ」


「そうなんだ。われわれの住む世界の中にも、意外と少なからぬあやかしが潜んでいるんだな。そいつは驚きだ。


だとすると、さっき榛原の家に行った時に聞いた話なんんだが、実は……」


ぼくは、ミミコの数少ない、というかほぼ唯一と言ってもいい友人、絹田きぬたさんの話を、三人にして聞かせた。


「子供っぽくて、クラスのみんなから浮いた存在のミミコちゃんの唯一の味方、そういうことなのね、その絹田さんは」


高槻さおりは、そう確かめるようにぼくに尋ねた。


「ああ、そういうことだ」


「となればその子が、この件に何かしら関与している。そんなにおいがするわね」と、みつき。


「関与どころか、張本人という感じさえするね。特に名前からして……」

と、きつこ。


「ん? 名前って、どういう意味?」

みつきが、問い返した。


「いや、たまたまかもしれないが、絹田を逆さ読みしててごらん。タ・ヌ・キ、だろ?


いまはその苗字しか分からないけど、おそらく下の名前も、何かしらタヌキと関係のある言葉のはずだ。


ボクの人間界での名前、狐島こじま黄津子(きつこ)を例にとれば分かりやすいだろう。


の一字は、もちろんキツネを意味するし、という字も、もともと毛並みが黄色いことからキツネと名付けられたことと、つながっている。


ボクたちあやかしは、人間界に潜入するに際しては、その名前に、みずからの出自を暗示するような文字を入れなくてはいけないという決まりがあるからね」


「なるほど、きつこさんの人間名にはそういう縛りがあったのね」


さおりが、納得したようにそう言った。


「とりあえず、ミミコっちのその友だちは、マークすべき最重要人物と言えるだろうね」


そう力説するきつこに、ぼくがツッコミを入れる。


「でもさぁ、きつこ。絹田さんはまだ中学三年で、ぼくたちとは違う学校の生徒だろ。ぼくたちが勝手に中学校に潜入するわけにはいかないだろ。榛原んちにも、たまにしか遊びに来ないようだし、どうやってコンタクトを取れというんだよ」


その言葉に何も動ずるそぶりも見せず、きつこは悠然とこう言った。


「何もこちらから、絹田っちのいる学校に出向く必要などないよ。

もし、〈犯人〉が彼女ならば、現場に行けば会えるはずだ。


犯人は、犯行の首尾不首尾を見届けるため、犯行現場に必ずいる。

それってミステリの、基本中の基本でしょ」


「いや、それはそうかもしれないけどさぁ、果たしてその〈犯人〉を確実に見つけて縛り上げるなんて、出来るものなの?」


ふたたびぼくがツッコむと、きつこはこうさらっと切り返した。


「人間ひとりじゃ無理だろうね。


でも、このボクが加われば大丈夫さ」


       ⌘ ⌘ ⌘


きつこが言うには、もし絹田さんがあやかしであり真犯人だとして、現場までやって来るとしたら、昼間の人間の姿ではなく、狸のような別の姿に身を変えて来るに違いないから、そうなると人間にはまるでわからなくなる。


あやかしの同族であるきつこにして、初めてその正体を見破れる、そういう理屈だった。


ぼくも、その主張には全面的に従わざるを得なかった。


「うーむ。そうなると、今回の件ではお前の力を全面的に頼りにせざるをえないな。よろしくお願いするぜ」


「ああ、もちろんだ。よろしくお願いされちゃうよ」


きつこは、誰から教わったのだろう、ランカ・リーの「キラッ☆」のポーズを決めて見せた。ノリの軽い妖怪だぜ。


「じゃあ圭太、今晩の行動計画を練ろうじゃないか。


マサルっちとは、何時に落ちあう約束なんだ?」


「午前二時過ぎには榛原からメールが来て、ミミコちゃんの様子を知らせてくれることになっている。


ミミコちゃんが動き出したら、ぼくがその後を追って、動く。

榛原はあくまでも背後で指令を出すだけで、彼女とのコンタクトはもっぱらぼくが行う。

判断者と行動者を分けることで、リスクを分散させるというのが榛原の考え方なんだ。


ぼく以外の人間とコンタクト出来ないよう、ミミコちゃんと直接対峙(たいじ)し、がっちりマークするのが、第一のミッションだ。


第二のミッション、というか最終的な目的はミミコちゃんの変身を完全に解くことだが、その晩のうちにそれが出来るとは限らない。


もし、変身解除の糸口が見つからず、ミミコちゃんの暴走が止まらない場合は、とりあえず、彼女に一発入れて気絶させ、榛原の家に連れて帰るしかない。

榛原がそうしたようにな」


「でも、それはかなり手荒なやり方だね。か弱い女性に対して、あまりお勧め出来る手ではない。


そのへんは、手練てだれのボクに任せてくれないか。ミミコっちにケガをさせず、一瞬にして気絶させる「喪神そうしん」のわざをボクなら使えるから」


あやかしきつこならではの、特技というわけだ。

それにしても、名前自体はけっこう怖いワザだな。


「そうか、それがあるなら手荒なことをせずに済んで好都合だ。

そのあたりは、よろしく頼むぜ」


「ああ。とは言え、不測の事態が絶対に起きないとは言えない。

もし真犯人がその場にやって来たのなら、どんな妙な手を繰り出してくるか、知れたものじゃない。油断はゆめゆめ、禁物だよ」


「わかった。十分気を付けるようにするわ。


ところで、高槻さんたちには、どうしてもらおうか?」


きつこはその問いに対して少しだけ考えた後、こう答えた。


「そうだなぁ、今回はぼく、圭太、榛原っちの三人でたぶん大丈夫だと思うよ。

小回りがきく方が、数が多いよりはいい。


さおりたちには、念のために家で待機してもらおうかな。

何かあったら、ボクが空間移動して加勢を頼むから」


そうだった。メールより空間移動する方が手っ取り早いきつこなのだった。

きつこの機動力、ハンパねー!!


       ⌘ ⌘ ⌘


そうやって三人の神使との打ち合わせを済ませて、ぼくは自宅へと帰った。

家にたどり着いたら、ちょうど夕食当番の明里あかりが、腕によりをかけた料理を完成させたところだった。

この四月からは、姉と明里が日替わりで、毎日豪勢な食事を作ってくれているのだ。

そのうち、大幅体重増になりかねないな、ぼく。


なんにしても、平和そのものの窓居家の夕べだった。

ぼくは、姉と明里には、ミミコの一件は伝えずにおいた。

いまが一番ラブラブでハッピーな状態の彼女たちには、こんな話、聞かせないでいいんじゃないかな、そう思ったんでね。



丑三つ時からの活劇に備えて、ぼくはいつもより少し早めに就寝した。念のため、二時にアラームが鳴るよう、携帯電話も設定した。


なぜか自然と、二時よりも前に目が覚めた。


ほどなく、榛原からのメールが届いた。


「ミミコが目を覚ました」


とりあえず、その一文だけだったが、にわかに緊張感が高まった。

ぼくは、黒のジャージの上下に身を包み、玄関へと向かった。気分は「忍びの者」だな。


数分後、第二報が入った。


「いま、ミミコが玄関を出て、本町ほんまち通りを北に向かって歩き始めた。

そちらに向かってくれ」


ぼくはさっそく、メールをきつこ宛てに転送した。


これでよし、きつこの方が先に現場に着いていてくれるはずだ。


ぼくは、昼間の榛原との打ち合わせ内容、すなわちミミコとはどのようにやり取りをすればいいのかを脳内で反芻しながら、本町通りへの道のりを急いだ。


それを武者震いと言っていいのだろうか、身体の芯から沸き起こってくるような興奮状態を、ぼくは抑えることが出来なかった。(続く)

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