第35話 幸福と嫉妬、喜びと策略
前世の最愛たる男の浮気が発覚した後、しばらくの間テネブリスは外郭に留まっていた。
一度国内に戻ったが、思考が浮気から離れないので即座に外郭に戻り1人で暴れていたのだった。
そんな母の事をアルブマから聞き、以前の様にしばらくは自分が代理を務めるしかないと自覚するベルムだった。
極度の怒りに我を忘れようとも浮気の現場を確認する為に下界を映し出す画面を凝視し、目が充血しようとも嫉妬の原動力を蓄えるかのように、その行為を見続けていたテネブリスだった。
ある時、心配になって姉を尋ねてみる妹。
「お姉様・・・怖い・・・」
アルブマが恐れたのは、無表情のまま微動だにせず画面を冷静に見ていたテネブリスだった。
浮気が発覚してからは、自身の過去よりも大好きだった兄の行動を監視し全てを記憶するように見ていた。
(絶対に許さない・・絶対に・・・絶対・・・)
しかしテネブリスにとっては待ち望んだ転機が訪れる。
大好きだった兄が実家に戻って来たのだ。
テネブリスの記憶では、この後”初めて”を迎える事となる大事な時期だ。
記憶では帰って来た理由を知らなかったが、ラソンからアルブマに事情が連絡されていた。
(お姉様にあの事を教えても良いのだろうか・・・。やっぱり様子を見てからにしましょう)
アルブマが躊躇って報告しなかったのはテネブリスの表情が変わったからだ。
最近は極度な激昂で恨みを叫んでいたが、次第に無表情になりブツブツと呟いて近寄りがたい姉だったが、目の前で見せる久しぶりの笑顔を見ると、この事実を知れば又激昂すると思ったからだ。
「お姉様、今日はご機嫌が宜しいようですわね」
「あら、アルブマ。やっぱり解かっちゃうかしら」
「勿論ですわお姉様。それで何か良い事が有りましたの?」
「ふふふ、良い事はこれから起きるのよ」
やはり、あの事は後回しにして良かったと思うアルブマだった。
「それで何が起こると言うのお姉様」
「ふふふ、ヒ・ミ・ツ」
「もう、教えて欲しいなぁお姉様ぁ」
久しぶりに機嫌の良さそうな姉に甘える妹だった。
「じゃ一緒に見てる?」
頷いて唇を重ねるアルブマだった。
暫らく2人で下界を観察すると、少年少女が山小屋に入って行った。
「お姉様、これはもしかして・・・」
「ふふふアルブマは見ちゃダメよ」
「えええっ見たい見たい見たい。って言うか絶対に見ちゃうもんねぇ!!」
これから始まる行為を察知したアルブマと、その事を知られて恥ずかしそうに頬を染めるテネブリスだった。
お互いに手を取りながら下界の2人を凝視する。
「始まるわ」
「しっ、静かに」
「だってお姉様ぁ、あっあんなに舌を絡めて!!」
「アルブマっ!!」
「はーい」
前世の自分が大人になって行く瞬間を恥ずかしながら見ていると、隣で鼻息荒く興奮している妹が居た。
「ああっ、お姉様は私のものよぉぉ!!」
そう言うと襲い掛かり唇を押し付けてくるアルブマだった。
「チョッ、チョット待ってアルブマ。今大事な所なの」
唇を重ねながらも目線は画面に映る過去の自分だった。
欲情するアルブマの相手をしながら目線だけは過去の自分を見て感慨深く幸せを感じていた。
テネブリスに取っては至福の時を過ごしていた。
既に忘れ去った記憶が画像を通して再び実感していたからだ。
気分が良くなったテネブリスは極秘の研究室に来ていた。
いずれ魂の分割を行ない半身としての器である前世の複製体を眺めながら思考していた。
(この幼い身体では駄目ね。”あの女”の様に大きくしなきゃ。体格ももう少し・・・我らが龍国の先端技術を使って最高の体となった私が虜にするんだから、覚えて起きなさいっお兄ちゃん!!)
その時を思い描いてドキドキするテネブリスだった。
暫らくすると、有る事をアルブマに自慢げに教えるテネブリス。
「アルブマァ、聞いて頂戴。前世の私がねぇ、あの人の子を身籠ったのよぉ」
その事で瞬時に嫌な悪寒が走るアルブマだった。
目の前には子供を授かった事で喜ぶ姉の姿居るのだから。
「お姉様・・・実は報告したい事が有るの・・・」
アルブマは、テネブリスの愛しい男が別の女に子供が出来て、もうすぐ生まれる事を告げる。
「・・・っ。何ですってぇぇぇぇぇ!!!」
最高の気分が一瞬で最低の気分へと変わったのだから激昂するテネブリス。
「おのれぇぇぇ、あの女めぇ、腹の子を引きずり出してやるぅぅ!!」
「ダメェェ!! お姉様ぁ、お母様に言われたでしょ!!」
「どうして、その事を?」
「後からお母様に聞いたの、そして教えて頂いたわ。お姉様の暴走を抑える役目を仰せつかったの」
「アルブマ・・・だけど・・・あの女ぁぁぁぁぁ!! 絶対に許さないからぁぁぁぁ!!!」
その場は何とか感情を抑え込む事に成功するアルブマだった。
数々の浮気を知り、嫉妬の炎と恨みの怒りを纏いながら外郭で暴れまわるテネブリス。
既に浮気相手の子が産まれた事も有り極度の怒りに達していた。
そこに吉報を持ってアルブマが訪れた。
(お姉様ぁ!!)
強めの念話を何度も送り、ようやくアルブマに気づくテネブリスだった。
「ガルルルルルルゥ」
(どうしたのテネブリス)
(良い知らせよお姉様)
思考が嫉妬で停止しているテネブリスはアルブマの吉報を期待して変身の魔法で二足歩行型へと変わっていった。
特設の部屋に戻り説明を聞くテネブリス。
「お姉様のお腹が大分大きいの。そろそろだと思うけど」
「!!!っそうだわ。もうすぐあの子が生まれる頃よ」
先程までの態度とは一変して満面の笑顔で接する姉に一安心の妹だった。
しばし、姉妹でその時を待っていると機嫌の良くなった姉と一緒にその瞬間を目の当たりにし、心の奥底で欲望の芽が出たアルブマだった。
(いつか必ずお姉様と協創するわ。私達2人の子を作るのよ。その為にはどうにかしてお母様を説得しなきゃ・・・)
前世のテネブリスを羨み、自らも2人で子供を作りたいと強く願うアルブマだった。
「見てぇお姉様ぁ、可愛い男の子が産まれたわ」
「簡単そうに見えるけど結構痛かったのよぉ」
「何て名前にするのぉ?」
「それはねぇ・・・」
楽しい一時を過ごしながら前世の息子の出産を見守った後、即座にフィドキアに念話で命令した。
(フィドキア、聞こえるかしら)
種族神からの念話など滅多にない事などで驚いたフィドキアだった。
(は、我が神の声はいかなる時でも届いております)
(そう、では貴男に勅命を授けるわ)
普段の龍人達の行動は第1ビダからの指令だが、ロサが居ないのでベルムとビダを代表してオルキスが担当していたのだか、わざわざ神から直接下知が下ると及びもしなかったフィドキアだ。
(はは、何なりと)
(先程産まれた私の前世の子供だけど、貴男が守護して守ってくれるかしら)
(・・・は、その言葉、我が天命と承りました)
(今はまだ蔭から守ってね。時期が来れば会うと良いでしょう)
(は、御心のままに・・・)
下界では森の中で跪き天を仰いで沈黙している男がいた。
※Dieznueveochosietecincocuatrotresdosunocero
時を同じくしてインスティントとラソンが対立する陰で、カマラダとバレンティアが母達に相談していた。
「・・・なので母上、我ら2人ではあの2人の中を取り持つのは難しいです」
「と言うか、かあさん、僕達には無理です」
毎度のことながらナルキッスとプリムラが、その場で聞いているオルキスとヒラソルに母として命令するようにお願いする。
「はぁぁ解ってるわ」
「そうなんだけどねぇぇ」
オルキスとヒラソルが見つめ合う。
「「あの子達、私の言う事も聞かないのよねぇ」」
これも幾度となく聞いた答えだ。
「しかし、父上がいらっしゃらない今は・・・」
カマラダの言葉を遮りヒラソルが答えた。
「貴男達の言う事は解かっています。ねぇ姉さん、お母様にお願いしましょう」
過去は子供の事は自分達で解決して来ようとしたが、未だにインスティントとラソンが仲違いしたままなので、親に縋る事にしたのだった。
とは言え、有事の際は喧嘩も棚上げとなって協力する2人だが、平穏が戻ると再度仲違いを始めて現在に至っている。
ラソンが怒る場合もあるが、今はインスティントが怒っているようで、原因はフィドキアと一緒に下界で過ごしているからだ。
もっともラソンは仕事と私情を混同させ幸せな状態だ。
いつもの事ながら結果的にカマラダとバレンティアにとばっちりが来ていたのだ。
使徒のベルスとフォルティスに会いにオルキスとヒラソルが現れた。
「珍しいわね、貴女達が2人で会いに来るなんて」
「本当にねぇ、何か良い事でも有ったのかしら」
楽天的なフォルティスに何も言えなくなったヒラソルの替わりにオルキスが説明した。
「・・・そう・・・」
「それは困ったわねぇ・・・」
しばし四人で話し合い、ラソンとインスティントが聞き訳が無くなった理由を確認すると驚きの答えだった。
「「・・・以前はその・・・ロサが・・・」」
言いたくは無かったがロサが居なくなってから2人の暴走が始まったと言う訳だ。
「じゃ以前はロサが2人を止めてたの?」
頷くオルキスとヒラソル。
「・・・解かったわ、そうとなればお姉様に相談しましょうかしら。フォルティスも一緒に行くわよ」
「ええ」
ベルムに会いに来たベルスとフォルティスが龍人達の説明をした。
「ええええっ、そんな事になってたのぉぉぉっ!!」
自らは母と眷族の事で手いっぱいだったし、フィドキアは手のかからない出来た龍人だとロサがいつも話していたので、まさかそのフィドキアが問題の中心だとは思わなかったベルムだった。
三人で様々な解決方法が検討され、ベルムが半ば強行策を打ち立てた。
「今お母様は前世でお生まれになったばかりよ。そして大好きな兄様が大変な事になっているの・・・」
アルブマから経緯を聞いたベルスが最愛のベルムに相談し、眷族同士の諍いとなれば種族神たるアルブマが可哀想だから何とかしてとベルムに泣きついていたのだ。
その事も絡めて問題が多数あればアルブマだけでなく他の神々も巻き込んで全員で責任を取ろうと無謀な計画を立てたベルムだった。
「聞いた限りあの2人はその場限りの返事が多いわ。例え私が怒っても同じでしょう。そうであれば眷族の末端でそれぞれの血族を交配させればどうかしら?」
「流石はお姉様、龍人達も血が混ざり合えば多少は考えも変わるでしょう」
「そうだと良いのだけど・・・」
「2人共、まだ作戦は終わっていないわよ」
「何が有るのお姉様」
「ふふふ・・・あなた達の血族を交配させた子と我が血族の子、あのお兄様と交配されると良いわ。そうすれば3つの血族が1つになるでしょ」
「凄いわお姉様」
「ああ、流石はお姉様よ」
「それに貴女の眷族は占いで伴侶を決めているのでしょ? ちょっと命令すれば直ぐじゃない」
「解かったわ、お姉様。まずはフォルティスの末裔と交配させましょう」
「ええ、厳選した雄を選ぶわ」
「お願いねフォルティス」
※Dieznueveochosietecincocuatrotresdosunocero
後日、その説明を聞いた問題の2人。
((冗談じゃないわ!!))
心ではそう叫ぶも母からそのように言い聞かされ、種族神の命令となれば聞かざるを得なかった。
一方では
「”あの女”の末裔は女しか出来ないから・・・最強の男を送って・・・クククッ我が血族で犯してやる!!」
もう一方は
「なんて事なの!! “あれ”の血が入るなんて最悪だわ・・・でも”あの人”の末裔と血を重ねる事が出来るのなら・・・まだ時間が有るわ。考えなくっちゃ・・・そうだわ、エルフも我が眷族だから先にエルフの血を入れる事にすれば・・・我が血を濃くすれば”あの女”の血も薄まるはずね。よぉし、どこかにエルフの男が歩いて無いかしら・・・」
テネブリスを取り巻く種族の中で、フィドキアを中心とした愛憎が後の子孫に多大な影響を与えるのだった。
何処かの王国の繁殖計画と、恨みつらみを呪ってやるお・ん・な。