第27話 地に落ちた存在2
大空を飛び大地を蹂躙する眷族の神を止めようとするロサ。
念話も聞き入れてもらえず、その咆哮に込めた願いも虚しく昼夜を問わず続いていた。
歯牙に留める事も無いと判断されていると感じたロサは思い切って自らのブレスを使う事にした。
自らの眷族の神に対する反逆行為。
だが、全てに無視される矮小な存在であれば己のブレスにどこまでの効果が有るのかさえも疑問なのだ。
意を決したロサは神の前方に移動しブレスを吐いた。
(神よぉぉ、どうか気づいてください)
ロサのブレスが”闇のテネブリス”の顔面に向けて放たれる。
(ふふふ、ロサ。お前も闇に落ちるのよ)
神の顔面にロサのブレスが直撃した。
と思われた。
しかし、”闇のテネブリス”の身体は濃密な魔素に覆われており、ロサのブレスは届いて無かった。
そして二体の距離が近づいて行った。
(我がブレスは効いているのか? 無効であれば直接お体に寄り添うまで!!)
ロサがブレスを放ちながら至近距離まで近づくと一瞬で理解したと同時に神の額にしがみ付くロサだった。
((クッ、これ程の濃密な魔素で覆われていたとは・・・我がブレスの効果が無いはずだ))
「我が神よぉぉ、どうかお鎮まり下さいぃぃ!!」
すると更に濃密な魔素がロサを覆った。
「ぐああぁぁ、これはぁぁ・・・」
許容限度を超えた暗黒魔素を浴びて意識を失ったロサ。
自らの額にへばりつく小さな龍を放置しながら飛び続ける”闇のテネブリス”だ。
「ベルム様、父上がっ!」
「ええ、気を失った様ね。フィドキア、全員でロサを救い出して頂戴」
「「「はっ」」」
五体の龍人が一斉に地上に転移して行った。
時を同じくして、”闇のテネブリス”が首を振った。
すると額に居た小さな龍が落ちた。
その身体は全身の全てが黒くなり、黒い魔素に覆われて落ちて行った。
地上に転移した龍人達は成龍体へと姿を変えた。
フィドキアは元の姿に戻るだけだが他の四体は違う。
そもそも生を受けた生い立ちが違うからだ。
四体は二足歩行体として産まれ、龍に変身する事が出来るのだ。
その違いがフィドキアに心の壁を作っているのだが、全能たる父から種族の生い立ちよりも現実と妹弟を受け入れる様に説かれていたからだ。
自分は父に創造された存在。
だが妹弟たちは2人の親を持つ。
可能性を秘めている事は理解出来るが、龍種として釈然としない気持ちも有った。
しかし、末弟のバレンティアも成龍となり随分と時が経っている。
長い時間だけがフィドキアの心に仲間意識を持たせる薬だった。
五体は成龍になり、ロサ同様に変身の魔法で巨大化した。
とは言っても元々の大きさが体長100mほどだ。
変身しても3倍だが、神とロサの対比と同様に、ロサと龍人達の対比も同じだ。
まして”闇のテネブリス”と龍人と比べる事は出来い。
極小の虫が飛んでいても気にならないからだ。
かなりの遠方からでも”その存在は”確認出来、全速力で飛ぶ龍人達。
しかし、神の顔にはロサは居なかった。
「父上が居ないっ!! 父上を探せええぇぇぇ!!」
フィドキアは必死だった。
当然だが他の4体にとってもロサは父親なので必死に探した。
広大な大陸を探し回る五体。
そこに知らせが届く。
(ラソン、聞こえる?)
(お母様)
オルキスからラソンへの念話だ。
ベルスに説得され中央監視室でことの成り行きを見守っていたオルキスだが、龍人たちが大地に落ちたロサを発見出来ずにいた為、聖属性を活かした遠距離念話の出来るオルキスがラソンに連絡したのだ。
(ラソン、ロサはもっと西側に落ちたわ。みんなに知らせて。急いでラソン)
連絡を伝え一斉に西側に向う5体の龍人たち。
「居たぁぁ!! あそこよ」
いち早くラソンが見つけるが猛烈な速さで駆けつけたフィドキアだった。
5体が横たわる成龍のロサに近づくとフィドキアが声をかけた。
「ちょっと待て、それ以上近づくな」
「どうしたのフィドキア」
「・・・これはっ」
グルグルと唸る巨大な龍は黒く変色し、以前では考えられない程の濃い魔素に覆われていた。
「ラソン、見たままの状況をオルキス様にお伝えし、ベルム様とアルブマ様に対応策を伺って欲しい」
フィドキアが他の龍人に対して助力を求めるなど記憶に無い事だった。
しかし、それが事の重要さを物語っていた。
(お母様、お父様が・・・)
(ええ、見ているわラソン)
(我らの神と精神体となられたテネブリス様が協議されているけど・・・テネブリス様の強烈な魔素にロサが侵食された様なの・・・)
(じゃお父様は・・・)
(解らないわ、自力で回復するのかそれとも・・・)
(お母様、不吉な事は止めてくださいっ)
(聞いてラソン。そして伝えて欲しいの。回復しなければそのまま神の魔素に侵されて闇に落ちる事になるかも・・・)
「えええっお父様が闇にぃぃ!!」
思わず声が出てしまったラソン。
「どういう事だラソン」
「ちょっ、ちょっと待って」
(とにかく、もう暫らく様子を見ましょう。回復すれば良し、そうでなければ、その時に連絡するそうよ)
(割りましたお母様、そのように伝えます)
念話を終え、神々の判断を伝えたラソン。
「解かった・・・」
一言だけ告げフィドキアは苦しむロサの近くで立っていた。
「ねぇ私達も」
インスティントが同様に父の回復を願い側に居る様に同意を求めた。
普段は中の良く無いラソンだが、今はそれどころでは無い。
カマラダとバレンティアの気持ちも同様だった。
願わくば父の回復を祈って。
どれだけの時が経っただろうか、大地を蹂躙する”闇のテネブリス”は既に他の大陸に移動したが、龍人たちはロサの側を離れなかった。
龍国からの指示も、ロサの警護だった。
もしも、”闇のテネブリス”が戻ってきたら。
もしも、ブレスを受けたならロサは消滅する可能性も有ったからだ。
それだけは絶対に有ってはならない事だとオルキスの指示の元、動向を伺っていた。
結局ブレスの脅威は無くなったが回復の兆しが見えないのが龍人たちを不安にさせていた。
フィドキアは”あの時”から立ったまま見守り続けている。
そして左右にはラソンとインスティントだ。
カマラダとバレンティアは周辺を見回っている。
そんな中、ドクンッと大きく脈打つロサの身体が徐々に発光しだした。
美しい色彩だった体躯が黒ずみ、全身から真っ黒な棘が生えて触手のようにうねっている。
「これは・・・」
「みんな離れてぇぇ、お父様が、お父様が闇に・・・」
「クソッ、全員散開しろぉぉ」
「急げぇぇぇ!!」
「触手に気をつけろぉぉ!!」
以前とは違う容姿に戸惑う龍人達だか、棘の触手が近づく者を拒み、ゆっくりと大地を歩くロサを遠巻きに空から見るしか出来なかった。
そこにオルキスから念話があった。
(ラソン、聞こえますか? 今のロサの状態は意識が無くなって、テネブリス様の強烈な魔素に侵されて無意識に・・・生存本能だけで行動している様なの)
(お母様、それではお父様は元に戻らないのですか?)
(解らないわ。ベルム様が仰るにはロサは他のビダとは違い植物の力を多く保有しているの。だから肉体が滅んでも核となる種が残っている限り滅びる事は無いそうよ)
(本当ですかお母様)
(でもね、種を入手するには今の肉体を滅ぼさなければならないのよ)
(そんなぁぁ)
(それしかロサを救い出す方法は無いの)
龍国とのやり取りはラソンしか出来ないので、凶悪な存在となったロサから身を隠す様に人化し、指示を仰ぐ為に集まっていた一同。
涙目で念話するラソンを心配そうにみる仲間の龍人達。
「ラソン大丈夫?」
普段は決して見る事の無い姉の状態を心配する妹のインスティントだ。
例え普段はケンカをしていても、いざと言う時には結束力の高い種族だ。
二体は寄り添って全員に説明するラソン。
「そんな、父上を!!」
「我らの手で父上を倒せと言うのか!!」
「出来っこないよぉぉ!!」
「・・・」
ラソンの説明にフィドキアだけが無言だった。
オロオロするラソンとインスティントに否定的なカマラダとバレンティアだ。
「聞けぃ同朋達よぉぉ」
大きな声で喝を入れるフィドキアだ。
「我らがやらねばどうする。父上だったら・・・今のお前達を見てどう思われるか良く考えて見よ」
「「「・・・」」」
沈黙の龍人達。
「我は父上に力を見せる。そして父上を必ず助け出す。お前達は違うのか?」
「我もだ」
「我も」
「やるわ」
「当たり前でしょ!!」
即座に反応する龍人達だ。
「良し、散開してそれぞれが攻撃するぞ」
「「「おおおっ!!」」」
フィドキアの号令の元、龍体となり飛び立つ。
ロサはゆっくりと歩きながら、その姿は棘の触手に覆われて原型を留めていなかった。
前方に見える物すべてをブレスで浄化し大陸は荒廃して行った。
自分達の攻撃の威力を知れば、父たる存在にどれだけの効果が有るのかも疑問だが、今は闇に落ちてしまい、体を棘の触手に覆われた巨大な存在に総攻撃を行なうのだ。
持てる力の全てを出さなければ肉体を崩壊させる事は出来ないと全員が脳裏で考えていた。
そして全員が取った行動は、自らの得意な攻撃魔法を増幅させるものだ。
それがダメならばブレスを増幅させて・・・
それでも効果が無ければ全員で一斉にブレスを仕掛ければ、更なる相乗効果が得られるはずだ。
それさえも・・・
全員が考えて否定した方法。
それは龍人が持つ最大の魔法だ。
フィドキア達が決意を決めて攻撃を始めてからかなりの時が流れていた。
あらゆる魔法を使う手順を試したが、ことごとく棘の触手に邪魔されて取り去る事は出来なかった。
ブレスも単体攻撃よりも複数体でどうにか数本の触手を消滅させる事が出来る程度だ。
しかも、触手による攻撃が想像以上の激しさだった。
その攻撃に傷つき何度も地に落ちる龍人達。
それでも回復させ父を止めようとする”小さな龍達”だった。
棘の触手に叩きつけられると、成龍状態の龍人でさえ傷つき体液を大地に撒き散らす。
大地に存在する魔物達よりも遥かに濃い魔素を含む龍人達の体液は、やがて凝縮し大地に埋もれ長い時を経て濃密な魔素を保有する魔石へと変化するのだった。
龍国からの助言も虚しく、闇に落ちたロサに通用する可能性が有る攻撃方法はあと1つだけしか無かった。
(ラソン、ロサにあの魔法を試して)
龍国からの指示を長兄であるフィドキアに伝えるラソン。
(・・・解かった。我が行使するから見ていろ)
フィドキアが使うのは龍人の最大級の攻撃魔法だ。
その魔法は・・・