第17話 ラソンの思い出
ある時、セジが仲間と魔物の狩りに出かけると言う。
それは森の奥深くに有ると言う聖なる泉の水を持ち帰る仕事も兼ねての狩りだ。
その事を知り一計を思い付き、悪巧みをして邪まな微笑みをする聖なる龍人だ。
ラソンの心は、叶わぬ愛を紛らわすために目の前に現れた生贄をどのようにして手に入れるかに、全ての思考を集中させていたのだった。
※Dieznueveochosietecincocuatrotresdosunocero
既に目的の場所に到着し聖なる泉の水を確保して帰る準備をしていた冒険者達だ。
「だけどよぉ、何で魔物が一匹も現われないんだぁ?」
「だよなぁ。珍しい事もあらぁな」
「今日はこの森の魔物は全部寝てんのかなぁ?」
「それじゃ、寝てるうちに早く帰るとするか」
魔物と遭遇しなければ危険は無いが、折角狩りもする予定だったので肩すかしのような気分の一行が聖なる泉から離れて直ぐの事だった。
「・・・オイ。お前ら・・・」
「・・・ああ。異様だな」
いち早くセジが気づき仲間に知らせるが、流石に全員が察知するほどの異常な気配が周りを包み込んでいた。
「我が合図したら一斉に走り出せ。いいな!!」
最後尾だったセジが言い放ち剣を構えた。
集中し辺りを警戒していると、森の奥から木々を掻き分けて現れた異様な体躯の魔物がそこに居た。
森の奥から現われたのは体長4mを越え、体格の良いセジの倍は有る。
その体躯は二足歩行型で、太い足に腕、分厚い胸板に、がに股で歩き、両手はぶらぶらさせている。
そして人型だが首が無い。肩から延びた頭に巨大な口が裂け、頭部には大きな目が二つ、ギョロッとしている。
まるで爬虫類の様だけど鱗は無い様に見える。
全体が黒い皮膚で尻尾が有り、腹は白く筋肉がクッキリと見えている。
「ゲロロロロロロロッ」
その叫び声は、良く聞く魔物達の鳴き声では無い。
腹の底に響く気色の悪い、耳を覆いたくなるような不快な鳴き声だ。
「逃げろおぉぉっ!!」
その声を聴いて一斉に走り出す仲間達。
一瞬で理解したセジだ。
自分達では敵わない。
だったら仲間を逃がす時間を稼ぎ、自分も離脱する方法を考える。
標的が逃げていく姿を見ている魔物だが、一体だけ残り殺気を飛ばしてくる個体に視線を向ける。
魔物はゆっくりと近づいて来た。
嫌な汗が脇をつたう。
身体が反応したのだろう。
即座に身体強化の魔法を幾つか使い臨戦態勢をとるセジ。
すると、一気に襲い掛かる魔物だ。
巨大な腕から拳を振り下ろす魔物に反応し、剣でいなしながら脇に切りつけて躱すセジだ。
「くっそぉぉ。あんな拳をまともに食らったらヤバいぞぉ・・・」
切りつけた魔物の脇には傷は無かった。
瞬時に判断し、大剣を切りつける。
「クソッ、どうなってやがる!?」
渾身の力を込めて切り付け、刺し込み、弱点と思われるカ所の攻撃にも手ごたえは無かった。
「はぁはぁはぁ・・・マズイなぁ・・・」
持ち前の攻撃力が通用しない事を理解して、即座に離脱する方法を模索するセジ。
だがそんなセジを見過ごす魔物では無い。
「ぐはぁっ・・・・」
巨大な拳の連撃を受けて派手に吹き飛ばされる。
「チィ・・・まずったぁ・・・」
その一撃は屈強なセジを鎧ごとへこませ、骨折の激痛を与えた。
獲物を仕留める為に近づく魔物が容赦無く襲い掛かろうとしたその時っ!
「フエゴ・グロボォ!」
セジの骨折した左手から大きな火の玉が魔物の顔面に放たれた。
しかし、それを防ごうともせず、焼けた焼跡も皆無だった。
「くそっ、クラール!!」
即座に回復魔法を使って傷を癒し離脱する体制を整える。
だが魔物は見逃したりしない。
近づくのはゆっくりと。
襲うのは一瞬だ。
覚悟を決めたセジは剣を構える。
初手と同じやり取りが始まるが、攻撃を躱す時に魔法を魔物の口に放ち距離をとる。
一瞬止まったが、振り返り襲い掛かる魔物だ。
巨大な拳を何度躱しても、セジの攻撃は通用しない。
何度剣と魔法を使ってもだ。
そして、吹き飛ばされる。
勿論、回復魔法を使うが完治はしない。
それ程、強力な攻撃に対して初歩の回復魔法しか使えないからだ。
何時までも通用する方法では無いし、既に5回吹き飛ばされている。
何とか立てても足はガクガクと震え、剣を杖にして支え立つのが精いっぱいだった。
あたりまえだが、魔物にとっては待ち望んだ好機だ。
ようやく食糧に有りつけるのだから。
頭は朦朧とし、立って居るだけでも精いっぱいのセジに襲い掛かる魔物。
「これまでか・・・」
覚悟を決めて瞼を閉じたセジ。
「・・・ん?」
とっくに殴られてもおかしく無いのに何の変化も無かったので薄目を開けた。
すると、目の前には光り輝く膜が有り、ドンドンと魔物が叩いている光景が目に入って来た。
「何なんだ、これは。いったいどうなってんだ!?」
「これは魔法防御壁よ」
どこからか聞こえて来た女性の声に、あたりを見回すセジ。
すると斜め後方に、その場に不釣り合いな美しい女性が立って居た。
「お前は・・・精霊なのか?・・・」
更に近づいて来た女性が話しかけてきた。
「今は目の前の敵に集中して!」
「しかし、我の攻撃は通じない。お前も逃げるのだ」
「大丈夫よ」
そう言って女性はセジの持つ剣に手を翳した。すると・・・
「こっ、これは・・・」
ただの長剣だったはずだが、光り輝いている。
「あなたの剣に聖なる魔法を使いました。その剣であればあの魔物を一刀両断出来るでしょう。防御壁ごと切り付けて」
頷き剣をかざし、気合を入れて切りかかるセジ。
「ぬおおおおぉぉぉぉぉ!!」
“ザンッ”
先程までとは違い、脳天から切りつけたが抵抗も無く、すんなりと真っ二つに切ってしまった。
「す、凄い切れ味だ」
先程までの絶体絶命の境地から抜け出して、安堵のセジだが未だ警戒している。
それは突如現れた美しい女性が怪しいからだ。
この地域に妖精が現れたとは聞いた事が無い。
では旅の者か? 違うだろう。
何故ならば、こんなにも美しいのに、たった一人で身軽な装備だからだ。
ここは森の奥深く聖なる泉の近くなのだ。
1人で女性が居る場所では無い。
しかも、見た事も聞いた事も無い防御魔法を使い、剣に付与魔法まで与えてくれたのだから。
しかし、助けられたのは事実だ。
感謝の意を示す事にした。
「助かった。礼を言おう」
「良いのよ。気にしないで」
そう言いながら違う魔法を使う女性。
「これは・・・」
「どう? 直ったでしょ?」
自らも治癒魔法が使えるが、先程の状態では何度も魔法を使うはずだったが、一度で完治したようだった。
「ありがとう。我はセジ。ロア・セジだ」
「私はラソン。聖なる泉を管理する者・・・」
※Dieznueveochosietecincocuatrotresdosunocero
あの男と決して同じでは無い。
良く似ているだけ。
髪や瞳の色も違うのだから。
(でも何と無く話し方も似てるのよねぇ・・・)
そう思いながらも、既に心を許しているラソンだった。
2人は魔物を倒した後、一緒に街に行く事になった。
聖なる泉を管理する者などと適当な事を言ったが、更に森の奥に隠れ住んでいた事にする。
そして街に行きしなにセジから仲間になって欲しいと申し出を受けた。
仲間には魔法使いや回復役も居るが、自身が目の当たりにした魔法を使える者は未だかつて見た事が無かったからだ。
そんな魔法を使える美しい女性を頬っておくほど愚かでは無いし、街に行けば男共が言い寄って来るのは火を見るより確かだ。
「いいわ。でも条件が有るわよ」
「何だ、言ってみろ」
「貴男の子供が欲しいわ」
「なにぃっ!」
死ぬ寸前の所を助けてもらった女。
ついさっき知り合った女に子種を求められてしまったセジ。
これが、容姿に問題が有れば即座に断っただろう。
だがしかし、美しいのだ。
それも自身が見て来た女性の中で一番の美女だ。
それに未知の魔法を扱い、自分に言い寄って来る。
まるで夢のような話だ。
理性は警戒するが、本心は凄く嬉しいセジだった。
「わ、我で良いのか?」
「ええ」
ニッコリと微笑むラソン。
髪と瞳の色が違うが、あとは非常に良く似ているとセジの一挙一動を観察するラソン。
(まさかあの人の眷族の末裔も入っているのかしら?)
その可能性は有るだろう。
しかし、都合良く北の妖精王の管轄に居たものだと感心する。
しかも自身が繁殖に来た、この時期に丁度良い成体になっているからだ。
何者かの関与も脳裏をかすめたが、そんな事が可能なのは自身の両親くらいだ。
余計な詮索はせずに、唯一好感が持てた眷族の末裔に対して即座に交配の申し出をしたラソンだった。
セジからあっさりと承諾を取り、当分の間一緒に行動する事にした。
※Dieznueveochosietecincocuatrotresdosunocero
年月は流れ、2人には娘が産まれた。
ラソンに取ってはわずかな時だが、セジの暮らす地方は小国が乱立し互いが覇権を争う戦乱の時代だった。
そんな中で、セジと仲間たちが頭角を現してくる。
陰で力を貸していたのはラソンだ。
数人の仲間が集団となり、覇軍となって愚かな統治者を倒し、民衆の支持を得ていく。
そんなセジに良くも悪くも噂が流れる。
セジの妻となっていたラソンの事だ。
何故ならば、一向に歳を取らないからだ。
出会った時と変わらぬ美しさのままで居れば誰でも不思議がるだろう。
時を同じくして、セジを中心とした集団が国落としを始める。
近隣の部族を取り込み数千人となっていた一団は大きな賭けに出た。
ここまでの大群になれたのは理由が有る。
ラソンの加護だ。
無論内緒で行なっている。
自称聖なる泉の管理者として、お祈りを捧げる行為がセジの率いる軍を全戦全勝となる要因として知れ渡っていたのだ。
そして今後は15歳となる娘が成人として母に替わり祈りをささげる事となる。
もっとも、セジの目標だった国落としの後に建国を行なう所まではラソンが面倒をみると約束していたのだ。
※Dieznueveochosietecincocuatrotresdosunocero
愚帝を滅ぼし、新たな国を興したセジは忙しかった。
新国王とはいえ、国は荒廃し、隣国は戦々恐々なのだ。
しかし、そんな状況でもラソンの判断で全てが良い方向で進んで行った。
区切りの付いた所で、セジに予言するラソン。
「娘が婿を取れば私は一旦泉に戻る事にします」
セジは解っている。
今までの成功は全てラソンのお蔭だと。
だから抵抗した。
「許さんぞラソン。我の側から離れるな」
そんな事を言っても無駄な事。
例え牢に入れられたとしても転移するだけの事だから。
どれだけセジと話をしても平行線だった。
当然だろう。
だがラソンにはもう1人説得する者が居た。
それは年頃になった娘だ。
母に似て美しく、引く手あまたの美少女に成長している。
「ダリア、以前から言ってあるけど、あなたが結婚したら私は一度国に帰るからね」
「お母様・・・いつもそんな事ばかり言って。私は結婚なんてしないわよ!!」
最近、母娘の会話はこんな繰り返しだ。
しかし、本人の意思とは関係無く運命は訪れる。
アレだけ抵抗していた娘が恋に落ちたのだ。
手の平を返すような豹変ぶりだが応援するラソン。
当然のように猛烈に反対するセジだ。
しかし、どちらに似たのか自分の我を通す娘。
それぞれの言い分は有るが、時の歯車は回って行った。
あの男と決して同じでは無い。
良く似ているだけ。
髪や瞳の色も違うし・・・
でも何と無く話し方も似てるのよねぇ・・・
娘の幸せを願うラソンだった。