七行詩 401.~420.
『七行詩』
401.
願いのように 斯くも尊く 儚いものには
欲のまま 寄りすぎては いけないのです
星のように 目指して駆けても
決して近づけないものにこそ
手を伸ばし 祈ることができ
実際 貴方が得られるものとは
ともにその星を 見上げる存在だけなのです
402.
初夏の頃 お話は日陰に 持ち寄って
午後にはお茶にしましょうか
時間の壁に囲まれた 狭い部屋の中ではなく
一つの景色を立派に彩る 広い庭園の東屋で
吹き抜ける風と同じなのです
私達が こうして席につくことも
思い出せもしない 笑って交わした自慢話も
403.
花びらを浮かべる 溜め池のように
どれほどの時を 無為に過ごせば
平穏を得ることができるのか
“貴方の居場所は 此処ではない”と
拒まれることに疲れたとき
一つの愛の死により生かされ
ようやく幸せを得られるのか
404.
自分と似た誰かを見ると
許せず 認めがたいものです
私達は 少しも似てなどいなかった
似ていて欲しいと願っただけ
少しでも近づくための理由が
それしか見つからなかっただけ
私達は 最初から違っていたのです
405.
それは短い時間だった 想う歳月に比べたら
数えるほどしか会ったことはない
けれど 姿や声を忘れまいと
この身に傷をつけながら 記憶したものです
ピアノに向かい 貴方の奏でる夜想曲が
今夜もどこかで 私の心を映している
奏者である貴方にとって 他の誰より近い場所で
406.
一つ一つの出来事が あの日の声や映像が
遅れてようやく 私のもとに届いたように
全く違った形で 今 私の夜空に広がった
もしも貴方が 大きく昇る満月のように
ほんの時々 近づいてくれていたなら
その光や声が遅れる程 遠く離れてしまったのは
まるで私の方ではありませんか
407.
題名のない音楽に 愛着がないのではなく
湧き出る水の全てに
名前などつけていられないでしょう
もしも必要だとすれば
泉の湧く場所と その理由である貴方の
全て 二つの名だけで足りるでしょう
地図にない場所に 私はそれを見つけたのです
408.
時間も構わず バス停で 確かに私は待ちました
人の声がかかる度 貴方を思い出し 待ちました
けれどそれが 待たせることでもあったなら
永久に隣り合うことはない
あの日 外灯が照らす 二つの影は
別のことを考えていました
或いは全く 同じことを
409.
額縁に思いを敷き詰めて 形が揃いつつありますが
右半分は貴方から 受け取るまでは空白のまま
半分しか完成しないパズルに
私は長年 夢中になっているのです
薔薇園で 純白のドレスに身を包む
貴方の姿が抜け落ちたまま
部屋に飾ろうとしています
410.
私の台本の中にある 言葉や行動の全ては
誰かの真似事に過ぎないでしょう
しかし 同じ感情を覚えたなら
それに倣わず どうして伝えられましょう
人の生涯の行く末が 孤独か幸福の二択なら
どちらの答えも 貴方からもたらされるでしょう
刻が突き当たる三叉路に 引き返す道はないので
411.
祝福の 行進曲が聞こえるとき
浮かべるのは 微笑みを模した 泣き顔か
泣き顔のような 微笑みか
私の存在を 貴方には知って欲しかった
貴方の晴れの日を 知っていたかった
それでも私は 貴方を追う
一人の観客に過ぎなかった
412.
伸びる手より 私が待つことを選ぶのは
運命は そう易々と 私を訪ねて来はしないから
もう一度 自分の足で飛び出せるような
そんな瞬間を待っているのです
愚かさであると知りながら
愚かさの 先にあるものを 手にできたなら
諦めて得る正しさなど 慰めに過ぎぬと知るのです
413.
哀れな愛の最期に 幕は閉じ 拍手は止まなかった
ちっぽけな身に降りかかる 小さな悲恋物語では
人の胸には響かぬでしょう
夜風を浴び 劇場を後にするとき
ヒールの音が聞こえた気がした
あの頃 まだ履きなれない靴を
履いて歩いていた貴方のような
414.「felice」
僕らは歩き出した
誰もが追い越していくようなスピードで
一つの景色を見逃さぬように
町中の時計が先を急ぐ中
ここだけが 緩やかに流れるのは どうしてだろう
今は小さな幸せを感じながら
二人の永遠を見つめてゆこう
415.
窓辺に立っていてください
私の歌が聞こえるように
その無骨さは 真面目さであれ 惨めさであれ
消せぬ想いを 灰になるまで燃やしている
私を見下ろし 憐れむだけであったとしても
雨風に負けず 炎が揺れるのを 見てください
そして 貴方の炎が揺れるのを 感じてください
416.
少し離れたベンチに腰掛け
此方においで、と誘いかけた
私とは 全く別の生き物で
並んでみると 何とも可憐な香りがする
その日着るものがあればいいと言うだろうけど
丈も揃え 貴方が選んだ洋服に
煙草の臭いが 染み付いて欲しくなかったので
417.
生涯一度の出会いとは
すれ違う人 全てに言えることですが
生涯一度の再会とは
お別れのためのものでしょうか
そうだとしても もう一度会って話したい
貴方にとっても その再会が
無意味なものに ならないように 願いながら
418.
遥か異国に 足跡をつけて回りましょう
少女のような あどけない姿は
思い出と 常夏の島に置きましょう
世界中を旅し 焼き付けたフィルムが
スクリーンに写し出されるとき
老いた二人の中に 若い二人が生きていることを
再び確認し合えるように
419.
若さとは 二度と戻らぬものであり
また胸の中に 生き続けるものであります
私は信じる それが今日でなかったとしても
枝の先から根元へ また枝先へ
振り返り 新しい道を辿るのに
遅すぎることはないのだと
何しろ 私達はまだ若いのだから
420.
私はまだ 貴方に会いに行けないのですか
貴方はまだ 私に会いに来てくれないのですか
月を目がけて 打ち上げれば
空いっぱいに 花開くような熱情を
どれほどの意志で 抑え続ければ良いのでしょう
貴方もどこかで見ていますか
浴衣を着て 今年の夏を 象るような一枚の挿絵を