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四 法師

 ナギサは基本的な護身術程度の戦闘訓練しか受けていない。軍籍を持つとは言え、あくまで研究員が職務である。そのナギサが無敵になれるとピクシーが判断している。それはすなわち、技術力の差である。それほどの差があるのなら、オクタゴンに戻るまでの間くらい何とかなるだろうか。向こうが無事なら、きっと探してくれているはずだし。などと思っていると、そこに。


「お下がりなさい!」


 小柄な侍がナギサの前に回った。侍、で良いのだろう。刀は一本しか差していないし、ちょんまげも結ってはいないが、他の小汚い男たちと比較すれば、侍という呼び方がしっくり来る。侍はナギサに声をかけた。


「何処のどなたとも存じませんが、その(むすめ)()を連れて逃げてくれませんか。ここは、それがしが何とかします」


 見れば小さな女の子がうずくまっている。どうやらこの子を助けようとしているらしい。


「お前に何ができるよ、このちび侍!」


 短刀を振りながら、小汚い男が一歩迫った。しかし次の瞬間、その男は突然泡を吹いて真後ろに倒れた。


「なんだとっ」


 そう声を上げて一歩下がった隣の男も、急に体を震わせるとバタンと後ろに倒れた。


「な、おい、どうしたんだよ、お前ら」


 他の仲間が、倒れた男たちに駆け寄る。何が起きているのか理解出来ず、混乱しているようだ。


「あらあら、(ばち)でも当たったんじゃないの」


 ナギサの言葉に、みるみる男たちの顔色が変わって行く。別に魔法の力を使った訳ではない。男二人を倒したのは、ナギサのコートのポケットの中にある、マイクロウェーブ式の無線スタンガンなのだが、周囲にいる者たちを見る限り、それを理解できる文化文明を持っている世界の住人には思えなかった。故に説明はしない。


「おまえら、次に会ったらタダじゃ置かねえぞ」


 そんなありふれた捨て台詞を吐きながら、小汚い男たちは、倒れた仲間二人を連れて逃げて行った。後にはナギサと小柄な侍、そして少女が残った。


「妙な恰好をした女子(おなご)だと思っていたのですが、法師さまだったのですか」


 小さな侍が目を輝かせてナギサを見つめる。ナギサはピクシーに小声でたずねた。


「ホウシって何」

「徳の高い僧侶への呼称であると言えるね」


 もしかして、黒いコートが(すみ)()めの衣に見えているのだろうか。


「いや、法師とかっていうか……まあその、似たようなものではあるけど」


 ナギサの視界の隅でピクシーが踊る。


「潜宙艦のオペレーターと法師って似てるのか。それはないと言えるね」

「ややこしくなるから黙れ」


「いかがいたしましたか、法師殿」

「いや、何でもない。こちらの話。それより」


 ナギサは少女に目をやった。疲れ果てた様子の少女は、うずくまったままだ。


「キミはこの近所の村の子かい。家の近くまで送っていこうか」


 そう言うナギサに、少女は無言で首を振る。侍は、しゃがんで顔をのぞき込んだ。


「では何処から来たのだね。名前は何と言うのかな」


 しかし、少女は無言で首を振るのみ。


「もしかして、口が利けないのかな」


 そのナギサの言葉を肯定するように、少女は押し黙ってしまった。


「これは困ったな」


 侍が頭をかく。ナギサも困惑した。いかにナギサが文明の利器を身につけていると言っても、人間の頭の中をのぞくような装置は持ち歩いていない。


「どうしたものか。放り出して行く訳にも行きませんし……そうだ」


 侍は何かを思いついたらしい。


「何か()い考えでもあるの」

「はい、貝塚の本願寺さまで、たずねてみようと思います。近隣の事に詳しい方もおられるでしょうから」


「貝塚本願寺!」


 ナギサの視界の中で、緑色のこびとが激しく踊った。楽しげな声がナギサの脳に響く。


「もし仮にここが過去の日本だとするなら、本願寺が貝塚に移ったのは西暦一五八三年、天正十一年七月の事だ。つまりこの場所は、安土桃山時代の和泉国南部の可能性があると言えるね」


 ナギサは瞠目した。


「え、ちょっと、それってつまり」

「そう、つまり貝塚本願寺をセンタースポットに固定すれば、おおまかな地図情報を作成する事が出来ると言えるね」


 ナギサは小さく首を振る。


「いや、違う違う。そうじゃなくて。タイムスリップしたのかって事」

「それはまだ確定できない。しかしそれに準ずる状況にあるのは間違いない。厳密にタイムスリップであるかどうかは、大した問題ではないと言えるね」


「いやいやいや、こっちにとっちゃ大問題だから」

「法師殿、いかがされましたか」


 侍が、キョトンとした顔でナギサを見つめている。


「いや、何でもない。ホント、何でもないから」

「はあ。では、それがしはこの子を連れて本願寺さまに参ります。イロイロとありがとうございました」


 ペコリと頭を下げた侍に、ナギサは思わず駆け寄った。


「いやいやいや、ちょっと待って」

「は?」


「いや、その、そ、そうだ、私も本願寺に行こうかな、と思ってたんだ」

「おや、そうだったのですか。奇遇ですね」


 もちろんデマカセである。だが、いくら場所や時代が特定出来ても、いくら便利な道具を持っていても、今この状況で一人で放り出されるのは、とてもじゃないが勘弁して欲しい。幸いこの侍は悪人ではないようだし、ついて行ける所までついて行かねば。


「まあ、あれだ、何と言うか、旅は道連れって言うじゃない」

「そうですね、これも何かの縁でしょう。では一緒に参りましょうか」


 そう言って、ちょっと頬を赤らめた侍の笑顔に、ナギサは心底ホッとした。


「ああ、そうだ。まだ名前を言ってなかったっけ。私はナギサ。テンショウジ・ナギサ」

「ナギサ殿ですか。それがしは古川孫一郎と申します。よろしくお願いいたします」


 孫一郎は少女の手を引いて立たせると、着物についた埃をはらってやった。そして三人は連れ立って紀州街道を南へと歩き出した。




 三人から、およそ百メートルほど離れていただろうか、街道の北側に居た旅姿の四人の男が、笠を寄せ合い小声で話している。


「ふう、肝を冷やした」


 それはまだ若い声。


「心配のしすぎだ。あの程度の連中なら、孫一郎さまでも遅れは取らん」


 叱るような中年の男の声に、若い声は反発する。


「だが親父」


 それを手で制して、親父と呼ばれた男は他の三人を鋭い視線で見やった。


「甚六と与兵衛は孫一郎さまについていろ。太助は俺と来い。さっきの連中の根城を確かめておく」

「あいつらに何かあると思うのか」


 甚六と呼ばれた若い声が問う。


「それを確かめに行くのだ。連中がただのゴロツキなら、それに越した事はない。しかしこの時代、誰が誰とつながっているか知れたものではない。念には念を入れねばな」

「では六衛門さま、つなぎはどういたします」


 そうたずねたのは与兵衛と呼ばれた若者。


「この先、寺内町よりも手前に小瀬(こせ)という村がある。その惣堂で落ち合おう」


 親父すなわち六衛門の言う惣堂とは、村はずれ、もしくは村と村の境に立てられていた仏堂であり、村全体の管理下にあった。そして多くの場合、村の者だけではなく、旅の者が勝手に寝泊まりする事を黙認されていたのだ。この時代、日本中の大抵の村では、様々な理由――主にセキュリティ面であるが――から()()(もの)を泊める事を禁じられていた。いわばその救済措置である。


「なあ親父、やっぱり俺が一緒に行った方が良くないか」


 甚六の言葉に六衛門は微笑みを返す。


「どうした。何か心配なことでもあるか」


 甚六は口をつぐんだ。


「確かに、おまえの腕は当てになる。しかしだからこそ、孫一郎さまについていた方が良い。わしらの役目は(もり)()だ。それを忘れるな」

「……わかった」


 六衛門の言葉に、甚六は渋々うなずく。そして四人は二手に分かれた。

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