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二十四 刀鍛冶

◇天正十一年十二月二十三日


 朝は良く晴れていた。まだ太陽は出ていないが、星がきれいだ。空気はしんしんと冷え込んでいる。宣教師と共連れの二人は紀州街道を南に向かった。


「今日ハ(みず)()(でら)ニ行キマス」

「有名な寺なのですか」


 忠善は、眠気など微塵も見せずに提灯を持って先を行く。朱色の着物と白袴を纏うこの希代の剣士には、隙というものがまるでなかった。


「山深クニアル古イ寺デス。カナリノ勢力ヲ持ッテイルト聞キマス。見テオイテ損ハナイデショウ」


 六衞門は相変わらず黙々と最後尾をついてくる。まあ死体なのだから、黙っているのは当たり前なのだが。


「しかし、岸和田城からの使いを待たなくて良いのですか」


 その忠善の言葉に、宣教師は憤然と顔を上げた。


「何故我々ガ、待タネバナラナイノデスカ。待タセレバ良イノデス」

「……司祭さま、意固地になってますね」


「意固地ト違イマス。コレハ駆ケ引キデス」

「なら良いのですが」


 山脈側の空が、うっすらと白んできた。もうじき提灯も要らなくなるだろう。だが、水間寺までどれくらい時間がかかるのか読めない。帰り道が暗くなる事も考えられる。ロウソクは棄てずに持っておこう。ロウソク高いしな。忠善は、そんな事を考えながら歩いていた。



 ◆ ◆ ◆


【顕如の日記】


 昨日、岸和田城に伴天連が招かれたらしい。もしや中村殿に取り入って、この和泉で布教でも考えているのだろうか。危機感を覚える。何らかの対策を打たねばなるまい。なのに卜半斎は私の言う事になど耳を貸さない。門徒がキリシタンに鞍替えしたらどうするつもりなのだ。まったく頼りない。


 ああ、卜半斎と言えば、この間の旅人のために、何か一筆書いたらしいのだが、何故そういうのを私の方に回さないかな。私にまかせれば、もっと威厳のある凄い格好良いヤツ書いたのに。気の利かない男だ。


 ◆ ◆ ◆



「帰れ」


 けんもほろろとは、この事だろう。孫一郎とナギサと少女は、海塚に連れられて、昼過ぎに貝塚寺内町を出た。たどり着いたそこは海に近く、すぐそばの砂浜に漁師の舟が上がっている村の一角。痛いほどに冷たい海風が吹きすさぶ中、津田村の刀鍛冶の元を訪れた孫一郎たちに、刀工の頭領が言い放ったのが、この一言であった。


 あばら屋とまで言うほど酷くはないが、決して経済的に豊かとは思えない、板葺き屋根の建物の前で、一歩たりとも中に入れないという意図を体現すべく、頭領は戸の前に立ち塞がった。内側からは(つち)を打つ音が聞こえてくる。


「卜半斎さまからの紹介でもダメですか」


 海塚が差し出した書状を受け取ろうともせず、頭領は首を横に振った。


「ぼっかんさんには世話になってるが、これはダメだな。鍛冶場はガキの遊び場じゃない。()()するだけだから帰れ」

「感じ悪っ」


 ボソッとつぶやいたナギサを、頭領がにらみつける。耳は良いのかも知れない。


「怪我の心配なら要りません」


 一呼吸置いた孫一郎の言葉に、頭領は怪訝な顔を見せた。しかし孫一郎は笑顔で続ける。


「それがしの家も刀鍛冶です。鍛冶場に何があるのかは知っております。決して、ご心配をおかけするような事は致しません」

「へっ、家が刀鍛冶だと。何て名前の鍛冶屋だ」


 それは嘲笑というべき笑い顔。しかし孫一郎は毅然と答えた。


「会津の古川と申します」

「知らんな、そんな田舎の鍛冶屋なんぞ……」


 そう言いかけて、頭領の表情が固まった。


「いや、ちょっと待て。会津の古川って、もしかして、古川兼定じゃあるまいな」

「はい、うちの一族は代々兼定を名乗っております」


 その言葉に、頭領の目の色が変わる。


「え、それじゃ、もしかして、もしかしてその腰の刀は」


 孫一郎の腰の物をさす指が震えている。それを見ながら孫一郎は笑顔を返した。


「ええ、和泉守兼定の作です」

「うおおおおっ! ちょっと、ちょっとだけ見せてくれない、か、くれませんか」


 さっきまでの見下すような態度は何処へやら、頭領の目は孫一郎の顔と刀とを行ったり来たりしている。孫一郎は勿体ぶる事すらせず、腰の刀を鞘ごと抜き、ポンと手渡した。


「はい、どうぞ」


 自分で見せろと言いながら、頭領の顔からは血の気が引いていた。この寒いのに汗をかいている。


「これか、この(つか)(まき)、この目貫、これが和泉守兼定の(こしら)えか。あの、ちょっと、ちょっとだけ抜いてみても良いでしょうか」

「良いですけど、それであの、鍛冶場は」


 すると突然、頭領は振り返り、鍛冶場の戸を引き開けたかと思うと、中に向かって声を張り上げた。


「おうてめえら! 客人だ! もし失礼な事してみやがれ、ブチ殺すからそう思え!」


 そして孫一郎たちを手招いた。


「ささ、どうぞお入りください」

「はあ」


 刀工たちは呆然としている。まあそりゃそうだろう。申し訳なさげに孫一郎は鍛冶場に足を踏み入れた。外からは頭領の声が響いてくる。


「うおおおおっ! この刃紋! この(しのぎ)(すじ)! 凄え! 兼定凄え!」


 鍛冶場には特別な物はなかった。ふいごで炭を(おこ)し刀に焼きを入れ、金床の上に置いて(つち)で打つ。刀を持つのは鉄の金箸――いわゆる『やっとこ』だ――何処の刀鍛冶でも見られる物しかそこにはなかった。それが当たり前なのだ。


 打っている刀はおそらく数打物――つまりは大量生産の廉価品――であろう。それもこの時代、当たり前だ。その当たり前の事実を当たり前として確認する事に意味がある。


 会津の鍛冶場にある道具も、こことまったく同じである。当たり前の鍛冶場なのだ。だが会津兼定が打ち出す刀は、当たり前の刀ではない。天下に名の通った銘刀である。何故そんな事ができるのか、それを知らねばならない。それが理解できなければ、孫一郎には『兼定』は継げないからだ。

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