閑話休題その2 レナのお見舞い(前編)
二章終わったので箸休め。
時はGWの過ぎた五月中旬の水曜日。
天神玲奈がいつも通り、朝一の講義に出席する為に、開始三分ほど前に講義室を訪れ、ある事に気が付いた。
「――あれ、凧谷くんがいない?」
普段のこの時間なら、既に定位置に着席して授業を待っているはずの凧谷慎二がいない。
そのことに疑問を覚えた玲奈は、自身も定位置に座ると同時に、スマートフォンのメッセージアプリを起動する。
そこに『授業始まるよ? 寝坊?』という短い言葉を綴って送信する。
すると、しばらくして講義開始直前になって返信が届いた。
「え?」
そこには一言、『風邪を引いた。休む。』と書いてあった。
予想外のその言葉に玲奈はとても驚いた。
彼と知り合って丸二年くらいだが、その間に慎二が風邪を引いて休んだ覚えなど玲奈にはない。
これはもしかして、相当ひどいのではないだろうか。
玲奈は、そう思い慎二の身を心配した。
「たしか、凧谷君は春から一人暮らしだったはず。これは、お見舞いに行った方が――」
そこまで呟いたところで、玲奈は気が付く。
――お見舞い。
そう、お見舞いである。
何気なく口にした言葉であるが、ソレが意味することは玲奈にとって大きい。
ソレはつまり、好きな人の部屋に合法的に上がり込めるということ。
「――ごくり」
ここで生唾を飲み込んだ玲奈。
玲奈自身も分かっている、ここで生唾を飲み込んだ自分がまるで変態だということを。
だがしかし、急遽立ち上がった玲奈の脳内会議で、玲奈の中の(特に)ダメな部分の自分はこう囁く。
『好きな人の部屋に行って興奮しない人なんていない!』
『今の私に石を投げたくば、思い人の部屋に行って何も期待しなかった奴でだけ投げなさい!』
『女の子だって、一皮むけばみんな捕食者』
なんということだ、脳内の(特に)ダメな玲奈は三人もいた。
これには(まだ)理性的な一面の玲奈も反抗しようと声をあげる。
『いや、そんな野獣なこと考えてはいけない!』
そう声をあげた理性的な玲奈。
しかし、彼女は続けてこういった。
『弱ってる彼に侵け入――げふん、げふん。ここぞとばかりに甲斐甲斐しく介抱してあげれば、いくら鈍い凧谷君でも何か感じてくれるはず!! 先を見据えた行動をすべし!!』
『先を見据えた?』
『そう! そして将来的には――ぐへへへへ』
なんということだ、(まだ)理性的な一面の玲奈すらも、その本性は捕食者だった。
そして脳内会議は、こういう結末を迎える。
『なんかいい感じになるために、凧谷君のところにお見舞いに行く! 以上でよろしいですか!!』
『『『異議なし!!』』』
こうして、欲望の発露にしかなっていない脳内会議は終結し、玲奈の今日の方針は決まった。
□■□
「えーと、確かこの辺だった――あ、あったあった」
その日の午後。
今日の講義を全て終えた玲奈は、近所のスーパーでスポーツドリンク等色々買いこんで慎二の暮らすアパートに向かっていた。
何故、玲奈が一度も訪れていない慎二のアパートを知っているのかは――多分読者の皆様は知らない方がいい。
恋する乙女とは、常時暴走しているようなものなのだ。
ちなみに行くという事前連絡はしていない。
完全なサプライズである。
内心、慎二のことをちゃんと心配する気持ち半分、ワクワクが半分といった感じでアパートの外階段を上がる。
そして、慎二の部屋の前についた玲奈は、小さくここで深呼吸。
「――よし!」
息を整え、小さく気合を入れてインターホンを押す。
「凧谷くーん、大丈夫―? お見舞いにきたよー!」
ドアの外からそう呼びかけると、しばらくして部屋の中で小さな物音と何かの動く気配。
そして、静かにドアが開く。
「あ、凧谷く――」
言いかけて、玲奈は絶句した。
そこにいたのは、部屋の中から出てきたのは――。
「はい? どちら様ですか?」
玲奈の知らぬ、黒髪の美女だったのだ――。
れ、玲奈の瞳からハイライトが消えていく⁉︎
次回、「……ねぇ、その女だれ?」。
デュエルスタンバイ‼︎




