ACT.38 最低の下策(Ⅱ)
「よし、かかった!!」
瞬間、【“青冠”の嶺兎】の足もとが、崩れる。
もろく崩れ去ったその土の下にあったのは、空洞。
――つまり、レナの真後ろには、落とし穴が仕掛けられていたのである。
しかし、それは【“青冠”の嶺兎】にとって脅威ではない。
奴は、空洞に落ちる前に、空を蹴ることでその場から離脱を試みる。
【“青冠”の嶺兎】にとって、空は足場であり、落ちるものではなかった。
「――させるか!!」
そこに、落とし穴の更に真後ろに隠れ蓑を使って潜んでいたカイトが跳躍し、飛び込む。
カイトは空中で、無防備な【“青冠”の嶺兎】に回し蹴りを叩き込み、落とし穴のそこへ叩き落した。
ガコン!!
落とし穴のそこに落とされた【“青冠”の嶺兎】は、その底の異様な様相に困惑した。
直径5m近いその穴の壁面は、何故か銀色にコーティングされており、その床には、乱雑に木材が敷き詰められていた。
『―――――GUR?』
奴が困惑しているうちに、奴を叩き落したカイト本人も、どさりと穴の中に落ちる。
そして、カイトが地上で同じく隠れ蓑を被ってスタンバイしていたナギに向かって叫ぶ。
「今!!」
「はい!」
そういってナギは、腰につるしてあった瓢箪を穴の中に放り投げ、すかさずこう唱えた。
「【奥義:願イハ誰ガ為ニ】“濃度”ダウン、“質量”アップ!」
その瞬間、ナギの奥義が発動し、瓢箪の中で圧縮されていた液体が、元の質量を取り戻し、内側から瓢箪を破壊してはじけ、中身を穴の中にまき散らす。
『GURRRR!!』
【“青冠”の嶺兎】は、液体を浴び、その液体の放つ、あまりの異臭に苦悶の声をあげた。
カイトも同時にそれを浴びたが、それを気にせず地上に合図を送る。
「OKだ、閉めろ!!」
「は、はい!」
続いてナギが取り出したのは、先日レナが使っていた大盾。
彼女は、その盾に向かってこう唱えた。
「【奥義:願イハ誰ガ為ニ】“重量”ダウン、“サイズ”アップ!」
するとどうだろうか。
元の状態でレナの身の丈ほどあった盾が更に巨大化。
その大きさは、優に直径5mを超え、穴の大きさよりも巨大になる。
ナギはそれを軽々と操り、その盾を穴の上にかぶせた。
「レナさん! お願いします!!」
「任せて!」
ナギの声にそう答えたレナは、大盾の覗き穴の隙間に指を差し込む。
一方、【“青冠”の嶺兎】はこの謎の液体の正体が何なのか考えていた。
そしてあることに気が付く。
一度は濡れた自身の身体が、もう既に乾き始めているということに。
『――――――!?』
そのことに気が付いてしまった瞬間、最悪の悪寒が【“青冠”の嶺兎】の背筋を駆け抜けた。
まずい、このままでいるとまずい。
そう考えた【“青冠”の嶺兎】は、脱出のためすかさず跳躍する。
しかし、跳躍した足に、銀の鎖が絡まりつく。
その反対の先端を持つのは、同じく穴の中に落ちたカイトだ。
「俺を一人にすんなよ、つれないな!」
カイトはその手に持った鎖鎌を思い切り引っ張り、跳んだ【“青冠”の嶺兎】を再び奈落の底に引きずり込む。
落ちされた【“青冠”の嶺兎】は、憎しみのこもった視線でカイトを威嚇する。
「はっ、そう睨むなよ、痛いのは俺も同じだ」
そう言って肩をすくめたカイトは、この後どんな苦しみが待っているのかを知っている。
そして、覚悟を決めている。
たまらないのは、そのカイトの覚悟に巻き込まれる【“青冠”の嶺兎】だ。
『GYUUUURRRRRR!!』
そのカイトの様子に最早逃げられないことを悟った【“青冠”の嶺兎】は、憎悪の方向をあげる。
――そう、今彼等が被った液体の正体とは、「燃える水」。
この世界では、ソレは駆動兵器のエネルギー源として使われる意外にも、ある使い道がある。
そして、地上にいるレナがこういった。
「カイト、ごめんね! 【火遁:狐火】!!」
それと同時に、奈落にいるカイトも【“青冠”の嶺兎】に向けてこう言い放った。
「さぁ、一緒に地獄を楽しもうぜ!」
瞬間、奈落の底は暴力的な紅蓮に染め上げられた。




