ACT.37 最低の下策(Ⅰ)
開けた大地に、乾いた風が吹き抜けるそんな焼け野原エリアの平原の上に、【“青冠”の嶺兎】は立っていた。
何をするでもなく、じっと待っていた。
誰を待っているのか。
そんなものは決まっている、次の獲物だ。
“予兆”の雷光に貫かれ、眷属と化した彼に食事や運動といった生き物らしいルーチンワークはもはや不要であった。
あるのは、奴等を狩るという使命のみ。
ゆえに彼は、その場で動かずに待ち続ける。
――次なる獲物の、その首を落とす瞬間を。
そんな乾いた静寂の中、一声が彼の長い耳に届いた。
声の主は、狐型の妖魔。
その声は、その妖魔が使う【妖術:妖魔招来】であった。
【妖術:妖魔招来】は、特定の妖魔にのみ聞こえる特殊な周波数の声を出して、妖魔を呼び寄せる妖術だ。
それが、彼に聞こえるということは、その妖魔が【“青冠”の嶺兎】を呼んでいるということに他ならない。
通常の妖魔が【“青冠”の嶺兎】を呼ぶはずがない、つまりこれは――。
『―――――――』
そして彼は無言のまま走り出す。
主に使える眷属として、己の存在意義を全うする為、そして闘争本能を満たす為に。
▽▲▽
焼け野原エリアの小高い丘の上。
そこでレナは、一人――いや、少し離れた位置にナギの召喚した妖狐たちがいるから正確には一人と二匹で【“青冠”の嶺兎】の襲来を仁王立ちで待っていた。
この作戦の第一段階は、レナ一人で奴に立ち向かわなければいけない。
ナギによるバフはかかっているが、それでもレナにはこの役割は重要だ。
それゆえに、いつものお気楽さは鳴りを潜め、一人の戦士として精神を集中させていた。
目を閉じ静かに神経を研ぎ澄ますレナは、遠くからかけてくる足音を察知した。
「――来た!」
そう言って目を見開いたその先には、猛スピードで迫る【“青冠”の嶺兎】の姿があった。
【“青冠”の嶺兎】は、瞬く間にレナに接近。
その速度そのままの飛び膝蹴りを繰り出した。
「【奥義:鬼蜘蛛の怪腕】!!」
奴の攻撃に合わせてレナは奥義を発動。
背中から伸びた巨大な四本の足と爪が、その飛び膝蹴りを受け止め弾く。
『――――――!』
弾かれた【“青冠”の嶺兎】は、空を蹴るその能力を駆使して、空中で多段的に跳躍して方向を調整、今度は大包丁を構えてレナに突貫する。
そしてその攻撃を、今度は一本の足で受け流し、残る二本の巨爪がカウンターのように受け流すと同時に、【“青冠”の嶺兎】に襲い掛かる。
――こうも素早く動き回る【“青冠”の嶺兎】にAGIでカイトにすら劣るレナが何故対応できているのか。
そのカラクリは単純。
分類上、レナの身体の一部である四本の足は、実はレナ本人とは別のステータスを所持しているのだ。
その足たちがもつステータスは、レナ本人よりもかなり高い。
STRもEDNもAGIも、それぞれが特化職とそん色ない高水準を保っている。
その為、カイトは時に茶化すときこそあれど、レナの実力をこう評する。
『足を止めての殴り合いで、レナに勝てる奴はいない』
そして、彼女の奥義の隠れた利点はまだある。
巨爪の攻撃を辛うじて躱した【“青冠”の嶺兎】。
ソレに次々と激しい攻撃を加えながら、レナはその巨爪の下で印を組む。
「【火遁:阿修羅分身】!」
その瞬間、巨爪が一気に十二本に増殖し、一斉に襲い掛かる。
『――――――――!?』
そう、レナの奥義の最大といえる利点は、これだ。
戦闘中、常時彼女の両手はフリーになる。
このゲームで両手が空くことは非常に重要な利点だ。
何故なら、忍術の行使には必ず手で印を組む必要性が生じるからだ。
片手または両手で戦闘中に印を組む行為は、少なからず隙を生む。
だが、その常識はレナには通じない。
彼女は、激しい攻防を繰り広げながらでも、安定して印を組み、忍術を行使することができる。
その脅威は、推して知るべしだ。
分身の虚影込みの十二連撃を避けられず、【“青冠”の嶺兎】はその巨爪の攻撃を見に受ける。
その威力は、【“青冠”の嶺兎】に命の危険を感じさせるのに十分であった。
【“青冠”の嶺兎】は考える。
激しい攻防戦を繰り広げながら、レナの弱点を見極めようとその眼を見開き、思考をめぐらせる。
そして、一つの致命的な弱点を発見した。
瞬間、【“青冠”の嶺兎】はその常識外れな瞬発力を使って、その姿をレナの前からかき消した。
「どこに!?」
そして、【“青冠”の嶺兎】が姿を現した――レナの真後ろに。
レナの――【奥義:鬼蜘蛛の怪腕】の唯一にして致命的な弱点。
それは、足の構造が蜘蛛を模しているがゆえに、構造的欠陥として爪先が真後ろに届かないということ。
背後は、レナにとって致命的な死角。
そこを突かれ、回り込まれたレナは叫ぶ。
「よし、かかった!!」
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