ACT.33 ”青冠”は嗤う(Ⅰ)
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「“予兆”!? それに名前が変わって――!?」
いまだに状況の理解ができていないカイトを他所に、天から地を貫く雷がやむ。
先ほどまで【“砲弾”の鉛兎】が立っていた場所に立っていたのは、奴とは似ても似つかない姿の妖魔だった。
顔や足と言った部分は兎だが、全体のシルエットは限りなく人間に近い怪人のようないでたち。
体長は2m以下で、やや猫背。そしてその両腕は異様に長く、地面にむけてだらんと力なく垂れ下がっている。
体毛は翡翠色でその瞳は深紅、そしてどこから持ってきたのか、その手には巨大な包丁のような大剣があった。
そしてカイトは目の前の妖魔から、プレッシャーのようなものをひしひしと感じた。
カイトは思った。
アレはまずい、あれは現段階では対処できないやべー奴だと。
「いったん引――」
カイトが二人にそう言いかけたその時だった。
一瞬にして奴――【“青冠”の嶺兎】の姿が掻き消えた。
そして背後に殺気。
咄嗟に振りむこうとしたとき、横殴りの衝撃を受けてカイトは吹き飛ばされた。
背後に瞬時に移動した【“青冠”の嶺兎】が、その長い腕で殴りつけたのだ。
「がはっ!」
地面を一回もバウンドせずに飛ばされたその先。
その先にも、奴がいた。
「な、なにがっ!?」
【土遁:空蝉】のような瞬間移動の類ではない。
瞬間移動の術を組んでいる仕草は一切なかったからだ。
ならばこれは、このカラクリは一つしかない。
奴は、素のステータスで、瞬間移動と思えるほどに素早く移動しているのだ。
そして奴は、迎えた先でその大包丁を大きく振り上げる。
まずいとカイトが思ったのもつかの間、瞬時にカイトの身体は、上半身と下半身に両断された。
「――【奥義:黄泉ノ凱旋者】!!」
致命傷を受けたカイトは瞬時に奥義を発動させ、自らの身体を修復させる。
「カイト!? こんのぉおおおおお!!」
その様子を見たレナが、力任せに【“青冠”の嶺兎】に向けて持っていた大盾をブーメランのように投擲する。
しかし、それも遅いというように、奴はまた掻き消えるような動きでそれを躱す。
「――カイト! 一瞬でもいいから、奴の動き止めて!!」
「了解だ!!――【火遁:多重分身】!!」
レナの声にこたえるように、カイトは術を唱えた。
瞬間、十二人に分身したカイトが、順に【“青冠”の嶺兎】に襲い掛かる。
「ナギ! 攻撃術式を組んでおいてくれ!!」
「は、はい!」
次々に、【“青冠”の嶺兎】に襲い掛かりながらも、ナギにそう指示を飛ばすカイトは、とうとう奴の右腕を捕まえた。
「――捉えた!」
「こっちも!」
カイトがその右手を掴み、一瞬奴の動きが止まった隙に、レナは鎖鎌で【暗器術:銀蛇鎖縛】を仕掛け、【“青冠”の嶺兎】の左腕を拘束した。
『―――――。』
こうして、二人の連携によって【“青冠”の嶺兎】の動きを捉えることに成功した。
あとは――。
「ナギ、今だ! ぶちかませ!!」
ナギが、火力技をぶちかますだけになった。
――だが、ナギの様子がおかしい。
「あっ、あ、あああああっ!」
ナギの顔からはあっという間に血の気が失せ、口からは嗚咽が漏れ、その手は震えていた。
「どうした!?」
「ご、ごめんなさい」
心配したカイトの問いに、彼女は謝罪で答える。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
その口からは、濁流の如く謝罪の言葉が――「ごめんなさい」が溢れ出す。
「な、ナギちゃん?」
「わ、わたしには、無理です――」




