ACT.30 “CHRONICLE”の胎動(Ⅳ)
▽▲▽
この世界には、鉛兎という一般的な妖魔がいる。
鉛色で鋼のように硬い体毛を持つ、大型犬サイズの肉食の兎だ。
その攻撃方法は至ってシンプル。
硬い身体と兎の脚力を活かした突進だ。
体色だけでなく、その鉛玉のような攻撃方法から取ったネーミングであろうと、プレイヤーたちの間では言われている。
そして、その鉛兎は、この世界では所謂“ザコキャラ”の代名詞でもある。
なんといっても攻撃パターンが突進のみと非常に単調であり、対処がとても容易なのだ。
その為、よく初心者の訓練、レベル上げ、試し切りにとあらゆる場面で重宝されてはいる、そういう妖魔だ。
「そんな兎が、でっかくなりました、と」
「そうだね――どうするカイト?」
「どうするもこうするも」
そういってカイトは、チラリと後ろを見る。
後ろには、強引な二人のやり口にうんうん言いながら、頭を抱えてうずくまっているナギの姿が。
「どうだ、覚悟は決まったか?」
「うぅ、強引すぎますよ――えぇ、えぇ! 決まりましたよ、決めました! やってやりますよ!!」
半ばやけくそ気味にナギは立ち上がると、覚悟を決める。
仮にこの場にクロスがいたのなら、早くもこの二人のノリに染まりつつある彼女に同情の視線を向けたであろう。
「まずはどうしますか?」
「そうだな、相手の実力がわからないと、どうにもならないから、まずは俺一人で威力偵察といってみよう」
「一人で大丈夫ですか?」
「この中では、俺が一番死ににくいから、俺しか適任いないだろう?」
「まぁ、それはそうですが。あ、一応、バフはいっぱい掛けときますね!」
「助かる」
そういってナギは、手元で複雑な印を結んでこう唱える。
「【木遁:花天昇華】!」
その術を唱えると、カイトの身体を青白い光が包む。
「相手がどんな特異なことをして来るかが、まだ不明瞭なので、無難に全体強化にしときました」
「OK、じゃあ行ってくる。とりあえず、俺が死ぬまで戦うから、それで得た情報を使って、帰ってから作戦会議だ」
そう言ってカイトは、【“砲弾”の鉛兎】に向けて駆け出した。
「大丈夫でしょうか?」
「大丈夫でしょ」
そう心配するナギを他所に、レナはどことなく余裕な表情だ。
「カイトってあれでもレベルで測れない強さがあるし、意外と善戦――もしかしたら、倒しちゃうかもよ?」
▽▲▽
カイトが【“砲弾”の鉛兎】に向かって走り出してすぐ、奴自身にも変化が現れた。
垂れ下がっていた耳をピンと伸ばして、周囲の音を瞬時に探知し、その深紅の瞳を迫りくるカイトに向けた。
「――来いよ、デカブツ!」
カイトは手で【土遁:空蝉】の印を結んで初撃を受け流す準備をしてそう叫んだ。
その声に応じるように、【“砲弾”の鉛兎】は瞬時に駆け出す。
――だが、その速度は常軌を逸していた。
通常の鉛兎の速度を、自動車に例えるなら、奴の速度は新幹線のソレであった。
しかも、一歩目の初速から最高時速を出す脅威の瞬発力付きで。
「はやっ!?」
一瞬で距離を詰められたカイトは、その巨体にあっという間に轢かれる。
だが、【土遁:空蝉】の効果で、一時上空に転移する。
兎のスピードは蛙の様な跳躍ではなく、他の動物の様な走力による速さであり、上空に逃げれば、奴は追撃できないであろうと踏んだのだ。
しかし、カイトの予想を裏切る行動を奴は起こした。
なんと、カイトを轢いたその瞬間にその場で急停止し、その耳でカイトの転移先を瞬時に探知し、その驚異的な瞬発力をもって跳躍したのだ。
「なっ!?」
そしてその巨体は容赦なくカイトに襲い掛かり、押し潰す。
瞬時に、カイトのHPが削り取られた。
――だが、カイトにはまだ【生存権】のパッシブスキルがある。
【生存権】の効果でHP残り10%で耐えたカイトは、そのまま慣性の法則に従ってふっとばされる。
しかし、この時カイトは安心していた。
一度空中に出てしまえば、【“砲弾”の鉛兎】は再度加速ができず、追撃はできない。
それでいて自分は、吹っ飛ばされたことによって距離が空いて、奴の攻撃を対処しやすくなる。
実質の仕切り直しかと思われたが――。
――次の瞬間、【“砲弾”の鉛兎】は空を蹴った。
空を蹴った奴は、方向を微調整して、再度あの化け物じみた加速力をもってカイトに襲い掛かった。
「ちょ――」
その瞬間、カイトの身体は青い光のエフェクトになって砕け散った。
何気にご報告が遅れましたが、当作のブクマが100件を超えました!
皆さまのお陰で、ここまで来れました!
感無量です。
ここまで応援して頂いた皆様、ありがとうございます!
そして、これまで見てきた皆さまにも、これから見にくる皆さまにも満足して貰える作品を目指して頑張っていこうと思います‼︎




