3粒目「異変と決断の炊き込みご飯」
あれ?神ってヒューマンじゃないよね?
そもそも七”人”じゃないよね?
七柱だよね?
そんなことを考えてしまった今日この頃です。
その日、神様達は染まってしまいました...。
ここはいつもの如く加藤家。
今日も佳代子が夕食の支度のためキッチンにたっています。
「さて、やりますか。まずは...」
エプロンを付け、紐をきゅっと、しばります。
その後、鍋に水を入れ、火にかけます。
そして、手際よくにんじんをせん切りにしていきます。
トントントントンと軽快なリズムが静かな部屋に響きます。
いつも騒がしい颯くんは幼稚園で疲れたのかソファでぐっすりおやすみのようです。
そしてそのリズムが鳴りやみました。
どうやらにんじんを切り終わり、ごぼうをささがきにしているようです。それを水につけアク抜きします。
そして次に冷蔵庫を開け、チルドに入っているパックを取り出しました。
これは、鶏もも肉です。
それを慣れた手つきで2センチ角に切り、醤油と酒で下味をつけたところで、先程火にかけた水がグツグツとしてきました。
そこでそのお湯にこんにゃくを入れアクを抜きを始めます。
アクが抜けたこんにゃくを2ミリ程度の棒状に切り、干ししいたけを戻し、せん切りにしていきます。
そして、先に解凍しておいた油抜き済みの油揚げもせん切りにしたところで、
「ふぅ、」
そう言って、額の汗を拭う仕草をします。
そして、
「よしっ」
と気合を入れ直し、またテキパキと動き始めました。
まずは事前に水に浸しておいたお米の水を切り、醤油、みりんを入れ、目盛まで水を注ぎます。
そして先程の食材を入れ、ジャーのスイッチを押しました。
作っていたのは炊き込みご飯だったようです。
その後も佳代子は次々とおかずを作っていきます。
その間ジャーの中ではお米が調味料の色や食材の旨みを吸って白からきつね色へと変わっていきます。
そうして炊くこと数十分。
ピーピー...。
甲高い音が鳴り響きます。
炊きあがりの合図です。
ジャーを開けると熱気の篭もった米の香りと醤油の香ばしい匂いが立ち込め、食欲をかき立てます。
そんな炊き込みご飯を配膳し終わると今日も楽しい夕食が始まるのでした。
さてさて、今日の炊き込みご飯にも、もちろん米神様達が住んでいました。
ここは、炊かれている米粒の中。
今日も今日とて広いワンルームで七人兄弟が生活を共にしている。
とは言っても今日はここまで修羅場もなく、皆それぞれ気の赴くままに過ごしている。
そんな兄弟の中で今回は、七人兄弟の末っ子である米七にスポットを当ててみよう。
現在彼は直径10cm程度の手鏡を見て唸っている。
今僕の身体に異変が起きている。
というのも肌の色がどんどん茶色く?なっていくのだ。
なぜだろうと考えている間にも鏡に映る米七の肌は着々と米神としての肌の白さを失っていく。
はぁ、兄さん達はどうしているだろう。
そう思い、辺りを見渡す。
ワンルームの中央にあるちゃぶだいの周りでは米二と米五の二人がお互いの肌を見てゲラゲラ笑いあっている。
対照的に米六はいつも残留思念と会話しているため、この現象の理由を知っているのだろうか、肌の色など気にする素振りもなくいつも通り過ごしていた。
「うーん、米六兄さんに聞いてもいいんだけど別に害がある訳でもないし、ちょっと外の様子でも覗こうかな。」
そう言って鏡の側面に手をやり、3つあるボタンの内1番下を押した。
すると、先程まで米七が映っていた鏡は一瞬のスノーノイズののち、テキパキと調理をする佳代子の姿を映し出した。
「うーんいまはこれじゃないなぁ」
そう呟き、再度ボタンを押す。
すると次は鏡いっぱいに鮮やかなオレンジ色が広がった。
「わー、すっごいオレンジ」
ん?オレンジ?
予想外すぎる光景に我が目を疑ってしまった。
故障かな?そう思ってしまうほど不自然な光景だ。
現在この鏡はこの米粒の外側を映し出しているはずなのだ。仮にこの鏡の故障でないとすれば、この鏡の視点となっている場所をオレンジ色の物体が覆っているということになる。
「ふむ、ジャーの中に入っているとすればさすがに食材だよな...。だとするとその中には神が住んでいるはず。少し話しかけてみようかな」
中の神が霧散してないといいけど。そう付け足して鏡のむこう側に向けて恐る恐る話しかけた。
「あ、あのー、僕、米七っていう米神なんですけど誰かいますかー」
待つこと数秒、鏡のむこう側から少し低めの声がした。
『なんだ?この米か?』
そう言った”なにか”は視点となっている場所から離れたのだろう。その全貌が明らかになった。
その正体は
「にんじんさん?」
『その通り』
僕は高揚する気持ちを抑えられずに顔を綻ばせてしまった。なにしろ米神以外の神と話すのは初めてだ。
そんな米七の顔など知る由もないにんじんは話を続けた。
『とは言っても私はせん切りにされたので本体の一部でしかない。だから完璧な、にんじんの神ではないんだ。』
「僕はまだ他の神としゃべったことがないんだ!だから嬉しいよ!でもなんでせん切りにされても意識が残ってるの?僕達なんてすぐ意識が消えちゃうんだけど」
素直に、にんじんさんの言ったことに対する疑問を投げかけてみた。
『それはな、野菜が切られる前提で創造されているからだ。それに通常は、「ひとつのものに一人の神様」だからな。しかし、米は七人。その分一人一人の力が弱いのかもしれないな。』
自分の知らない知識を持っている神との会話にテンションが抑えられない。この人ならなんでも答えてくれる気がした。まるで幼い子供に戻ったかのように聞いた。
「じ、じゃあ!今肌の色がどんどん茶色っていうかきつね色に染まっていっているんだけど、なんでっ?」
『質問攻めか』
そうは言ったものの満更でもない感じのにんじん神は語りだした。
『それはな、有色の液体を炊く時に混ぜたからだよ。今回の場合は醤油だな。』
「そっか!そうだったんだ!」
この後も米七の質問攻めはとどまることを知らなかった。
そして、もう炊きあがりまじかという所で
「出身地は?」
そう聞いた。
『秋田だ。』
「秋田っ!?」
秋田といえば、あのあこがれの...これはもう、聞くしかない。
「あのー、あきたこまちちゃん見たことある?」
『あきたこまち?あぁ、市場で1度だけ見たことあるぞ。あれはすごくいい米だったなぁ』
「それはまじですかい。」
そんな会話の最中、ジャー内に大きな音が鳴り響いた。
♪♪♪♪♪
炊きあがりの合図はこの会話の終了を意味していた。
「ありがとう、にんじんさん」
『あぁ、こちらこそ楽しかったぞ』
こうして、異なる神様同士のおしゃべりは幕を閉じた。
場所は変わって、ここは茶碗の中。
もうすぐ神としての役目を果たそうかという所で米七は兄達を集めていた。
少し緊張したような、それでいて覚悟を決めた目をして口を開いた。
「兄さん達。僕は異動願いを出そうと思うんだ。」
その米七の言葉に兄達は開いた口が塞がらない。
異動願いとは神として産まれる場所を変更するというもの。今はこの地区のコシヒカリとして産まれてくるが、これを出せばどこかの地区の『コシヒカリ』に異動となる。この地区のコシヒカリでいれば加藤家という生存率の高い優良物件へ行ける可能性が高い。そんな米神が異動届けをだすなどありえないのだ。
そんなことは百も承知の米七だが決意は変わらないようだ。
「僕、あこがれのあきたこまちちゃんに会いたいんだ。」
その真っ直ぐな瞳を見た兄達は真実を告げることは出来なかった。異動届けを出してもあきたこまちに会うことはできないと。
コシヒカリとあきたこまちをブレンドして炊くというクレイジーな家庭がない限り終わらない米七の旅がこうして始まった。
こんな展開予想していなかった。なんか料理小説になってしまうし、、、
最後に、
おい!料理番組並の事前準備だな!というツッコミは受け付けておりませんので心の中に留めておいてください。
P.S.
設定が変わりました〜。