1粒目「みずのりょうまちがえちゃった!」
ねぇ、知ってる?米粒の中には七人の神様が住んでるんだって。
「ねぇご飯まだあ?」
ここは加藤家、まだ5つになったばかりの颯君が母の佳代子にそう訪ねます。
「もう少しでできるからねー、まっててね」
そう言うと佳代子は魚焼き器の中を覗きます。
どうやら鮭を焼いているようです。
「あとすこしかな」
そう言って次は炊飯ジャーに目をやります。
表示は15分。
15分か、それならもう味噌を溶いちゃおう。
カチャカチャ
おたまに味噌を乗せ
あらかじめ作っておいた出汁の中に入れ、箸でときはじめます。
オープンキッチンから漂う鮭の香ばしいにおいと、味噌汁の落ち着く香りに誘われて、そろそろかと、家族が自然と食卓に集まります。
なんやかんやで15分。
佳代子は炊けたお米を見てなぜだか少し苦笑したあと、お米をよそいます。そのお米はとても粒がたっていて美味しそう。それもそのはず。このお米は日本のトップブランドであるコシヒカリなのです。
お米をダイニングテーブルにおいて完成。今日の献立は味噌汁、焼き鮭、ほうれん草の胡麻和えに、漬物、、、
これぞ日本食。完璧な一汁三菜です。
そんな一汁三菜でもやはり欠かせないのは主食であるお米でしょう。
さてさて、颯君が今日幼稚園であったことを話始め、食卓に会話の花が咲く15分ほど前、炊飯ジャーの中はちょっとした混乱状態にありました。
加藤家にある『炊飯ジャー』。これは料理にこだわりをもつ佳代子のために、夫の義雄が買った本格土鍋仕様のちょっといいやつ。
その中では、IHコイルからの熱を受け、水を吸い込んだお米がゆっくりとその形をふくらませていた。
これはその中の1粒での物語。
ここは七人の神様が住むお米の中にある部屋。
間取りがワンルームのこの部屋で神様達は各自自由に生活していた。
今日のお米は新米なので、置いてある家具、家電は新品で最新の物ばかりだ。
そんな部屋に異変が生じていた。
「ねぇ、なんか床上浸水してきてない?」
七人の神様の末っ子である米七は水から逃げるようにつま先立ちをしながらそう言った。
それに対し、目を瞑ったまま胡座をかいて動かない次男の米二が口を開く。
「それはないだろう。なんたって調理しているのはあの料理上手の佳代子殿なのだからな。ま、これは米六の受け売りだがな!」
次はちょっとおちゃらけているように見える三男の米三が慌てたように言う。
「米二にぃは見てなかったかもだけどジャーに水入れたの颯くんだからっ!そしてにぃの服、もう濡れてるから!」
そう、完璧な水加減で炊けばこの部屋に水が侵食してくることなどないのである。
しかし、この部屋に入る水は時間を追うごとにその水位を増して行った。
「...」
「...」
「...」
「ねぇ、さ、流石にもう止まるよね?」
この沈黙を破ったのは先程まで余裕をぶっこいていた米二だ。
「米二兄さんってそういうところあるよね、、、でも、残念なお知らせなんだけどこの釜に残ってた過去の米神たちの残留思念によると颯くんの水加減は絶望的だって」
米二に佳代子は料理上手だと教え、喜びを与えた米六が今度は絶望へとたたき落とす。
「...」
「米二にぃ黙っちゃったじゃん。どうするの」
「どうするって言われてもなぁ」
米六と米三がそんな会話をしていると、何かに気づいたように米七が声を上げる。
「あ、あれ、そう言えば”他”の兄さんたちは...?隠れてるの?テンパってて気が付かなかった...」
その言葉はこれまで他の皆が言うまいとしていた禁忌の言葉だった。先程の空気など屁でもないほど空気が重くなった。
そんなそんな空気を破ったのもまた米二だった。
「米七よく聞け、まず我らが1番の兄、米星、それに続き米四、米五の3人は遊泳服を着て回覧板を届けに行ったっきり帰ってこない...」
その言葉に米七は絶句した。
少し居眠りしているうちにそんなことになっていたなんて...くそっ!最後の時を家族全員で過ごせないなんて!
そんな米七を他所に米二は話を続ける。
「このままだと皆、食べてもらう前に...我々の意識は尽きてしまう...!!」
こういう自体に覚悟を決めたのだろう。先程の頼りなさを捨て、兄としての務めを果たそうとしている。
「そんな...俺まだ!まだ、憧れのあきたこまちちゃんと会ってないのに!」
「もう最後なんだしな...言わせておくか...」
米七が後悔を口にし、米二は最後と言った。
そう、このまま食べられる前に意識が尽きれば文字通り神として最後なのだ。
食べられ、神としての職務を全うして初めて次の配属先に転生できる。
それを覚悟し、自然とワンルームの中央で輪になった。
「い、今までありがとう...ありがとう。」
いつも茶化してくる米三の目には涙が浮かんでいた。
「ちょ、ちょっと泣かないでよ...こっち、まで、ヒクッ、涙が出てきたじゃん」
あきたこまちちゃんへの想いは忘れ、今は家族と最後のひとときを過ごそうとしている米七の姿がそこにはあった。
「さようなら。」
そうクールに振る舞う米六も声が微かに震えている。
「もう、時間だな、今までありがとう。神として意識が消えても私達はいつでも家族だ!」
そう米二が最後に締めた。
そして時計の針が進む。
刹那、ジャー内に大きな音が駆け抜けた。
♪♪♪♪♪
そして、それまで上がり続けた水位は天井ギリギリで止まった。
「あ、あれ?炊けたんじゃね?」
「た、助かったー!!!!」
「やれやれです。」
それぞれ覚悟を決めていた分、拍子抜けしたような顔を見せたあと喜びの声をあげた。
その中でも1番喜んだのは、、、
「ふ、ふふ、待ってろよー!あきたこまちちゃんっ!!!!!!!!!」
その後、柔らかめだったけどめちゃくちゃ美味しくいただかれたのだった。