遊び人なんですけど勇者パーティが全滅したので勇者に昇格しましたテスト版その2
遊び人なんですけど勇者パーティが全滅したので勇者に昇格しました
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の続編です。
また思い付きを羅列しただけですので、続きは用意してありません。
飛びこんだ先は、異様な世界だった。
硬い地面、そびえ立つ巨塔群、空気は汚れていて咳が出るし、なんというか、人気が無い。
地面を何度か踏みしめる。どうやら石で舗装されているわけじゃなさそうだ。あっちもこっちも同じ色で固められている。
巨塔群はどうだ。勇者たちと行った王都でも、こんなに高い塔はなかった。それが空を突き刺すようにいくつも伸びている。しかも、全面に貼られているのはガラスか? 陽の光を無機質にはじき返してきらめいている。
汚れた空気は肺に入れるのが辛いくらいだ。何度咳き込んでもダメ。肺の中に砂でも詰め込まれている気分になる。
そして、誰もいない世界。俺と魔王、それ以外に人間や魔族らしき気配が無い。
最悪、さっきの羽の生えたガラクタ人形がひしめいていると思っていたのに、肩透かしだ。思った以上に静かな世界じゃないか。
「……どうなってんだ?」
声に出してみても、返事はない。人がいないんだから、当たり前か。
俺は塔のせいで狭く感じる空を仰いだ。
仲間を喪って、化け物たちと戦って、魔王と協力してまでたどり着いた先がこんな世界だなんて。
「くそっ!」
硬い地面を踏みつける。いら立ってるって感じじゃない。どうしようもなくなって、ヤケになっている。
いや、自己分析している暇はないぞ。どうであれ、あの化け物たちの世界に飛びこんだんだ。いつアイツらが襲ってきても不思議じゃない。
俺はユグドラシルを構えながら、ゆっくりと奇妙な世界の中を歩いた。
右を見ても塔、左を見ても塔、道はただまっすぐ。空気のせいで、遠くがかすんでしか見えない。
風景が変わらないせいで、歩いている実感すらなくなってくる。俺はいったい、どんな世界に迷い込んだんだ?
一歩一歩を確かめるように歩いていると、不意に空から何かが落ちて来た。
敵か!?
魔王・ロスヴィータはまだ気を失っている。戦えるのは俺だけだ。
勇者・ラザフォードの見様見真似で剣を構えてみた。達人からしたらお笑いだろうな。でも、俺ができるのはそれくらいだ。
落ちて来た何かは、俺から十メートル先くらいにあった。
「羽がある……?」
ってことは、アイツらの仲間か!
俺は、すぐに走り出した。レベルが上がっているせいで、体が軽い。今までで最高の速さでもって、落ちて来たソイツに斬りかかった。
だってのに、相手は俺の剣をいともたやすく受け止めやがった。しかも、素手で。
いや、まて、素手だと……?
さっきの化け物たちには、人間らしい手なんかなかった。ガラクタを無造作にくっつけて、羽だけ生やしたような怪物だった。
そんな連中だったのに、いきなり手を生やしたのか……?
「あー、待った待った」
しかも、しゃべりやがった!
待ったなんて言われて待つかよ!
俺はもう一度斬りかかろうとする。だが、剣が、ユグドラシルが握りしめられてて動かない。
「くそっ!」
俺はユグドラシルから手を離した。せっかくの聖剣も、効かないんじゃ意味が無い。
道具袋に何か他の武器は無いか!?
焦りながら手を突っ込んでみたけれど、最悪なことに武器が見つからない。
道具の管理は大賢者・ローレンスがやっていた。魔法の道具袋には何でも入る代わりに、何が入っているかを把握してなくちゃダメだ。さっき、俺がユグドラシルを取りだせたのは奇跡だったんだろう。
こうなったら、素手でもなんでも構わない! アイツらは敵だ。敵わなくても、俺は戦ってやる!
武闘家・チャドが見たら大笑いしそうな、力の無い拳。それでもせめて、目の前のコイツは殴り飛ばさないと気がすまねえ!
「だから、待ちなさい」
声の主はそういうと、無造作に俺の拳を掴んだ。
一応はレベル99だってのに、スキルが無いとこのザマかよ……。拳もやっぱり動かせねえ。
「遊び人だっていうのに、ずいぶんと血気盛んだね。仲間を失って、我を忘れているのかな?」
相手は俺を知っている?
離れることも出来ずにもがいていると、俺はやっと相手が誰だか、いや、なんだかわかった。
見た目は中年、冴えないメガネをかけた、街のどこにでもいそうな、無害そうなおっさんだった。
着ているのは、俺が知らない形の服だった。質感も、分からない。絹、ではないようだが手触りの良さそうな灰色の上下。その下に真っ白なシャツ。奇妙な形のタイを付けていた。
人間ように見える、けれど翼をもっている。
魔族かとも思ったが、魔族らしい角は無い。
「誰だ!?」
唯一動く口で問いかける。答えが来るなんて思っちゃいないが、今の俺にはそれくらいしかできない。
すると、相手は俺の予想を裏切って、平然と答えた。
「私は君たちの世界を創ったモノ。ありていに言うなら、神様ってところさ」
カミサマだと?
「何がカミサマだよ! お前は俺の仲間たちを殺した奴らの手先か! それとも親玉か!?」
もうどっちだっていい。みんなの仇を討つことしか、俺の頭にはない。
「落ち着け。落ち着きなさい、遊び人君。あれは手違いだったんだよ、手違い」
「手違いだあ!?」
「そうそう。ちょっとしたバグだよ、バグ。それがラストステージに出ちゃってね」
何を言っているんだ、この男は。
「取り除こうとした時にはもう遅くて。勇者とか魔王とかを襲い始めちゃったんだよ。設定だけだった裏ボスが間違って出てきちゃったみたいなんだ。今、それを直していたところだよ」
うら? ボス? くそっ、俺の頭じゃ理解しきれない。
「ボス級だったものだから、経験値設定とかも適当でね。最大値まで振っちゃってたもんだから、君のレベルが一気に上がり過ぎちゃった」
意味不明な言葉の連続を浴びせられて、俺はもう何が何だか分からなくなってきた。
沸騰していた脳みそが、次第に冷えて来た。目の前のコイツはみんなの仇で間違いない。けれど、コイツの言葉は俺の頭によく響いてくる。
気分が落ち着いてきた。俺は冷静に、できるだけ相手に隙を見せないように、体から力を抜いた。
「そうそう。そうしてくれ。君は主要パーティメンバーだ。ここで私が消しちゃったら、また何もかも一から作り直しになる」
消す、か。おそらく、コイツなら間違いなくできるんだろうな。俺を消し去ることくらい。
おっさんが俺から手を離した。ユグドラシルは……、いつの間にか消えている。
「あ、ごめんね。さっきの剣はイマイチだったから消したよ。君にはもっと良いものを用意するから」
聖剣がイマイチだなんて、言ってくれるじゃないか。確かに勇者の剣には敵わないだろうけど、世界で五本の指には入る一振りだぞ。
ん? いや、このおっさん、今なんて言った?
もっと良いものを用意する? どういうことだ。
「パーティは壊滅したけど、君がいればなんとかなるかな。そこの魔王の子も入れれば充分だろう。レベルはカンストしてるしね」
また訳の分からないことを言い出した。俺と魔王が何だって?
「レベルはそのままで、君のジョブだけを変えよう」
「ジョブを……? 馬鹿言うなよ、変えられるもんか」
ジョブってのは、その人間の生きざまみたいなもんだ。
勇者は名の通り世界を救う救世主。戦士は戦う者、武闘家は己を磨く者、大賢者は知識と魔法を操る者だ。
そして俺は、遊び人。その日暮らしの金で一日一日を刹那的に生きる、そんな人生を送るはずだった者だ。
……みんなの仲間になるまでは、そういう生活を十七年送っていた。みんなが、勇者のパーティみんなが俺を受け入れてくれなければ、ずっとただの遊び人だったはずだ。
「登場人物のジョブなんて、いくらでもいじれるさ。ほら、指先一つで」
そう言いながら、おっさんは奇妙な光景を見せた。
おっさんの指先に光がともる。そして空中に、光の板みたいなものが現れた。
文字、か? 何かが羅列してあって、おっさんはそれを指でなぞっている。残念ながら俺には読めないので、何をしているのかまでは判別できない。
ただ、おっさんは鼻歌交じりで楽しそうにやっていた。まるっきり、俺の感情なんて無視している。
おっさんは自分のことをカミサマだなんて言いやがった。ってことは、何だ、俺はこいつの手違いで仲間を殺されたってのか?
握りしめた拳が痛くなってくる。爪が割れてしまいそうだ。
「ほうら、できた。今日から君が勇者だよ」
「なんだって……?」
「見てごらん、ほら」
おっさんが光の板を俺に見せた。そこにあった文字は俺にも読めるようになっており、
「勇者・ジョシュア……?」
「そう! 遊び人から勇者へのジョブチェンジだ! 嬉しくないかい?」
「ふざけるな! 勇者はラザフォードだ!」
そうだ。俺なんかが勇者になれるわけがない。
ラザフォードは優しかった。勇敢だった。俺みたいな遊び人とは違う、根っからの勇者気質だった。
だから俺も、みんなも付いて行ったんだ。あいつを慕ってたんだ。
なのに!
「うーん、まあ気持ちは分からないでもないよ。でも、もうラザフォードは死んじゃっただろう? 生き返らせるとフラグ管理をまたやり直さないとならない。リセットすると、また同じバグが出るかもしれないし……」
「だから、アンタは何を言ってるんだよ。だいたい、さっきから言ってるバグってなんだよ!」
「バグ? バグはそうだな、世界の欠陥だよ。世界中にはびこる問題の元。私はそれを念入りに念入りに潰していたんだ。もう何百、うん? 何千年も前からだったかな?」
おっさんは真面目な顔して言ってくる。
「あともうちょっとでバグが無くなるところまで持ってきたんだ。でも、今回の件で、またやり直しさ。あー、面倒だ」
「……世界中の問題は、アンタのせいなのか?」
「そうとも言えるし、そうでもないかもしれない。私は世界を創ったけど、バグまでは許容していない。世界を正常に機能させるには、バグはあってはならないからね」
そこで、おっさんは何かを閃いたように、ポンと手を叩いた。
「そうだ、君を、デバッガーにしよう!」
「デバ……?」
「まだ世界中にはバグが残っている。もう少しだけど、それを潰すのを、君にも手伝ってもらいたい」
「なんで、俺がそんなことを……」
「勇者にしてあげたのだから、恩返しだとでも思ってくれると嬉しいね」
「俺は勇者になんかなりたかったわけじゃない!」
勇者には憧れていたさ。ああなれたらいいなって思いもしたさ。でも、それはみんなを犠牲にしてまでなりたかったものじゃない。
「うーん、こだわるね、君。ジョシュアだっけ」
おっさんは、あからさまに渋面を作った。まるで、俺だけが問題だとでも言うかのように。
「何が気に入らないんだい? 勇者になれば、遊び人とは全然違う人生を送れるんだよ? しかも、レベルは99だ。世界で最強じゃないか」
「俺の知る勇者はラザフォードだけだ。レベルもジョブもどうでもいい。俺は、みんなと旅をして、平和を取り戻したかったんだ……!」
「そんなに好きだったのかい? 仲間が」
「そうだ!」
みんなは、俺が大切だと言ってくれた。
俺の下らないジョークで腹を抱えて笑ってくれたし、ちょっとした下ネタを混ぜるとブーイングを飛ばしつつも、やっぱり笑ってくれていた。
俺がいると、場が和む。そんなことを言ってくれていたさ。
始めはただの気まぐれでパーティに入れてくれたんだと思っていた。勇者一行ってのはどうしても厳しい場面にばかりぶち当たる。俺もそれは見て来た。
最初はジョーク一つ作れなかったよ。ネタを振られても、馬鹿にされるだけだと思ってた。
でも、あいつらは、みんなはそんな俺を守ってまで戦ってくれたんだ。そんなみんなは、大切に決まっているじゃないか……。
「俺なんかどうでもいい。ラザフォードを、みんなを助けてくれよ……!」
いつの間にか、俺は泣き崩れていた。みっともなく、地べたにはいつくばって、涙を流していた。
黒い大地しか、俺の目には入らない。無味乾燥とした世界で、俺は一人きりになった寂しさを、改めて感じた。
「ふぅむ、じゃあ、こうしようじゃないか。私がみんなを助けよう」
おっさんの一言を聞いて、俺は顔を上げた。おっさんはまだ難しい顔をしてたが、俺を見て、うなずいていた。
「そこまで君がこだわるなら、仕方ない。君を消してリセットするという方法もあるけど、それじゃ本末転倒だ。だから、取引をしようじゃないか」
「……取引?」
「そう。君は勇者になった。そして君にはもう一つ仕事を付け加える。さっきも言った、デバッガーだ」
「デバッガー……?」
「君は、勇者として世界を救ってくれ。それに合わせて、残っているバグを潰していってくれ」
「でも、それじゃあ、意味が……」
「まあ、最後まで聞きたまえ。君がバグを潰してくれている間に、私は世界を元通りにしよう。リセットではないよ? 君が潰したバグを精査して、君の知っている世界へと元に戻す努力をしよう」
「俺の、知っている世界……」
「そうだ。そして、君が全てのバグを潰し終わった時、私は君の世界を、君の知るままに戻す。手間だけどね。バグ潰しを代わりにやってくれるなら、それくらいの手間をかけてもいいだろう。バグを一つ一つ潰すよりも楽だしね」
おっさんの言うことの半分も分からない。だけど、俺はみんなを助けるということにだけ反応した。
「俺が勇者をやって、バグってのを潰せばみんなを助けてくれるんだな?」
「約束しよう。君がバグを潰す、私はその間に世界修復の準備をする。取り引きだね」
信じていいものか、すぐには判断できなかった。
そもそもが、俺はおっさんの存在をほとんど理解していないのだ。騙されていることだって考えられる。
でもみんなを取り戻す手段があるっていうなら、騙されてもいい。
俺は遊び人だ。その日その日をのらくらと生きる、そんなジョブで人生を送ってきたんだ。騙し騙されなんて、いくらでもやってきた。
「分かった、やってやる」
「いい目だね。覚悟を決めている。今の君なら信用できそうだ」
俺はおっさんを信用したりしないけどな。ギブアンドテイク、そうシンプルに考えないと、また怒りで頭がどうにかなりそうだ。
「では、準備しよう。勇者は君で、パーティメンバーは……、ああ、あそこにいる魔王の子にしようか」
「ロスヴィータを、仲間にするって? あいつは魔王だぞ!」
「彼女から、魔王というジョブを外そう。賢者くらいがいいかな。魔法を使うのが上手いようだし」
また光る板が出てきた。おっさんが指一本で、俺には読めない文字をいじりだす。
「はい、できた。それじゃあ、君たちを元の世界に戻すよ。しっかりと仕事をしてくれ。私はちゃんと約束を守るから」
おっさんが言い終わると、俺の足元に裂け目が出来た。さっき飛びこんだはずの、あれだ。
あの裂け目がここにつながっていたのだとしたら、この裂け目は俺のいた世界につながっているのか?
「じゃあ、よろしくね」
裂け目は、あっさりと俺を飲み込んだ。おっさんに挨拶をする暇すらくれなかった。
くたばれこのヤロウ。
大声でそう言ってやりたかったのに!
ご覧いただきありがとうございました。