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ウァンパイア物語2  作者: 衣月美優
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溶かされた氷


 夕日が沈み、赤い月が見えてきた頃、私はMの研究所を訪ねた。訪ねたといっても、唐突にMの前に姿を現しただけなのだが。

 Mは驚きもせず、私を見た。

「今日、何かしてくるだろうとは思っていたわ。私を殺しに来たの?それとも・・・まさとを連れ去った報告、かしら?」

「あら、気づいていたのね。人間になっても、そういうのはちゃんとわかるのね」

 私もMも挑発的に言う。

「でも、連れ去ったことを知っていながら、どうしてそんなに冷静でいるのかしら。もしかしたら、もう彼を殺しているかもしれないのに・・・それとも、まだ殺されていないと断言できるのかしら?」

 私は妖しい笑みを浮かべて言う。

 Mは小さくため息をついて

「あなたにまさとを殺すことはできないわ」

 と、言った。

 私はMの言っている意味がわからなかった。

「それはどういう意味?私に人間を殺すことができないとでも言うの?それとも、彼に何か細工をしてあるの?」

「そんなことを言っているんじゃないわ。ただ、あなたにまさとを殺すことができないって言ってるの」

「意味がわからないわ。一体、どういうことなの・・・!?」

 私は少し感情的になって訊いた。

「だって、あなたには簡単に殺すことができるはずだもの。でも、あなたはまさとを連れ去っただけ。おかしいじゃない。それに、連れ去ったってことはあなたは本当の目的をまさとに話したはず。別にそんなことを話さないで殺したって全然いいはずだけど。あなたが本当に苦しめたいのは私なのだから、まさとに話す必要はないでしょう?」

 Mは言う。

 要するに、奏井 まさとをすぐに殺さなかったことがおかしいと言いたいようだ。

 だけど、それがどうして殺せない理由になるのか、まったく理解できない。

「Y、あなたは昔と変わったわ。あなた今、“氷の女王”と呼ばれているのでしょう?私がウァンパイアの巣にいた頃から、たしかにあなたは氷のように冷たいウァンパイアだったわ。だけど、今のあなたは違う」

 Mは断言した。

「今の私と昔の私が違う?今も昔も私は何も変わっていないわ。変わったのはM、あなたのほうでしょう?」

 私は訊く。

 だけど、Mは首を横に振り

「今のあなたはいろんな感情を見せている。はじめは私たちを惑わせるための演技かと思っていたけど、今ははっきりとわかる。最近のあなたはいろんな感情を持ち始めたことに。そしてそれが、まさとた関わったからだということに」

 と、私の目をしっかり見て言った。

 私はMから何故か、視線を逸らすことができなかった。


 私─奏井 海花─はYが消え帰ったあと、窓から赤い月を眺めた。

 きっと、まさとは大丈夫。

 まさとなら無事に帰ってくるはず。

 あの子は奏井 隼人の息子だから────・・・

 それに・・・

「私はあなたを信じているわ、Y」

 もうここにはいないYに向けて、私は呟いた。

 きっと、いいえ、絶対に。今日、ウァンパイアたちに人間が襲われることはない。

 Y、あなたは私と同じ道を辿ることになる。

 だって、あなたはまさとに特別な感情を抱いている。それを認めたくないのか、はたまた自覚がないだけなのかはわからないけれど。

 Yは確かにまさとと一緒にいるなかで変わっていった。とても良い方向へ。

「隼人、私たちの子供は、ウァンパイアに恋をしたわ。あなたと同じように。そして、やっぱりあなたと同じように救い出すのでしょうね。私はそれを願っているわ」


         ***


 俺は、気がついたら椅子に縛りつけられていた。

 目の前にはウァンパイアの姿をした由美が立っている。

 赤い瞳は光を失い、表情すべてがとても冷たかった。まるで、別人のようだった。これが本来の由美の姿なのだろう。

 俺はやはり騙されていたようだ。俺は小さくため息をついた。

 そして、由美の目を見て訊いた。

「ここは、ウァンパイアの巣か?」

 由美は冷たい目で俺を見下ろしながら頷く。

「そうよ。あなたは今、ウァンパイアの餌となるためにここにいるの」

 感情のない声で由美は言う。

 だけど、感情を殺しているようにも感じられた。

 俺が黙って由美を見ていると、由美のほうが訊いてきた。

「怖くないの?」

 俺は鼻で笑って

「別に。由美とずっといっしょにいたせいかな?ちっとも恐怖心を感じないよ」

 と、答えた。

 それは痩せ我慢だけど。

 本当は怖い。すごく怖い。

 でも、この恐怖はたぶん、殺されることにたいしてじゃない。これはきっと、由美とこんな別れ方になってしまうからだ。

 でも、まだチャンスがあるかもしれない。

 やっぱり全部が演技だったなんて信じられない。

 これは、最後の賭けだ。

「由美、俺は簡単に殺されないよ。だって、俺は言ったんだ。お前を守るって・・・でも、この状況で何から守るんだって話だから、訂正させてくれ」

 由美は俺を睨みつけるように見ている。

 だから俺は、優しく笑って由美を見る。


「俺がお前を救い出す」


 由美がピクッと肩を動かした。

「救うって、何から?」

 由美は小さな声で訊いてきた。

「このウァンパイアの世界から」

 俺がそう答えると、由美はわけがわからないという風な顔をした。

「由美はきっと、俺たちを殺せない。だって、由美はいろんな表情を見せてくれただろ?はじめは演技だったとしても、今は違うはずだ」

「どうしてそう思う?」

「一緒に過ごして、楽しかったからだ。お前だって少しは楽しいとか思ったはずだ。今だって感情を殺しているだけで、本当は俺たちを殺したくないと思ってる」

「私は楽しいと思ったことはないし、殺したくないなんて思っていない・・・!」

 由美は声を荒げて言った。

 だけど────・・・

「そんなはずはない。だって────・・・」

 俺は一呼吸おいて、続ける。

「お前、泣いてるじゃないか」

「・・・え?」

 由美は俺に言われてはじめて、自分が涙を流していることに気がついたようだった。

「どうして、涙なんか・・・」

 由美は呆然としながら呟いた。

「心は嘘をつかない。それが由美の本当の気持ちだよ」

 俺は笑って言う。

「この紐、はずしてくれないか?一緒にここから出よう」

 俺が続けて言うと、由美は涙を拭って、光のある瞳で頷いた。


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