嘘か真か
────私は、あなたたち家族を殺しに来たの
「は・・・?急に、何、言ってんだ、由美?」
俺はひきつった笑みを浮かべてそう言った。
由美は表情を変えずに言う。
「そのままの意味よ。まさとくん、私はね、ウァンパイアの巣から逃げてなんかいないの。あれは全部、あなたを油断させるための演技。嘘なのよ?」
俺は何が何だかわからなかった。
演技?
嘘?
あれは全部、俺を油断させるためのものだった・・・?
俺は騙されてたってこと、か?
「い、いやいや・・・そんなわけ────・・・」
「私が言ったことをすべて信じてくれるんじゃなかったの?」
由美は俺の言葉を遮ってそう言ってきた。不思議そうに、また、愉しそうに。
「た、確かにそう言ったけど、けど・・・急にこんなこと言われて、信じられるかよ・・・」
俺は力なく、そう言った。
クスッと笑った由美は訊いてきた。
「そうね。じゃあ、どうやったら信じてくれるかしら?誰か殺して見せたら信じるのかしら?」
俺はゾッとした。由美の表情は笑っていて冗談めいて聞こえるが、本気でやってしまいそうな感じもしたから。
俺が顔を強ばらせていると、由美は俺に近づいてきて
「冗談よ。まぁ、別に殺してもいいのだけど・・・他の人間はおまけ。私が殺したいのはあなたたち家族だけだから。」
と、耳元で言った。
「何で、俺たち家族を・・・?」
俺は絞り出すように訊いた。
所詮、由美はウァンパイア。あれが全部嘘でも、多少は納得できる。
でも、狙いが俺たち家族だっていうことは納得できない。少しでも納得できるような答えがほしい。
「それ、知る必要ある?」
だけど、そんな俺の気持ちなんてそっちのけで、由美は冷ややかに告げた。
「だって、あなたは私に殺されるの。殺される人間がそんなことを知って、何になるの?」
俺は絶句した。
これは本当に由美だろうか?
本当はこれは全部夢なんじゃないだろうか?
絶句すると同時に、そんな思いが込み上げてきた。
由美はフッと笑って言った。
「まぁでも、少しなら教えてあげてもいいわ。正直、あなたやあなたの父親はどうでもいいの。私が本当に憎み、殺したいのは母親のほう。あなたたちは、母親の道連れになるの。だから────・・・」
一呼吸おいて、由美は続けて言う。
「だから、恨むなら母親を恨みなさい」
私は、今日を待ち望んでいた。奏井一家を・・・Mを簡単に殺せてしまうこの日を。
もちろん、Mを簡単に殺すつもりはないが。それでも、今日ならいろんなやり方で殺せる。
辛く、苦しく、残酷なやり方で────・・・
誰も、私を止められない。
Mだって、抗うことはできない。たとえウァンパイアの力を持っていたとしても、私に抗うことなんてできないわ。
私はウァンパイアの現女王。人間になっていようがなってなかろうが、私には勝てないわ。
元次期女王候補でもね────・・・
候補は候補なのだから。女王にならなかった半端者に、現女王の私が殺られるわけがない。
Mにはたくさん後悔させなければ────・・・
人間に恋したこと、女王にならなかったこと、人間になったこと・・・何もかもを後悔させてやる。絶対に────・・・
だからね、ある意味あなたたちもおまけなのよ。奏井 まさとくん。
ただ、他の人間と違って、簡単には殺してあげられないけれど。Mの子供だと言う、ただそれだけの理由で────・・・
はやく見たいわ。
あなたたちが苦しむ姿を・・・
あなたたちが血に染まる姿を・・・
すべての血が抜かれて干からびる姿を────・・・
あぁ、でも、もっと苦しませる方法を思いついたわ。その方法だとMを今日殺すことはできないけど・・・
でも、今日これから殺すより苦しんでくれるなら、それも悪くないわね。
まぁ、どちらにせよ今からMに会いに行かなくては────・・・
「恨むなら母さんを恨めって・・・どういう意味────・・・」
「そのままの意味よ。まぁ、詳しく教えるつもりはないけれど・・・」
由美は俺の言葉を遮って言った。
おそらくこれ以上は何も教えてくれないだろう。そんな雰囲気が感じられる。
「・・・要するに、俺は母さんの子供だからお前に殺されるってことか?」
俺が訊くと、そうよ、と当然のように由美は答えた。
もう何も教えてくれないとわかってはいるが、俺の頭は疑問でいっぱいで、吐き出さなければおかしくなりそうだった。
だから、疑問をたくさんぶつけた。
「わけわかんねぇよ、何なんだよ・・・!全部演技だったとか、俺たちを殺しに来たとか、特に母さんに何か恨みがあって殺したいとか!そんなこと急に言われて、納得とかできないだろ!?だいたい、何で今日そんなことを言ったんだよ!?どうせ殺すんだったら何もかも話してくれたっていいだろ!」
由美は煩わしそうに大きなため息をついて
「悪いけど、そんなことをいちいち話している時間はないの」
と言い、みぞおちめがけて蹴りを入れられて気を失った。
由美が俺の体を支え、言った。
「今日にした理由はね、今日が赤い月の日だからよ」
それを俺は気を失う直前に微かに聞いた。