8.5話 魔王代理の苦悩
この世界には三つの大陸がある。
一つはノーベンブルク大陸。
様々な国があり、人間や魔族、獣人にエルフなど多くの種族が暮らしている世界で最も大きな大陸だ。
次にジュール大陸。
この世全ての魔法を観測しており、新たな魔法をも開発しているという《魔術院》がある通称“魔導大陸”。
そして三つ目はエンシン大陸。
人間はおらず、生活しているのは人間嫌いの獣人や魔族、魔物のみだ。
110年前に滅ぼされた魔王の居城、魔王城も建っており、主を失った今も不気味に佇んでいるという。
とても人間が近づけるような環境ではない。というのが一般的なイメージだ。
――そんなエンシン大陸の近海に一隻の小舟が浮いていた。
乗っているのは一人の少女。緑の髪が目を引く小柄な美少女だ。
「……」
少女の目には光は無く、エンシン大陸に向かって船を漕いでいった。
◇◆◇
「えぇい! 魔王様はまだ見つからんのか!」
「す、すみませんギグ様……! お言葉ですが、やはりお亡くなりになったのかと……」
ここは主を失った魔王城。
だがかつての威厳は無く、今は魔王軍残党のアジトとなっていた。
玉座に座ってゴブリン達に怒鳴り散らしているのはかつての魔王軍幹部、ダークエルフのギグだ。
他の幹部は見切りをつけてここを去っていったので今は彼が代理で魔王を務めていた。
「ぐぬぬ、認めぬぞ! 転生した魔王様が殺された等と……」
「ですが、魔王様を倒したという『ファントムサーカス』、アイツらはバケモノです……。いくら魔王様でも……」
「――ふんっ!」
「ぐあぁっ!!」
ギグが玉座に座ったまま手刀を振り、ゴブリンの首を吹っ飛ばす。
「貴様、魔王様を愚弄するか!」
物言わぬ死体となったゴブリンにギグが罵声を飛ばす。
「……よし、ならば次は物量戦だ! お前達全員でかかれば《ファントムサーカス》の一人くらい始末できるだろう!」
「「「はぁ!?」」」
やはり命は惜しいのだろう。
彼の命令にゴブリン達は全力で反抗する。
「で、ですがアイツらはドラゴンすらあっさりと……」
「やってみなければ分からんだろう!!」
「い、嫌です! どうせ無駄死にです!」
「そうか、ならばここで死ぬか?」
ギグが先程のように手刀を構え、ゴブリン達が死を覚悟したその時。
彼らの頭上から声が響いてきた。
それは、この場に不釣り合いな天使のような声だった。
「そうやって部下をすぐ殺しちゃうから人間に勝てないんだよ」
「だ、誰だ貴様! どこから入った!?」
見上げると、部屋の小窓に一人の少女が座っていた。
少女はぴょんっと飛び降り、ゴブリンとギグの間に着地する。
その姿に全員が驚愕する。
「貴様、にんげ――
ズドンッ!!
まさに瞬速。
ギグの口に少女の持つエストックが押し込まれた。
頭を玉座ごと串刺しにされたギグが痛みにのたうち回る。
ダークエルフは人間とは違い、簡単には死なないのだ。
「しー……」
少女が人差し指を口に付ける。何とも可愛らしい仕草だが、
これ以上喋ると殺す。そういう意図をギグは感じとった。
もう彼が大声をあげないと判断したのだろう。少女がゆっくりとエストックを引き抜く。
「き、貴様は……? その強さ、まさか『ファントムサーカス』か……?」
小声でギグが少女に問う。
それに対し、
ズドンッ!!
「アがぁっ!?」
再びギグの頭が玉座に縫い付けられる。
よっぽど気に入らなかったのだろう、少女は念入りにグリグリとエストックを押し込む。
「がっ……ぐぼぇ……?」
「わたしがここに来た目的はね……? 『ファントムサーカス』を一人残らず殺すためなんだよ。一緒にされるのは心外だなぁ」
ズポッ、と少女はギグの口からエストックを引っこ抜く。
同時におびただしい量の血が飛び出すがギグは即座に回復魔法を掛けて治療する。
何者だこの女は! こんなに強い人間は見た事が無い。
下手な発言は死を招くと判断したギグは、先程よりも更に小さい声で問う。
「……つまり、貴様は我々の味方という事か……?」
「味方じゃないよ? ただ、手下という形でもいい。わたしをここに置いて欲しいだけ。だってここにいれば《ファントムサーカス》と戦えるでしょ?」
「……分かった。貴様を受け入れよう。ようこそ魔王軍へ」
得体の知れない女だが、上手く使えば魔王軍復興も夢ではない。
ギグは心の中で小さくガッツポーズする。
そして、それだけの手下を得た彼にもうゴブリンという弱い部下は不要だった。
「ではゴブリン共、先ほどの非礼は許す」
「「「はぁ……」」」
「だが命令は取り消さぬ。命を懸けて『ファントムサーカス』を討ち滅ぼすのだ!」
ゴブリン達の運命は変わらない。
再び絶望の表情を浮かべるゴブリン達だが、それを遮るように、
「わたしはやめた方がいいと思うなぁ。だって命が勿体ないじゃない? そもそも『ファントムサーカス』の居場所も分かってないんでしょ? じゃあまずは大人しく、静かに情報を集めなきゃ」
ニッコリと少女がギグの方へと笑顔を向ける。
その「ただの笑顔」が彼にはとても恐ろしいものに見えた。
従わないと、今度こそ殺される。
「……うむ、その通りだ。ではゴブリン共、この女の部屋を用意しろ……」
冷や汗を浮かべたギグが告げた。
◇◆◇
「あの、助けてくれてありがとうございます!」
「「ありがとうございます!!」」
少女がゴブリン達と部屋を出たその瞬間、ゴブリン達は少女に頭を下げた。
「謝らなくていいよ。わたしは思った事を言っただけだしね。それより部屋に案内してくれる? 着替えもあると嬉しいなぁ」
「あ、はい。着替えはエルフの物がピッタリ合うでしょう。それで、失礼ですがお名前をお聞きしても……?」
「名前? 何で?」
「恩人の名前を知りたいのです。ゴブリンは義理堅い種族なのでいつか必ずお礼をします」
「フフッ、そっか」
少女は軽く微笑み、名乗る。
「――ルミア・アルバレアだよ。ルミアって呼んで」