6話 《木魔法使い》なんて。
ノーベンブルクに到着して一週間が経過した。
下宿先は難なく見つけられ、段々生活にも慣れてきた。ちなみに下宿先に選んだのはとある宿屋の一室だ。陽も当たるしこんなにいい部屋を取れたのはツイてる。
で、
「……おは。今日は入学試験。がんば」
「帰れ」
目が覚めるなり視界に飛び込んできたのがこの白髪の少女、運び屋ちゃんだ。彼女とは性別などの理由で別々の宿をとったはずなのだが……。
何故か目が覚めると俺の布団の中に潜り込んでいた。
やけに寝苦しかったのはこいつが原因らしい。
「……ちゃんと理由がある」
「ほう」
「試験前に風邪を引くといけない」
「で、……本当は?」
俺の問いに彼女は顔を赤くして、
「……しゅつろのえっち」
「出てけ!!」
頬を染めた運び屋ちゃんの手を掴み、無理やり布団の外に放り投げる。
女の子に暴力を振るうのはどうかと思うが『ファントムサーカス』のメンバーは別だ。
ほら、ちゃんと着地したし。
どういう訳か、俺は彼女に好かれている。
が、理由を聞こうとしても話そうとしないし、そもそも本名すら名乗らない彼女を俺は心の底からは信用していなかった。
まぁ性格はいい奴なんだけどなぁ……。
俺も自分が転生した魔王だって事を隠しているし、あまり恋人の類は作りたくなかった。
ナニかの拍子に紋章が露出したら全て終わりなのだから。
「はぁ……。あ、そういえばべるなでっとから手紙が来てた」
言って運び屋ちゃんが懐から封筒を取り出す。
ベルから? 嫌な予感しかしないが手紙を読む。
『入学試験だけど、一位を取りな。何せアタシの弟子だからね。二位以下は許さないよ』
何を言ってるんだあの人は。
まぁきっとプライドが許さないのだろう。
まぁ入学試験は実技らしいし一位は簡単だろう。それでも手は抜かないといけないだろうが。
「で、続きは……と」
『で、アリスティーナ姫の事だけど、情報によると「アリス・レナード」という偽名を使っているみたいだね。まぁ任務とはいえお前も年頃なんだ。ほどほどに楽しい学園生活を送りな。』
手紙を読み終え、封筒に入っていた写真を取り出す。どうやらこの子がアリスティーナ姫らしい。
「……かわいい」
「だな。さすが王女様」
写真には赤髪を長く伸ばした何とも可愛らしい少女が写っていた。
やんちゃな性格を体現したような生意気そうな目が王女らしさとかけ離れてはいるが……。
「この子の護衛か。ま、命の危険がないだけ楽な任務だよなぁ」
でもアリスティーナ様に護衛だとバレたら駄目なんだっけ?
まぁ今まで六年間『魔王の刻印』を隠し通してきた俺にはそこまで苦ではない。
今だって手袋をずっと付けて隠しているのだから。
「……そろそろ時間」
「そうだな。試験に遅刻なんて目も当てられない」
靴を履き、魔法で作り出した木刀を二本腰に差す。
見た目はただの木刀だが、自分が一番使い易い重さ、長さにチューンナップした自慢の二本だ。
切れ味は無いが下手な剣よりもうまく扱える俺の愛刀である。
「んじゃ、行ってくるわ」
「……んー」
家を出ようとした時、運び屋ちゃんが目を閉じて唇を突き出していた。
多分これは、「行ってきますのちゅう」を希望しているのだろう。
もちろん俺は彼女を放置し、家を出た。
◇◆◇
ノーベンブルクの城下町は平和そのものだ。魔物の襲撃防止のために街の外周は高い壁に囲まれているし、人による犯罪も少ない。
その理由がギルドの多さだ。ただでさえ騎士が巡回している街なのに市民の味方のギルドまであっては犯罪など起こるはずもない。
で、そんなノーベンブルクにどんな人が集まってくるかと言うと、それは冒険者やそれに憧れる人なわけで……。
「うわぁ、沢山いるなぁ」
流石は冒険者学園の入学試験日、辺りを見回すと入学目的の少年少女が沢山やってきていた。
「冒険者学園の入学試験場はこちらでーす!」
美人のお姉さんが看板を持って立っている。どうやら着いたらしい。
「うわぁ……。金かかってるなぁ」
見上げるほどの大きさの正門を見て独り言。
さすがは国が気合入れて建てただけあって豪華な建物だ。
「入学希望者はこちらの書類に記入してくださ〜い」
門をくぐり、手渡された書類に目を通す。なになに……、
・氏名
・性別
・所有スキル
・所有武具
・希望ギルド
基本的な情報ばかりだな。ちなみに学費は無料との事だ。思い切った判断だが冒険者自体貧乏人の職業というイメージがあるので集金はできないと割り切ったのだろう。
記入だが、名前は本名を書く。偽名を使わない理由は二つ。
ここノーベンブルクが俺の故郷とは遠く離れた土地だから。
そして六年前のあの日、魔王となった俺は『ファントムサーカス』の手によって無事討伐されたという話になっているからである。そういう理由で俺の本名も世間には出ていない。
俺の名を知っている村の人ももういないしな。
そもそも偽名を使いこなせるほど俺は器用ではない。必ずどこかでボロが出てしまう。
困るのは一つ。
この「希望ギルド」の欄だ。
冒険者学園に通うメリットとして、「加入の難しい大手ギルドにスピード加入出来る事」があげられる。それでどこに入りたいかをここに記入するのだろう。さて、何と書いたものか。
「……普通でいいか」
俺はとりあえず「偉大なる聖剣」と書いておいた。
世界最強と呼ばれているノーベンブルク1のギルドの名前だ。子供の頃は俺もここに入るのが夢だった。
「ほい。書きましたよ」
「はーい、って、スキルは『木魔法使い』で希望ギルドが『偉大なる聖剣』!? しかも武器は『木刀』!?」
俺の紙を受け取ったお姉さんが少し笑顔を崩す。
そりゃそうだ。『木魔法使い』は一般的には木材の加工魔法のイメージであって決して戦闘魔法ではない。
「な、何か……?」
「し、失礼しました……。まぁ夢を見るのは自由です! 試験、頑張ってくださいね!」
言って彼女は俺に(280)と書かれた番号札を渡してきた。
――おい、遠まわしにバカにしただろう。
まぁ仕方ない。それが普通の反応だ。
だが彼女が声を上げたせいで周りの注目を少なからず浴びてしまっていた。
「……おいおい、アイツ『木魔法使い』だってよ。冷やかしか?」
「……しかも何あの武器。あれって練習用の木刀じゃないの?」
「まぁまぁ、武器を買うお金も無いのでしょう。可哀想に」
……少し嫌な気分になるが気にしない。どうせ実技試験では一位を取るつもりなのだ。その時に見返してやればいい。
「記入の終わった方は速やかに奥の闘技場へと移動してくださーい! 実技試験になりまーす」
噂をすれば何とやらだ。
早速暴れさせて貰うことにしよう。
……ほどほどにな。