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5話 暗殺組織の少女

 「起きなぁ! 糞ガキィっ!」

 「ひぃっ!!」


 穏やかな朝、部屋の扉が勢いよく開かれる。

 もちろん入ってきたのはベルだ。わざわざ起こしに来るとは今日は相当機嫌がいいらしい。


 「ったく、こんな時間まで寝てるなんてたるんでるね。支度したらさっさと降りてきな」

 「……あぁ、分かった」


 言ってベルは部屋から出ていった。

 いつも通り髪をわしゃわしゃと手櫛で直してカーテンを開く。

 視界に飛び込んできたのは眩い朝日ではなく、暗黒の空。


 「……まだ深夜じゃん」


 俺はカーテンを閉じ、再び深い眠りについた。


 ◇◆◇


 「さて、お仕置きはこれくらいにして話といこうじゃないか」

 「……へーい」


 あの後すぐ部屋に戻ってきたベルの手によって俺の頭にはたんこぶができていた。


 何でも深夜に起こしたのは理由があるとか何とか。それならそう言ってくれよ。齢130にしてとうとうボケたのかと思ったっての。


 「シュウロ、お前に頼みたい任務があってね」


 どこか上機嫌にベルが言う。

 《ファントムサーカス》の任務は彼女が探してくるのだが、普通に暮らしていては知る余地も無いような任務も多々ある。


 一体情報源はどこなのだろうか……。


 「今回の任務は「護衛」だよ。ターゲットはノーベンブルク王国の第三王女、アリスティーナ・ノーベンブルク」


 王族の護衛か。

 やはり一般には知らされていない情報から任務が来たな。

 スパイでも潜り込ませているのだろうか?


 「場所は?」

 「ノーベンブルク冒険者学園。何でもターゲットがこの学園に入学するみたいでね。お前も入学してこの子に快適なスクールライフを送らせてやんな。期間は卒業までの二年間。これが今回の任務さね」

 「…………は?」

 「とうとうお前にも学歴がつくね。おめでとう」

 「あ、うん。ありがとう……。じゃなくて!」

 「何だい。気に入らないってのかい?」

 「いや、何で王女が冒険者学園なんて通うんだ。というか冒険者学園って何だ。聞いたこと無いぞ」


 そう、この依頼自体謎が多すぎるのだ。

 いつもの血なまぐさい任務でもないし。


 「はい、そこでこれさ」


 ベルがヒラヒラと二枚目の紙を渡してくる。何かの宣伝チラシのようだ。


 『冒険者学園開校』? なるほど、今年からできる学園のようだ。

 何でも最近力をつけてきた魔族への対策に国とギルドが協力して作った学園らしい。

 優秀な成績を残して卒業した者はトップギルドにスピード加入できるのがウリだとか。


 「なるほど、よく分かった。で、何で王女様がこんな所に通うんだよ?」

 「第三王女のアリスティーナ様はそれはそれはやんちゃな御方でねぇ。世間には内緒だけど度々城から脱走してるんだよ。聞いた話じゃ腕っぷしもそこそこみたいで城の兵士じゃ相手にならないみたいなんだ。そういう訳で学園内だけでいい、この子のボディガードを頼みたいってわけさ」


 そういえばそんな噂を聞いたことがある。

 それが理由でアリスティーナ様は顔が公開されてないんだっけ。すぐ拉致られるかもしれないから。

 

 「この任務、受けてくれるかい?」

 「おう、やってやるよ。冒険者学園ってのに興味もあるしな」


 ふと、幼い頃の夢が冒険者だったのを思い出す。

 もし俺に『魔王の刻印』が現れなければ普通にこの学園に通っていたのだろうか?


 ――まぁ過去の事は考えるだけ無駄か。


 「で、ベル。何でわざわざこんなに早く起こしたんだよ」

 「そりゃあ今からノーベンブルク城下町に行ってもらうためさね」


 …………ん?


 「……今から? まだ受験日までは一週間あるぞ? この山から馬車を乗り継いでいけば三日あれば着くんだしもう少し遅くてもいいんじゃないか?」

 「いいけどもう運び屋ちゃんを呼んだよ? 今も薄着で外で待ってるし」

 「何で薄着なんだよ! 雪降ってるんだぞ!?」

 「いや、だってあの子がそっちの方がいいって言うから……」

 「バカ! 凍えるわ!」


 すぐに上着を持って外に出る。

 辺りは雪が積もっており、夜ということも相まって寒いなんてものじゃない。


 そんな極寒の中、彼女(、、)はすぐ近くの木下でジッと立ってこちらを見つめていた。


 「……やぁ、しゅうろ、久しぶり」


 彼女は『運び屋ちゃん』。

 『ファントムサーカス』の一人で、白い髪が目を引く物静かな美少女だ。

 どういう訳か本名を名乗ろうとしないので俺達は彼女のスキルの特徴から運び屋ちゃんと呼んでいる。


 「運び屋ちゃん! 寒くないのか!?」

 「……さぶい」

 「言わんこっちゃない!」


 震える体にそっと上着をかけ、俺は彼女を小屋へと招いた。


 ◇◆◇


 「……ぬくぬく」


 俺の上着を身にまとい、暖炉の前で体を温める運び屋ちゃん。

 それを他所(よそ)に俺はベルと話を続ける。


 「あの子にも今回の任務に参加してもらう。主な仕事はシュウロのサポートだよ。学園には通わないから普段は街で待機。で、護衛で手が回らなくなった時やその他非常事態には彼女にも手伝ってもらう事になるね」


 卒業までの二年間の護衛とはいえ随分厳重なんだな。まぁ王族の護衛だし仕方ないか。


 「何で運び屋ちゃんは入学しないんだ? 年齢も俺と同い年か少し下くらいだろ?」


 俺の質問に運び屋ちゃんが答える。


 「……こみゅ障」

 「あぁ……。なるほど」


 そう、運び屋ちゃんは慣れた相手としかうまく話せない、所謂コミュ障だ。

 入学しても役には立たないだろう。


 「ところで運び屋ちゃん、着ないならそろそろ上着を返してくれないか?」

 「……いや」


 絶対返さないと言わんばかりにぎゅっと俺の上着を抱きしめる運び屋ちゃん。

 うん、何度も任務を共にした事はあるがこの子の考える事は分からない。


 「……さて、お前達。そろそろ出発の準備をしな。さっさと行かないと下宿先が無くなるからね」


 珍しくまともな事を言いながらベルが酒をぐいっと煽った。



 ◇◆◇



 俺達は雪が止んだ時を見計らって小屋の外に出た。

 二年暮らすだけあって荷物も多い。


 「寂しくなるねぇ」

 「いや全然?」

 「ったく、こういう時はノッてあげないとモテないよ?」


 当たり前だ。ベルはどうだか知らないが俺は修行という名のイジメを受けた記憶しかないからな。


 ――でもまぁ、ちょっとはいい記憶もあるか。


 「ははっ、行ってくる」

 「行ってきな。……おっと、一つ伝えるのを忘れてたよ」

 「何だ?」

 「お前には辛い話だろうが、あんまり学園の友達に心酔しちゃいけないよ」

 「分かってるっての。正体がバレたらまずいもんな」


 『ファントムサーカス』の鉄の掟には「正体がバレた者は脱退及び処刑」というものがあるのだ。


 「いやいや、そういう規律的な話ではないさね」

 「……じゃあ何だよ」

 「暗殺組織なんかに所属している地点で他の人間とは違うって事さ。力も精神も、心も全部普通の人間とはかけ離れてる。そんな『化物』が人間の友達を作ってもうまくなんていかないんだよ」


 珍しく真面目な顔で言うベル。だが、


 「……何でこれから入学する奴にそんな事言うんだよ!」

 「ひひっ、まぁ年寄りの戯言と思って聞き流してくれてもいい。ただ、あたしはそうだった(、、、、、、、、、)。結局、『化物』の気持ちが分かるのは『化物』だけなのさ」

 「……?」

 「分からないならいいさ。ただシュウロ、お前は優しいからね。心配なのさ」


 意味が分からない。確かに俺は普通の人間よりもずっと強い自信はあるが学園ではそれも自制する。心配はいらないはずだ。


 俺とベルの会話が一区切りついたと判断したのか、運び屋ちゃんが指笛を吹く。


 すると山の木々から白い馬が二頭走ってきた。

 彼女の愛馬、キャロルとメリーだ。


 「……馬車、重いけど頑張ってね」


 馬達の後方に馬車を繋ぎ、俺も荷物と共に乗り込む。


 「……乗った?」

 「おう。いつでもいいぞ」


 ――この山は木々が多く、とても馬車が走れるような環境ではない。

 故に下山は徒歩で行うのが基本だ。


 だが、彼女(、、)の前では障害物など無いも同じ。


 「……《めたもるふぉーぜ》」


 彼女が二頭の馬に手をあてて魔法を唱える。

 その瞬間、馬達の背中から美しい鳥の翼が生えた。


 《メタモルフォーゼ》。

 《調教師》スキルを持つ彼女の最強の魔法で、心を通わせた動物の遺伝子を自由自在に組み替える無茶苦茶な魔法だ。

 うまくやればこのように普通の馬を幻獣、ペガサスに変えることも可能だ。


 《調教師》のスキル自体持ち主が滅多にいないレアスキルなのでその秘奥であるこの魔法を使える者は世界でもそういない。

 というか彼女一人でもおかしくはない。


 「……いくよ」


 彼女が鞭でペガサスをぺちんと叩くと、馬車はふわりと浮かび上がり、瞬く間に小屋は見えなくなった。この速度なら日が昇る頃にはノーベンブルク城下町に到着するだろう。

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